第2-1話 〜銀と赤の交錯〜
——月を失った夜
生温い風に吹かれ、リアンは外套の裾を揺らしていた。
そこはかつての月の聖地——
あの日も月はいなかった寂しい夜、そして今夜と同じように風が纏わりついていた。
——またこの町は俺を不快にする
この町に嫌われていることを知っているリアンが、そう毒づいた。
かつて、人々の心に安らぎを与えた場所クピュハマー。
その崩れた石塔の上に腰掛けるリアンは、今日の獲物を待ち構えていた。
——頬を撫でていった雲
撫でられたその月でさえ、その雲を見失うほどの漆黒の闇。
その中でギラつく赤い目が、静かにリアンを見据えていた。
シュッ!
と僅かに空を切る音がした。
いや大気の揺れを感じたのか——
リアンは風圧に押されるように頭を伏せ、身体を傾けた。
雲の合間に顔を出す星が、流れる剣身に鈍い光の命を与え、リアンの頬を掠めていくのだった。
その光にパラパラっと削がれた髪が鬱屈の風に乗って行った。
その一閃の光の向こう、そこに浮き出るモノが二つ。
こんな漆黒の夜にさえ、それは赤く滲んでいた。
その僅かに光る瞳の周りに、ぼんやりと輪郭が見え始めた。
「ちっ!」
と口角を歪め、そこに白い牙がひとつ艶やかに光った。
「誰だ!」
と叫ぶリアンに、またしても無言の刃が迫る。
次から次へとそれは絶え間なく襲ってくるのだった。
目を狙ったかと思えば、次は腹。
腹を凹ませれば、今度は首。
しなやかな弧を描きながら、連撃は止まらなかった。
その斬撃の速さを、華奢ともとれるその細い剣身が助長していくのだった。
それが、強い魔力を秘め、鋭く残忍に獲物を狩る蛇のように、飛び掛かってくるのだった。
(キリがないな?だったら)
僅かに頭を突き出すリアン。
そこに、レイピアの鋭い切先が向かう。
シャっ!
唸る風、煌めく剣閃。
リアンの頭を、その華奢なレイピアが薙ぎ払った!?
「ぐっ!」
呻きが、しかしそれはリアンではなく、襲撃者の声だった。
——誘ったのはリアン
隙——それは賭けだった。
闇に紛れる得体の知れないこの襲撃者。
その腕の程を刹那に捉えたリアン、それがその賭けを選ばせた。
ふわぁっ、
と闇に広がる黒い外套。黒一色の世界に、もはやリアンは存在していなかった。
そこに躊躇い、行き場を失うレイピア。
そして、闇の中から突如として足が飛び出したのだった。
「はっ!」
と驚く襲撃者だが、もう遅い。
その止まったかのような時間に、動くことも叶わずレイピアを握る腕は、くたびれて輝きを無くしたブーツに蹴り上げられていったのだった。
後ろに反り返り、大きな弧を描きながら地面に落下するリアン。
彼の目的は間を取ることだった。
そして、ようやく大剣レイキスの柄に手を掛けることができたのだった。
この一つの動きで距離と時間、その両方の“間”を稼いだことになった。
そんなリアンを、驚愕の眼差しで見下ろす襲撃者。
それを見上げ、
「女か!?なんにしても、強いな」
リアンは相手の腕の程を知った上で、楽しむように笑ってみせた。
「ふん、やっぱり不意打ちも効かないのね」
と、皮肉めいた襲撃者の声が石塔に反響する。
「やっぱりだと——」
反響を打ち消すリアンの疑問が、その女を睨むように見つめた。
しかし、その顔に見覚えも、狙われる理由さえも皆目見当がつかなかった。
「俺と知ってて来たのか?ふーん、お前に興味が湧いてきたな」
と、楽しむかのように目を細めた。
そうだ好んでスールレッドに戦いを挑む者などいない。
しかし、それを承知で来るということは、深い事情があるに違いない。
(これは、今ここで始末しておかないとシツコいな)
と、レイキスに手をかけるリアン。
その時、遠い山合いに火の手が上がったのだった。




