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落ちた紅の花びら 〜A petal named Liselle〜  作者: マメ
2章 カサルモス編

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第19-3話 〜道を与えるもの〜


「何も悪い所はないじゃないか、何をそんなに気にしているんだ?」

と、カイルの当然の疑問だった。

「いえ、マルセルに最高と名の付く地位を与えればやり過ごせると思ったのだけれど、その上にあなたがいると聞いたら彼は何て言うか?」

こちらの言い分もまた当然だが、それは自業自得だった。

「じゃあ俺とアレの地位を入れ替えれば済む話じゃ無いか」

これもまたまた当然の提案だった。

「それは出来ないし、絶対イヤっ!」

と、諦めの悪い子供がそこに居た。


駄々っ子のようなエリシアを初めて見るクレト、

(本当に自分はここに居ていいのだろうか?)

そう思いカイルを見た。

 

今度は訓練中の厳しいカイルがそこに居た。

「そうか、お前の基盤もやはり騎士なんだよな」

「そうよ危険に命を省みず前線に立ってくれるから、ここも要塞たらしめているのよ。他人の後ろからものを言う人とは比べられないわ」

今度は熱の籠るエリシア。

続けて、

「今回も、身体を張ってフェルクイエスの威厳を守ったクレトを軽く見て。あの人にそれが出来るの?それにカイル、あなたは武だけの人じゃ無いわ。だからもう決まりなの!」

両手で机を叩き、やや取り乱しながら締め括った。


宥めるように見守るカイルには、感慨深さの中にくすぐったいようなものがあった。

(こいつはそんな所に立っていながらも、まだ俺たちを見つめるその目を失ってなかったんだな)



程なくして帰還したアベラルドが同行の助祭を引き連れ部屋に入って来た。

それを労い報告を聞こうとした矢先に、マルセルも入室してきたのだった。

「ご苦労様マルセル」

そのエリシアの言葉に返さず、

「馬車が有りましたが、どちらかへ行かれたのですか?」

言いながら部屋を、そして居合わせる者たちを、見回すマルセルの疑心が隠れることを忘れる。


大任があり、アベラルドに出向いてもらったことをエリシアの口から伝えると、

「左様ですか?支援者であるお家に出向いた私は大任でないのですね?歩きで行かせて」

斜めに歪むマルセルの顔。

見かねたカイルが挟んだ、

「司祭殿は公爵家からの物言いを収拾させに向かわれたのだぞ!」

と少しキツい口調で言い放った。

「なんだ貴様、最高政務官のこの俺様に向かってそんな口を叩きおって!」

早速、新しい切り札を差し出したマルセル。

この男は、司祭とは誰のことかなどとは疑問にも思わないらしい。


この一件だけでサイノゼールとの差は歴然である。


「カイル閣下は最上級統括にございます」

直属の上司をコケにされ、黙っていられなかったクレト。

そこへ手を差し上げ、

「黙れクレト」

と制止するカイル。

それが余計だったからではない、クレトまでマルセルに目を付けられるのを嫌ったからだ。


それに食いつき、

「最上級とは何だ?騎士風情が思い上がったことを抜かすな!」

と、カイルの飼い犬が何を偉そうに言うかとマルセル。


そんなマルセルにとって予想外の所から声が飛んだ。

「控えよマルセル。このフェルクイエスにおいて騎士を軽んじることは、この私が許さぬぞ!」

その怒声の迫力たるや、庇われたはずのクレトでさえ強い緊縛感に襲われ、直立した程だった。


しかし、こちらも怒りが収まらないマルセル、

「この俺に向かってそんな口を聞きやがって、行き場の無いお前たち吸血鬼に世話をした恩を忘れたか?」

と、これを言えば言い返せないだろう?とエリシアを罵倒した。

その口はまだ止まらず、

「いいか、あの子爵たちも俺に支援しているのだぞ!そんな俺に恥をかかすとは只では済まさぬぞ!」

と、彼は彼で腹に据えかねたモノがあり、とうとうそれを爆発させてしまったのだった。


そこへ間髪入れずカイルが、

「自惚れるなマルセル!アベラルドは公爵の訴えを、遺恨も残さず退けて来たのだぞ!それがお前に務まるのか?」

そう言われ自身の思い上がりに勘づきだすマルセル。

それでもその傲慢さは消えない。


それを見逃さないカイルはさらに、

「そして我が主君を卑しめたその罪は重い。我が君の剣たるこのアークセントリオンの前での暴挙、地獄で後悔するがいい!」

込められた強い殺気にワナワナと震えるマルセルは、やっと頭が冷えたようだ。

そして得意の謀略を考える余裕も失い、只ただ戦慄に怯えることしか叶わなかった。


その丸太のような筋骨隆々な腕になす術もなく、首をつままれた子猫の如く動きを失うマルセル。

カイルは流石にここで血を流すことは出来ないと、彼を表へ引きずって行こうとしたのである。


(あぁ、もう終わりだ。遂にカイルを本気にさせてしまった)

と、まさに後悔先に立たずのマルセルだった。


「待ちなさいカイル。この場で私に無断でそのような真似は許しませんよ」

マルセルに一条の光が差した。

また明日が迎えられるかも知れないと心の中で安堵した。

そう思った矢先、マルセルの肩に激痛が走った。

エリシアの机の前に投げ捨てられたのだった。

耐え難い痛みにエリシアの声がした、

「カイル、貴方の役割は部下の過ちを赦し、正しい道へ誘うことですよ。そこを決して見失わぬように」


無言のカイルがマルセルに歩み寄った。

まだまともに動けぬマルセルは身じろぎした。

まだ恐怖は抜けていない、カイルが近づくだけで卒倒しそうだった。

マルセルの横まで来たカイル。

「ひぃぃぃ」

と、動く方の腕で庇うように頭を抱えるマルセルが、微かに悲鳴を上げる。


しかし、そんなマルセルに目もくれず跪くカイル。

そしてエリシアに、

「このカイル、道を踏み損ねた事を深くお詫び申し上げます。そしてあなた様の剣として生きる事を、ここにもう一度お誓い致します」

と綴った。

「お頼みしましてよ」

打って変わったエリシアの優しい声、それが逆に皆を緊張に包んだ。

それは、エリシアの背後にはいつでも、カイルという絶対的な強者の庇護があることを意味していたからだ。


いつまでも寝転んでいるマルセルに、

「さあ、お前もこのエリシア様の寛大な赦しに感謝と心からの敬意を示したらどうだ?」

とカイルが落ち着いた口調で言う。

大人しく従うしかないマルセル。

姿勢をなんとか正し、エリシアに礼を尽くした。


そしてそれは、マルセルがカイルの配下になったことを同時に示していた。


「カイルも皆も宜しいですわね?」

エリシアが確認し、さらに、

「クレトはアークセントリオン直属の配下になります。よってその力はハイ・コンシリウスと同等になることも、以後お忘れなき様に」

と彼を軽く見るなと念を押した。



そしてここに新たな体制が生まれ、フェルクイエスを大きく発展へと導いて行くこととなろう。


エリシアの心には期待が満ち溢れていた。



しかし、マルセルの他にも心の奥底で毒づく者がいた。

(マルセル様よりカイルが上だと?それにあの武神の名まで持ち出しおって……)

誰にも気づかれないその芽は、やはり誰にも知られず伸びていく。



それはやがてマルセルという土壌に黒い花を咲かせるのだった。

 

    

                         完


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