第2-2話 〜銀と赤の交錯〜
その激しく燃え盛る炎が、その色が悍ましくリアンの胸の中に、燃え移っていくのだった。
紅蓮の炎に焼けるススに咽び、爆ぜる木の音に怯える。
業火の中に取り残され、孤独に絶望する白い姿が……
——それはかつて愛する人を包んだ炎の記憶
全てを焼き尽くす灼熱が生んだ悲しみを心に甦らせた。
あの……景色が……
ぐわん、ぐわん!
と、頭の中で鐘を叩いたような轟音、それにリアンはよろめき、頭を抱えながら崩れていった。
その一部始終を見ていた襲撃者の女。
(なんだ、コイツ……火が!?)
と思い、なんと飛び去っていったのだった。
崩れるリアンに追撃のチャンスと見ず、逃げることを選択したようだった。
それが襲撃者の腕の程を物語っているといえよう。こんな時でも、どんな反撃が来るか分からないのがこの男である。
すぐにその身体に生気を取り戻したリアン。
その石碑にもたれ、
(はあ、いつまで俺は引きずっているのだ?)
と、まだぼーとする頭を振るのであった。
甦る月の聖地。
長く闇に閉ざされ続けたこの地に、このノクティシアに、数年ぶりの月が帰って来た。
そんな月を見上げるリアン。
そこに戦いの余韻は既に無く、苦い焔の味もその喉元を通り過ぎていった。
こんな時、リアンの心のバランスを取るかのように呼び起こされるものがあった。
——エリーとの出逢いの思い出
エリーとは、ノルヴィエルの町外れにあった『聖エレスミアの庵』で出逢った。
出逢ったと言えば聞こえはいいが、当時のエリーからしたら『九死に一生を得た』そんな出来事だったのだろう。
彼女はそこで孤児たちに、神の導きが在らん事を日々祈っていた。
——そして、それは寒い夜だった
その寒さに負けた月は、人を照らすのを諦め引っ込んでしまった。
そんな寂しい夜に、孤児院の煤けた窓が、蝋燭の灯に揺らめいでいた。
音もなく、その窓辺に舞い降りたリアン。
部屋の中には六人の子供たちと聖職者らしき老婆がいた。
そしてもうひとり、うら若き女の姿があった。
そう、当時のエリーだった。
何やら書かれた石板を前に、彼女たちは座して祈りを捧げていた。
痩せ乾いた夜に、肉付けをする美しい祈りの声。
「ほほぉ」
と、薄ら笑いを浮かべるリアン。
そこに、ガッシャーンと窓ガラスとリアンが、”その肉付け”を削ぎ落としていった。
女たちは慌てて振り返り、そこに謎めいた黒い影を見た。
悠々と歩を進める黒い外套。
近づくにつれ蝋燭の灯に揺れるその瞳が、赤く染まっていった。
暗い壁に浮かぶ鬼の形相、それに泣き喚く子供たち。
聖なるはずのその老婆が、真っ先に逃げ出したのである。守るべき子供たちを押しのけ、右往左往する。
しかし焦る余り、その場で地団駄を踏むように、ただクルクル回るだけだった。
そして、
「お前に用は無い!」
と、あっさりリアンに殺されてしまった。
それを見て更に泣き叫ぶ子供たちは、怖さに動けない。
そこへ一歩、また一歩とゆっくり近づくリアン。そして白い牙を剥き、大きく口を開けた。
「こっちにこないで!」
震える手で銀の十字架を突きつけるエリー。
その薄い金色をした髪が、蝋燭の灯りに赤銅色に染まっていた。
「はあはは、そんなもの」
と十字架を握るリアン。
頼りのモノを奪い取られ、絶望と虚無に揺れる彼女の翠玉の瞳。
リアンから見ても、それは美しく透き通っていた。
「なぜ、効かないの?」
エリーは素直な疑問を投げかけた。
それに対し、
「俺は人から吸血鬼になった。伝承の通りにはいかぬぞ」
と、嘲笑うリアンの手が、薄金の髪を掴もうと伸びた。
これは十字架も陽の光も、そして聖水に銀も……
何もかも効かないということを、意味するのか?
「ひ、人から吸血鬼になったなんて聞いたことがありません!」
嘘を言うなと言わんばかりのエリー。
子供たちを守るという強い使命感が、彼女の心を突き動かしていくのだった。




