第12-3話 〜憎しみの向こう側へ〜
「シャァー!」
と、息なのか、声なのか?
渇いた音が喉から漏れ出す。
「エリーを殺したな」
赤きヘビを呼び起こし、そして襲いかかった。
チィィーン!
音と共に、再び剣戟が姿を現した。音はまだ止まない。
次は、ギィーンと空気を揺らし、今度はガシッと鈍く、剣を持つ手を痺れさせた。
二人の剣戟に割って入れる者など、もうこの世に現存しない。
それが出来るのは、エリーか、はたまたパウラだっただろうか?
そう、クロエが襲ったのは他ならぬリアンだったのだ。
——エリーの死の真相
それをクロエは知らない——
吸血鬼狩りの“カサルモスの夜”
『エリーを殺したのはリアンだ!』
と聞かされ、それを信じて今日まで生きて来たクロエだった。
リアンのそばに居て、
(いつか仇を取る!)
その日まで、自分がエリーの姉であることを隠してきた。が、もう今はそんなことどうでも良かった。
この仇を殺せないのなら?
妹の無念を晴らせないのなら?
いっそ自分を殺してくれた方が楽だ。そうさえ思い更に斬って掛かっていった。
クロエの手は止まらない。
自分たちには手加減をしていたのか?
と、二柱にそう思わせるほどクロエの殺気は鋭くリアンを襲った。
いつしかそれはそのまま言葉となっていた。
「殺す、殺す、ころーすっ!!」
無軌道に振り回すレイピア。その軽さが武器となり残像さえそれについて行けなかった。
チーィーン、
と鳴る音が、
ギィぃ〜、
と響く音さえが、
わずかに遅れるように聞こえた。
見る者の血が粟立った。
今動けば自分が死ぬ。
音を立てたりしたらレイピアが飛んで来る。
と、恐怖に縛られた。
止まない殺意に満ちたクロエの剣は先ほどの舞の優雅さを忘れ、ただ獣の速さと乱暴さでリアンを襲い続けた。
その中でリアンにある疑問が湧いた。
(どうして俺がエリーを殺したと、あの場にいた?いやそれならその場で俺に、じゃあなんで?誰に……)
クロエとの剣戟の中にぽっかりと黒く穴が開いた。
そしてその黒い闇に引きずり込まれて行くのであった。
——漆黒の闇
ついに星にさえ見放され、
一筋の光もない。
それは冷たく音のない世界。
どこへ行けばいいのか——
どっちへ向かおうか——
足で地を固めるようにして歩を進める。
(ここはどこだ?何があった?どうなっている?俺は……だ、れ、だ?)
全ての思考が錯誤する。
考えているということさえ理解できない。
やがて闇の向こうに薄く明かりが——白い光が見えた。
そこに立ちすくむ白い人影は女なのか?
頭の上から滲む光が、それを、ふんわりと照らしていた。
また、少し近づいた。
少女のような女だ、それともやはり少女なのか——
はっきり見えない。
だが、その姿を確認した時、
リアンの胸から一気に溢れ出す物があった。
口から生温かい息をむわっと吐いた。
すると、ガクリと両膝が地についた。
やはり意思も言葉も奪われ、呆然とその白い人影を見て、何かに怯えた。
そして、悲しみが込み上げて来た。
もう乗り越えたはずの、
もう心を揺らすこともないはずの……
——あぁ、俺はまだお前に縋っていたんだな
その思いにたどり着いた時、翳るような笑みを浮かべながら白い人影は天に登って行った。
それは、
いいのよ、いつまでも私を頼って——
そう意識の中へ直接語りかけ、消えて行った……
クロエの剣を受けた手の痺れが、リアンの心を乾いた大地へと呼び戻した。
「確かに俺が殺したのかもな?だが、今はまだ待て。やり残しはしたく無いんでな。それが済んだら好きにしたらいいさ」
豪雨の如く降り頻るクロエのレイピアを物ともせず受け止めながら、これまた平然に言うリアン。
(この男は慌てると言うことを知らないのか?)
と、あのクラウディアでさえそう思った。
そして、遂に力ずくでクロエを押さえつけた。
魔王クロエをいとも簡単に抑えるその力を見て、父の言葉の正しさを改めて理解したセリナだった。
「今は、パウラの死を弔ってやろう。仇はそれからだ」
そこに慰めの言葉は要らなかった。
ただ、やるべきことを口にするだけで良かった。
——パウラという名の風
クロエの暗雲に満ちた心に、
澄んだトゥルニエミの青い景色……
それが育んだ、清涼なせせらぎ……
そこを、さあ〜と通り過ぎていった一陣の風。
それが、
クロエの心に再び満ち溢れた……
「いいわ、あんたよりまずはパウラを殺した奴らが先ね」
と冷たくなったパウラの身体を抱き上げるクロエ。
まずはその死の弔いを、死の世界で行先に迷わないように祈ることが、自分に出来る彼女への恩返しだと悟るクロエだった。
パウラが死んでもその青い空は、少しの冷たさで皆を包み込んでいた。
いつものように何も変わらず——
完




