第17-1話 〜新たな危惧〜
紫の花が囲む湖を離れ北へ、ノルヴィエルの中心部へと向かうクロエ。
——のんびり二人旅と洒落込もうかね
と、相変わらず肩に居座るリスにお伺いを立てた。
どこか適当な森にでも置いていこうとしたのだが、いつまでもついて来るので、仕方なく連れて行くことにした。
そして『ピュチェリ』と名をつけたのだった。
思いの外、便利でもあった。クロエには木の実の違いがまだ分からない。
リアンを見習い食べられる木の実を取ったつもりが、
「お前は腹でも壊したいのか?」
とか、
「吸血鬼、あ……いやお前なら平気か?」
などと、いつもリアンに揶揄われて辟易していたのだった。
それがこのリスのピュチェリはクロエの元に、食べられる木の実を運んで来てくれるのだ。
彼女は大いに喜んだ、
もう、リアンなんていらないっ——
と。
そんな積年の怨みを払拭するような声が、林の小径に響き渡っていったのであった。
その頃、トゲトゲの葉を付けた木々の間を抜けて行くリアン。
時々その葉が頬を掠め血が滲んだが、この大男には三歩で充分だった。
そんな僅かな間に傷は消えていた。
——やはりどこまでも青いなぁ
そろそろ初夏の便りがあちこちの地方に届いている頃だった。
しかし、この男と来たら季節を問わず、その黒い外套に身を包んでいた。
吸血鬼だからといって、寒がりという訳でもないのだが……
ようやく緩やかな坂へと落ち着いて来た。
ここまで道を占拠してきた草も、ゆく手を阻むのを諦めたのか?
道の傍へと退き乾いた土が解放され、ちらほらと姿を現してくるのだった。
そこに歩を進めるリアン、
(もうここには咲かないんだな?)
あの赤い花を探した頃が、懐かしさとなり胸を締め付けた。
そんな懐かしさを拭い去る景色が、彼の目の前に広がるのだった。
そこは山道を抜けた先にあった。
見渡す限りの荒廃——
焦げを残す木片、崩れ落ちたレンガには灰のこびりついた跡が、そして大きく抉られた地面。
散らばる一つひとつの破片が、あの惨状をそこに置き去りにしているのだった。
ここは地の果て、いや最果てか?
これを元に戻すことができるのなら——
(ああ、ここでエリーが……)
遠い記憶が胸を揺すった。
頭から血の気が引くように、意識もボーっと掠れていった。
何処かへ引き込まれて行くような、或いは果てしない空間の中に、どんどんと膨れ上がっていくような、何とも言い難い感覚に苛まれていくのだった。
そして村に着くと、足が勝手にリアンを花屋『フロール・ルミナ』跡地へと運んで来た。
(身体に沁みた習慣とは恐ろしいものだ)
とリアンは訝しんだ。
かつてはさっき通って来た山に、あの赤い花を探しによく行ったものだった。
そしてその帰り道、その緩やかな坂を抜けると、あの翠玉の瞳がいつも眩しい笑顔と共にそこにあった。
エリー、いま……帰って来たよ——
掠れた色の赤土が舞い上がる。
そこに膝を折るリアン——
かつて、赤獅子と化したリアンの膝を、こんなにも簡単に地に着けたモノが有っただろうか?
人を責めることさえ知らないエリーの、その思いが残り香となって、この比類なき強者を地に崩れさせたのであった。
荒れた地面に煤けたバケツが、過ぎた日の面影を残し転がっていた。
(あれは!?)
そこに、レモンイエローだったバケツに水を汲み、額の汗を拭うエリーの姿があった。
ぽと、
怨嗟にまみれた土が、その涙を飲み込んでいった。
それと同時にリアンの心もまた、
吸い込まれていった……
——十数年の時
過去の記憶へと……




