第17-2話 〜新たな危惧〜
——季節はその肌に優しくなって来た頃
丘を彩った草の葉もいつしか、白髪混じりのように褐色が見え隠れしてきた。
「店のことはいいから、たまには二人で出掛けておいでよ」
と、いつもの屈託のない明るい声が、押し出してくれたのだった。
そんなミリアの曇りのない笑顔が、エリーはとても好きだった。
「ミリアってホントいつもそう。真っ直ぐすぎて心が見えないの」
そう嬉しそうに言うエリー。それがミリアに対するエリーの決まり文句だった。
彼女がどこまでもミリアを慕っているのが窺えた。
長く伸びた影を追いかけながら、二人は村の畑道を並んで歩いた。
「今日の夕焼けはなんだか少し紫色をしてるね?」
ウキウキするエリーは花屋を出てから喋るのをやめない。
リアンは毎回、
「ああ」
と、返すだけだった。
上目にリアンの顔を覗くエリーが、
「そんなに退屈なのかしら?私はこんなにも楽しみにしているのに」
揶揄うつもりで言ったのだろうが、何故か切なさが籠っていた。
「俺だって楽しみさ」
そう答えながらも、
(なんだろう?この嫌な感覚は)
と、何かの予感が頭をすり抜け、丘の上の教会を見据えるリアンだった。
そして程なくして、
「ここか?」
と、リアンたちがやって来たのは、この村に最近できた料理屋だった。
そこは飯屋と酒場を兼ね揃えたような店だった。
その外観はロッジハウス的な面持ちに、黒系のシックな色使いであった。
入り口の大きな木のドアは開いていて、その前にはローズマダーのこれまた大きな布が掛けられていた。
そのローズマダーの先には広大なホールが広がり、開け放った大きな掃き出し窓には、微かな暖かさを残した夕陽が差し込んでいた。
「うわぁ、綺麗なお店ねリアン」
感嘆に閉じることを忘れたエリーの口元。
見渡す限りの歓談の笑顔と心躍らす香りに、
「もうこんなに人がたくさん」
と、ウキウキの止まらないエリーだった。
「あそこがいいわ?」
店の者に聞かれる前に勝手に答え、そして勝手に席につくエリー。
(まるで子供だな?)
自然と微笑むリアンに、先ほどの嫌な感覚は消えていた。
そして席に着いたら着いたで、
「ねぇ、どんな料理でしょう?早く来ないかしら」
と、じっと座っていられず身を乗り出し、厨房の方を覗くエリーだった。
(いよいよ子供だな?)
遂にリアンの笑いは、微笑みだけでは済まなくなっていた。
インディゴに包まれる頃、テーブルにゆらゆらと落ちる蝋燭の灯り。
大きな梁から垂れ下がった蝋燭立てが、優しい夜風に揺られていた。
そして、いよいよ料理が運ばれて来た。
その前菜は、満面の笑みの中へと消えていき、それがなくなった頃に合わせてスープがやって来た。
その皿には、スライスしたパンと、衣を付けて炒められた貝の身が添えられていた。
ニンニクとオイルの少し焦げた香りが、なんとも食欲を掻き立てた。
その料理が来てからリアンに異変を感じたエリーは、
(やっぱりニンニクが苦手?それともまさか食べ方が……)
と心配したが、実は違っていた。
リアンもそれ程高位ではないものの、元は貴族の家柄である。幼少より食事マナーは躾けられていた。
それにリアンにニンニクは効力をなさない。
リアンの動きを止めた原因は、その添えられたパンにあった。
まだ幼い頃の食卓、いつも母はパンを食べ易い大きさに千切ってくれていた。
その度に父が、
「甘やかすな!」
と彼女を叱責した。
しかし彼女はどこ吹く風で優しく語りかけた、
「さあ、これでリアンも食べられるわね?パンは喉につかえるから気にしないでスープに漬けていいのよ」
父の家柄よりも母の家の方が格式が高い。
そんな彼女だ、彼の言葉に耳を貸さないことは日常茶飯事だった。
それに仏頂面をする父の顔は今でも鮮明に思い出せた。
それでも、この両親のやり取りに、リアンが憂鬱になることはなかった。
その二人の端々に、仲の良さが垣間見えていたからだった。
(実際そうだろう?あの厳格な父が、あんな奔放な母を見る時はいつも……)
そんなことを思い返していたリアンの顔に僅かな笑みが溢れた。




