第20-1話 〜種を蒔く者、拾う者〜
——サイノゼール、サイノゼール
真っ暗な闇の中に声はする。
「起きろサイノゼール……」
その声が自分を呼んでいることに気づくと、身体のあちこちに痛みを感じた。
徐々に開いて行く瞼に、ぼんやりと光が差して来た。
そこに滲んでいた人影がやがてグランヴェルの形を成していった。
「やっと起きたか早く口を割らぬか!」
その後ろのもう一つの影が人へと、マルセルの形へとなっていった。
マルセルは、セリナたちのトゥルニエミ出兵中に、監禁したサイノゼールに拷問を加えていたのであった。
「お前なら知っていよう奴の妹の居場所を、吐かぬか!」
ピシっ!
マルセルの詰問に合わせグランヴェルの鞭が鳴る。
「ぐぅう」
鎖骨辺りを打たれ呻きながらも、硬く口を結びマルセルを睨みつけるサイノゼール。
「しぶとい奴め……しかし、まあよい」
痺れを切らすが、今日は来客があるからと引き上げるマルセルだった。
「分かりました、マルセル様」
と、その背に返事をするグランヴェル。
「なあ、サイノゼールよ早く教えてくれ。俺とてこれ以上はお前を痛めつけたくは無いんだ」
聞き出すためというよりは彼の本心だろう、好きで仲間を痛めつけている訳ではなかった。
グランヴェルの中の黒く芽吹く部分を感じ取ったマルセルは、彼を手先にしようと話を持ちかけたのだった。
そしてマルセルの黒い噂に怯え、彼は断ることもできずに、その黒い花を咲かせてしまったのである。
それに用済みになれば自分の身さえ危ういことも、また彼には分かっていた。
「もういいだろう、このまま殺せ……俺が喋らないことは……お、お前も分かっているだろう……」
息の続かないサイノゼールの顔に、蝋燭の灯は暗く影を落としていった。
「ああ、分かっているさ。お前が気を失ったことにしておく、今日はもう眠ってくれ」
すまないと心の中で呟きながらグランヴェルは、部屋のドアに鍵を掛け去って行った。
政務官室の応接間に向かい合う二人がいた。
一人はマルセル、そしてもう一人はファビウスというサングィナトーレスの統治官だった。
彼はさる貴族の遣いと偽りここに堂々と入って来たのだ。
「よく来てくれた、ルキウスは変わらず元気かな?」
とマルセルの形式的な挨拶。
長居は無用と挨拶もそぞろにファビウスは要件を伝え出した。
「ルキウス執政総長のお話では、東方に落ち延びたとまでは掴んでいるそうなのですが?」
「東か?ひが……待てよ東の地とはフェルナスか?あの村があったか!」
やっと答えに辿り着いたようなマルセルだったが、
「いえ、あの村は既に調査済みで、あの者の手掛かりは無いのですが……」
あっさり否定され、それではまた振り出しかと落胆するマルセル。
そこへ、
「これからその先のユトレーデルに手を伸ばす予定でありまして」
と、ファビウスが続けた。
「ゆ、ユトレーデルとはまた何とも、あそこはとても人の住めるような地では!?」
今度こそ腰を浮かせ、抗議でもし出すかのようなマルセル。
「なのですが、ルキウス様がそんな所にこそ?とおっしゃいまして……」
と、話を持って来たファビウス本人でさえも未だ半信半疑なのが窺えた。
それ程、ユトレーデルは異端の地と言えようか。
「そうかそうか、あの知恵者のルキウスが言うのなら探る価値はありそうだな?」
そして、今度は一歩近づいたかのようにニタリと笑うマルセルだった。
ファビウスの会話の中に引っかかる物があったマルセルが聞き返す。
「さっき”手掛かりは無いのですが”と言ったな、他に何かあったのか?」
「実は……」
と話し出したのは、過去にサングィナトーレスが討伐したはずの吸血鬼集団が、フェルナスの村を隠れ家としていることを掴んだと言うのだった。




