第19-2話 〜道を与えるもの〜
その訳とは、
一つは大司教としての自分は、余りにも名が通り過ぎており、それを利用して事を収めたと噂されては、今後のフェルクイエスの威厳に関わるだろうとするもの。
そして次に、日々神殿に来る礼拝者が相談し易くするために、そして少しでもそれに寄り添えるようにしたいというのだった。
それは何ともこの爺様らしい望みだった。
そして、南方の地へ向けた馬車が丁重に送り出されて行った。
見送りを済ますと、
「さーて、訓練でも始めるかぁ!剣技指南も暇じゃないんでね」
カイルが役職の話を遠ざけた。
それを見越したエリシアは配下に、
「クレトをここに」
と短く言った。
その業務的な物言いに観念する時が来たことを悟り、首筋を指で掻くカイルだった。
そしてそれを見るエリシアの目は厳しさを増していた。
カイルに何も言わせまいと——
そこへクレトが駆け寄って来た。
エリシアの凍りついたような様子を、使者から聞かされたクレトは、
(また、あの話がぶり返したのか?)
と落ち着かない様子であった。
だがエリシアの言葉がそれを払拭した。
「クレト、今回の功績によりそなたを剣技指南役に、そしてアークセントリオン補佐の地位に任命します」
——やられた
ひとり愕然とするカイル。
クレトのあの戦いを高く評価した大抜擢に対して、異議を唱えることなどできるはずもない。
そこまで見据えたエリシアの策略だった。
居合わせた一同は揃って狐につままれたように顔を見合わせた。
当のクレトはキョトンとしたままエリシアを見つめ続けた。
それより何より『アークセントリオン』とは何だろうとの疑念が一同の頭の中を占拠した。
「クレト、私の顔に不思議なところでもあるのかしら」
自室にいる時とは違う毅然としたエリシアがそこにいた。
「は、有り難く拝命致します」
咄嗟にそうは言ったが、緊張によりどう答えたか覚えていないクレトだった。
そして、議会室に向かうエリシアに付き纏うようなカイルがいた。
「剣技指南役をヤツに押し付けて俺をどうするつもりだ。それにアークセントなんて引っ張り出して来て、何を考えているんだお前は?」
見向きもせず歩を進めるエリシアと、振られた女に追い縋るかのようなカイル。
そして部屋に入るとそこには、グランヴェルやサイノゼールたちが待っていた。
席に着くエリシア。
議事録係が進行も務め、議会の始まりを告げた。
「今日ここに集まっていただいたのは、今後の方針を決めるにあたり、その初手として組織改革を進めていきます」
とエリシアは話を始め、内容はこうだった。
まず役職についてである。
総帥は変わらずエリシア。
それに次ぐ最上級統括『アークセントリオン』にカイル。
そして以下順に、
最高政務官『ハイ・コンシリウス』にマルセル。
そして最上級統括補佐『フェンガリウス』にクレト。
神官『セレスティアール』に司祭アベラルド。
元老院『セナトル』にグランヴェルとサイノゼールと発表された。
そこに響動めきと落胆の声が上がった。
まずは、
「アベラルド様は大司教のはずでは?」
納得のいかないサイノゼールが口を開いた。
自身の役職拝命への喜びよりも、他人の心配が先に出た。
これもアベラルドの人柄に由来するものなのか?
そして、自分の役職の重さに抗議するはずだったカイルは、その機を失った。
他人を思いやるサイノゼールの言葉に、恥ずかしささえ感じたからであった。
その様子を北叟笑んで見ていたエリシアは、マルセル、アベラルドの両名には承諾を得ている旨を伝えた。
「皆の配置は以下の通りね。これから一枚岩になろうとする時に、異議や辞退する者などいませんよね!」
ゆったりと間を持って強調するエリシアを見て、してやられたと歯噛みするようなカイルであった。
そして、
(マルセルが帰ったら大変な事になりそうね?)
と先ほどの言葉とは裏腹に心に影が差すエリシアだった。
それから何事もなく十日程が過ぎていった。
「そこはもう少し腰を捻るんだ!こうだこう。」
手取り足取り、身振りで教えるクレトがそこにいた。
そして、
「よーし、今日も気合いが入っているなぁ?」
と上機嫌のカイルがやって来た。
クレトが腹心のアダンに目配せをすると、
「一同やめ!カイル閣下に敬礼!」
と爽やかなアダンの号令が心を駆け抜けていった。
敬礼を返すカイルもまた、それに心が引き締まった。
「クレトそろそろ二人が帰る頃だ。お前も陛下の部屋に来い」
「了解しました、閣下」
アダンに後を任せ、二人はエリシアの元へと向かった。
「池の方から抜けて行こう」
と、いつもと違う道を辿ったカイルに付き従うクレト。
そして池の辺りを指差し、
「あんな花が咲いていたか、あれはなんて花だ?」
カイルが問いかける。
「いえ名前は存じませんが、あれはいつも咲いていましたよ」
「そうか。ま、俺が花なんて似合わないな」
そして二人で笑い合うのだったが、微かな心の変化を感じるカイルでもあった。
——深刻なエリシアの顔があった
『どうした?』と聞いて欲しがっているのに気づいたカイルは少し意地悪をした。
「陛下、この新しい指南役の熱心な様には目を見張るものがありまして」
「もぉカイル、今はそれどころじゃなくて」
と、焦らすカイルに乗せられ、勝手に口からそれが出て慌てるエリシア。
「あ、いえクレトの働きには大きな期待を寄せています。部下への配慮の良さも私の耳に届いていますよ」
クレトを気遣い言い直した。それにクレトは、感無量を感謝と共に伝えた。
そこへ、
「よーしフェンガリウスよ、その勢いで陛下への配慮もお願いするぞ!」
と、不真面目なカイルがまだそこに居た。
爆発寸前のエリシアは、
「もうカイル本当に助けてってば!」
と憚りなく縋ったのだった。
エリシアの心配の種とは、マルセルに新しい配置図を示すことだった。
「確か、マルセルには了承済みだとか言ってなかったか?」
と、きな臭い物を感じ取ったカイル。
「いえね、そうなんだけれども実は」
と真実を打ち明けるエリシア。
内容としては、マルセル出立の直前に新体制として配置換えをすることを、彼に伝えたようだった。
そして彼に最高政務官の役職に就いてもらうことも伝えたと言う。




