第13-2話 〜カサルモスの夜〜
ミリアの目指す教会は丘の上にあった。
必死に坂を登った。たとえ、息が切れても足が上がらなくても、彼女は走り続けた。
「リアンを早く探さないと、私のせいなんだ。もしあの子に何かあったら」
夜風に晒されたミリアの瞳からは、涙が流れ落ちていた。
そして、やっとの思いで教会に辿り着いたミリア。
(裏口に回ろうか?)
そう思ったところ、なんと正面のドアが開いていたのだった。
こんな時間に開いているのは不自然だったが、今のミリアには都合がいい。
中へと入っていくミリア。
灯りの落ちた祭壇に、恐怖以外の言葉は見当たらなかった。
それでも奥へと入って行くと、廊下の先に微かに灯りが見えた。
それに近づくミリアの耳に、何やら声が聞こえてきた。
忍び込んだ風が蝋燭の灯を揺らした。
そこに伸び縮みする自分の影に時折、ビクっと驚くミリアが、
「ひっ!」
と声を上げた。
口を押さえるミリア、廊下の後先を見回す。
(誰も居ないね?)
そして、また歩き出すのであった。
廊下を奥へと進むに連れ、聞こえる奇妙な声は、次第に大きくなっていった。
廊下の角に出た。
慎重に角の向こう側を覗き込む。
そこに蝋燭はなく、廊下の先は暗く何も見えなかった。
ミリアにとってその先は、無限に広がる闇のように思えたことだろう。
一歩踏み出せば何が起こるか分からない、そんな恐怖があった。
仕方がない、闇の教会なんて多くの人が不気味に思うことだろう。
意を決し前に進むミリア、その先の部屋からゆらめく蝋燭の灯。
(あそこか?行くしかないね)
ここまで来たら開き直りが彼女を支配していた。
その部屋に近づいたミリア。その僅かな足音が聞こえたのか、それとも気配でも感じたのか?
「早かったな、もう済んだのか?」
と、部屋の中から問いかける声がした。
(済んだのかだって?あの覆面のヤツらはここの——)
外のドアが開いていたことに、合点のいくミリア。
そして、一歩、また一歩とドアに近づくにつれ心臓が速まるミリア。
(ええい、こうなったら)
と、部屋へと飛び込んで行ったのだった。
すると、部屋の中央で横たえるリアンを、囲むように佇む三人の男が居た。
「リアン!?、アンタらは何をしているんだい?」
すぐに状況を把握したミリアは走り出し、助祭の背後から勢いよくぶつかっていった。
すっ飛ぶ助祭を受け止め切れず、隣にいたひ弱そうな男が共倒れとなった。
そして落ちた聖典を拾い、残る一人の頭をそれで叩き伏せた。
力なくし横たえるリアンに、
「リアンごめん店に、エリーが、エリーが、松明を持って——」
と、意味不明に泣き喚くミリア。
ことの重大さに慄く彼女。そこに男たちに立ち向かった緊張が尾を引き、さらに感情を昂らせたのであった。
呪文が止んだことにより、僅かに力を取り戻したリアン。
ごそっ、と動いた助祭の頭を踏み潰すし、
「分かった」
と、一言だけ言うと走り去って行った。
——焼け崩れるフロール・ルミナ
完全には力の戻らないリアンは、まだ飛ぶことさえ出来ない。
業火の店を目指し、出来る限りの力を振り絞って走った。
この身が崩れ落ちてもいい、息絶えて死のうが構わない。
(無事でいてくれ、せめて生きていてくれれば——)
そう願い走り続けるリアンだった。
風に吹かれ荒れ狂う業火。
それに近づく度、あの匂いが、
あの味が、リアンの心を締め付けた。
業火の中から手を伸ばす母の顔が、百四十年経った今でも鮮明に浮かぶ。
あの時の、舌を焦がすような焼けた鉄の味が……
(頼む!お前だけは死なないでくれ!)
——エリー
ノルヴィエルの山に揺らぐ焚き火。
その焔を、ぼーっと見つめながら、初めてクロエに、カサルモスの夜のことを話すリアンがいた。
寒空に身を切る感覚はあったが、そこに本当にリアンは居たのだろうか?
視線はまだ、あの夜に置いて来ているかのように、焚き火の中にエリーを探した。
リアンは『お前がエリーを殺した』と叫んだクロエの言葉を受け、彼女もまたそれに苦しんでいると、俺を仇と思い、それでも今日まで俺と——
そう感じて重い口を開いたのだった。
「じゃあ、あなが殺したのでは……」
「ああ、でも助けられなかった」
リアン自身が犯人であろうが、なかろうが、そんな事は問題では無かった。
エリーはもう戻らない、その事実だけが意味を成した。
「その炎の中でエリーの元から飛び立つ白い影が見えたんだ」
それは白い翅に、長い薄金の髪をした吸血鬼だったと語るリアン。
それを聞いて微かに眉を顰め、
(まさか?)
となにか閃いた様子のクロエ。
まだ頭を抱えて俯くリアン。
ポタポタと光る雫が、リアンの足元を濡らした。
リアンの話の中の空とは打って変わって、綺麗な月が顔を出していた。
月もあの夜の真実を知りたがっているのだろうか……
クロエはその涙を見ないふりをして、そんな月を見上げていた。
そして、見上げるクロエの目にもまた、光る物があった。




