第13-1話 〜カサルモスの夜〜
フェルナス村の丘を駆け巡る光。
そこに色鮮やかな花を育む、潤った風が駆け抜けた——
その村は農耕に富み収穫の祭りが盛んで、また村人たちの結束も固かった。
お人好しのミリアが営む花屋
【フロール・ルミナ】
それがそこにあった。
しかし、今となっては荒れた地に、崩れた廃墟が名物となってしまっていた。
あの、カサルモスの夜から——
フロール・ルミナはミリアにとって住まいでもあった。
別段大きくはないが、若い時から花屋を開くのが夢で、やっと建てたミリアにとっては立派な城といえた。
そこでエリーは働いていた。
エリーとリアンを快く受け入れてくれたミリアは、その一室を二人に提供してくれた。
(夢のような日々とはこのことか)
と、感慨に耽るリアン。
幼少期に、奴隷として怯える毎日を送った彼にとって、エリーとの穏やかな暮らしは何ものにも代え難いものだった。
そんなある日、ミリアがリアンにお願いがあると言う。
それは、教会の壁の修理にリアンの力を借りたいと、助祭から頼まれたと言うのだった。
「頼られるのはリアンが受け入れられた証拠」
とエリーは至極ご満悦そうにしていたのだった。
そして彼はミリアに連れられ教会へと向かった。
顔合わせを済ますと、じゃあね!とばかりに彼女は店に戻って行った。
そして、部屋で待つように言われたリアンは、嬉しそうに笑うエリーを思い返し、
(やっと俺も人に受け入れられてきたのか)
と、自身の変わりように、彼は驚いていた。
そんな緩む笑顔を壊すものがあった。
六人の男が、無言で押し入って来たのだった。
リアンを囲むように輪になる男たち。
その手に武器を持っていないことを確認し、警戒を解くリアン。
しかし、それがいけなかった。
「Lvx Vincvlvm, Sanguis Obstrvx」
何やら呪文のような物が、リアンの背後から聞こえて来た。
振り返ると声の主は、正装に着替えた助祭だった。彼は経典を片手に唱え続けた。
男たちも胸から取り出した十字を、口元に寄せ助祭と共鳴する。
それは大きな声と膨れ上がり石の壁に反響し、リアンの頭を締め付け身体の自由を奪って行った。
人から吸血鬼になった者に、通常の祈りも十字架も聖水も、何もかも効かない。
そこでリアン対策に編み出されたのがこの呪文だった。
ついに頭の重さに耐えかねたリアンは床に倒れてしまった。
しかし、赤獅子と恐れられたこの男を、完全に封じ込めることは叶わなかった。
手を縛ろうとすれば、跳ね除け。
足を掴もうものなら、蹴り上げた。
封じているとは言え、元が元なだけに一筋縄ではいかなかったのだ。
——その夜は訪れた
ビュービュー、窓をこじ開けようと入り込む風の音。
そんな日常的なことも今日はどこか気味が悪い。
怯えるエリーを気遣うミリアが、
「なんだか遅いねリアン。ちょっと見てこようか?」
それに答えるエリー、
「大丈夫よ、なんてったってあの赤獅子ですもの、死神が来たとしても逃げ出すわ」
まぁ、あんたは?と茶化しながら笑い合ったが、それがエリーの最後の笑顔となることを、知る由もない二人だった。
その頃、村の畑に群がる人影があった。
それは覆面を被り、松明を掲げて何やら祈りか呪文のようなものを唱え、歩き出していった。
その覆面の数は次第に膨れ上がり、そしてその声もまた大きく響き、村を恐怖へと誘っていった。
「我らに力を正義を授けたもう、黒き尊厳の為、赤き魔を退散せん。ルクス・ヴィンクルム、サングィス」
その言葉は夜空に広がり、そして村中を包んでいった。
凍てつく夜に、星さえもが帰り去った黒一面の村に、松明の灯りが揺れ彷徨った。
「なんだいあれは?」
ミリアは窓から散らつく灯りを不審に思った。
どんどんと迫り来るそれに、
「こんな時期に祭りでもあるまいに?」
ミリアの怪訝さが増していく。
こんな時に限ってリアンが居ないと焦燥に駆られる二人。
松明を翳し、中の様子を窺う覆面と目が合った気がして、
「ひゃっ」
と、さらに怯え腰を抜かすエリー。
そして、嫌な予感が胸騒ぎを更に大きくしていった。
(リアン、早く戻って来て)
——ガシャーン
店の入り口が破られた。
侵入してくる覆面たちの、唱える声が不気味さを増していった。
ミリアまでもが腰を抜かしそうになる。
手に触れた空の鉢を、一番手前の覆面に投げつけた。
すると何かに気づくミリア。
(あれは確か、助祭の横に居た?)
教会でリアンを奥へと案内していった男と、同じ服がそこに立っていたのだった。
(嵌められたんだ!?)
ミリアは何かに気づいたように振り返り、エリーを見た。
「早くお逃げ!あんたが狙いなんだよ、私は利用されたんだ、ごめんよ」
騙されたとは言え、手引きをしてしまった事実は変わらない。
こんな時でもミリアは自分を責めた。
「裏から逃げるんだよ。私はリアンを探してくるから」
言い放つと、箒を振り回し表へ出て行った。
店の奥へと向かうエリー。
しかし、夢の中で逃げているように、その足は言うことを聞かなかった。
恐怖に膝を崩しそうになるエリー。
その時、薄いミントグリーンに塗られた裏口のドアが開いたのだった。
僅かに開く口に、胸で強く握りしめるエリーの小さな手。
そこには不気味な覆面が、松明の灯に揺れているのだった。




