第11-2話 〜救えぬ命の取り合い〜
クラウディアの強さの中に宿る女神のような深い慈愛の心、それをセリナは知っていた。
そして、彼女のそんな所に惹かれていたと言っていいだろう。
少女の断ち切られた未来を嘆き、瞳を濡らしていくクラウディア。
これまで数え切れない死を目の当たりにして来た。
様々な死に方を見て来た彼女が、今回のような強い怒りに、ここまで深い悲しみに、苛まれることは一度もなかった。
救いたかった——
初めて会ったこの少女に、何か特別なものを感じていたのだろう。
何故こんなにもこの少女に惹かれているのか、自分でも解らない。
冷たくなっていくその身体を温めるように、抱きしめるクラウディアだった。
そんなクラウディアに代わり声を上げる者がいた。
「なぜ殺した。理由如何に寄っては、フェルクイエスの名の元エレスミア様に代わり、このセリナ=ヴァルテリウスがお前たちに裁きを下さん」
と、口上とともに名乗りを上げた。
「オオー」
と背後の護衛たちが、威厳あるその言葉に鼓舞され、拳を天に突き立てながら叫んだ。
——動揺する夜叉
俄かに眉を顰めるテオドラ、
(フェルクイエスのセリナだと!?あのアークセントリオンのか——)
セリナの名を知らぬ騎士などいない。
その頂点とも呼べるアークセントリオンの称号を、そこに君臨する者の名を知らぬはずはなかった。
たちまち橋の上に戦慄が走った。
さらに、テオドラには危惧するものがあった。
それは少女を受け止めたもう一人の女だった。
そのセリナにさえ引けを取らぬその振る舞い。
そしてコーラルレッドのライン——
まさか——奴があの双月ではあるまいな
と。
アークセントリオンと双月と言えばフェルクイエスの、最強の剣と鉄壁の盾。
そうこの世に名高い、
——不壊の二柱
ではないか?
手綱をもつ手が僅かに震えた。
先ほどまでの嘲るような笑いが、思い上がりだったと知るテオドラ。
橋の袂というのも不都合だった。
配下の殆どはまだ橋の上で立ち往生している。
そして、フェルクイエスの二柱と言えば、この部隊全員で掛かっても良くて相打ちだろう。
いやそれさえも、まだ思い上がりか——
と、素直に捉えるテオドラだった。
その名に吸血鬼たちでさえ尻尾を巻いて逃げると言う。
互いの力量を見誤らずに対処できるのが、このテオドラだ。
命がけの橋渡しか——
そう思うと、急に落ち着き払って来た。
そして、二柱を見据えるテオドラに、その声は飛び込んできた。
——あれは
と、空の向こうに何かを見つけたセリナ。
そこに勢いよく飛来する影があった。
「ぐわぁぁあ!」
獣の怒号が耳を劈く。
呆けにとられる一同に赤い風が吹き付けた。
キィーーン!
金属のひしめきが、黙り込んだ谷間に声を与えた。
それはクラウディアを目掛けて一直線に降って来た赤い細剣を、セリナの剣が受け止めた音だった。
そんな鋭い剣が襲ったことなど、歯牙にもかけないクラウディア。
亡骸を荒れた地に、そっと置いた。
いっそ涼しげなその死に顔が、彼女の心を締め付ける。
俯いたままのクラウディア。
その顔はいつしか怒りの表情へと変わっていった。
「貴様ら一人残らず斬り伏せる!」
そう言い放つと、屈んだ姿勢から凄まじい勢いで飛び寄るクラウディア。
ひゅるひゅると、
白地にコーラルレッドの外套が峡谷からの逆風を斬り裂き、双剣の斬撃を細剣使いへと浴びせていった。
その襲雷の早業を、身を翻してかわす赤い細剣使い。
その細剣使いとせめぎ合っていたセリナも、その威圧に討たれることを一瞬覚悟した程であった。
見たことのないクラウディアの悪鬼の形相に護衛は、そしてセリナさえも凍りついてしまった。
クラウディアは勘違いをしていた。
その細剣使いはサングィナトーレスの殿だと。
しかし、二人の激しい攻防は結果として、テオドラ撤退の手助けをするハメになったのは事実であった。
だが、撤退と言えば聞こえは良かろう。実のところはただ逃げ散った者がほとんであった。
橋の上の者は、前に進む訳にもいかず、かと言って馬首を返す事も叶わず、当然馬を捨てて走り去って行くのだった。
テオドラとその付近にいた者は難なく逃げ延びたが、クラウディアたちの闘いぶりに怯えた者は、逃げ惑いながら谷底へと落ちて行った。
僅かに暖かい風が吹き、凍りついていたセリナを溶かしていった。
自由を取り戻したセリナは、逃げ惑うサングィナトーレスになど目もくれなかった。
ただ、この二人の闘いを——
未だ見たことのない悪鬼と化したクラウディアの戦いを——
その目で確かめたかったのであった。




