第1-3話 〜月を赤に染めた日〜
その身のこなしは、優雅華麗な舞のようであった。
「ゴホ、うぅゴっ!」
地に片膝をつくカイル。
辛うじてその斬撃の幾つかは躱せたが、致命のひと突きまでは躱せなかったようだ。
「なぜ出て来たクロエ!」
大剣の柄に手を掛け、そう叫ぶリアン。
答えるクロエと呼ばれた妖艶な女、
「あなたが、似合いもしない顔をしてたからよ。腑抜けたの?」
と、不満をぶち撒ける。
黙って睨むリアンに向かって、
「まさかこの男に殺されてやるつもりだった?」
と、心を見透かすように、さらに言葉を突き刺すクロエ。
それに言い返すことの出来ないリアン。
何故なら、
(この男がいれば俺の理想でなくても或いは)
と、心の奥でそう思っていたからだった。
強いだけではなく、全てを見通すかのような鋭い眼光のその奥に強い信念と、底知れぬ優しさを備える男。
そんなカイルになら倒されても……
だが、そんな甘さは、これまでリアンに手を貸してきた彼女には、憎悪の対象でしかなかった。
私にここまでさせておいて——
——悲しみに月も目を瞑った
いつしか、あのリースは黒いヴェールへと変わりそれを覆い隠した。
ヴェールに薄っすらと瞬く星々が、カイルの顔を青く染めていった。
そして、振り絞るようにカイルが、
「今のは…ごほっ、アボニコ•ロホ……か?」
と、声にしながら倒れ込んだ。
「おいっ!」
と手を伸ばし、それを抱きかかえるリアン。
あの不屈の将軍カイルが今、力なくその手に抱かれた。
(何故……それを?)
と、先ほど斬った男を見つめるクロエ。
月を失っていても、青ざめたその顔が誰なのか?
クロエには分かった。
——カチャ
手から細剣が抜け落ちた。
ひとつ歩を進める……
そして、茫然と地に崩れていった。
『アボニコ•ロホ』
かつて、カイルがクロエに叩き込んだ家伝の剣舞。
纏わりつく風は、遠慮して止んだ。
そして静寂を、そこへ呼んできた。
最初にそれを破ったのはカイルだった。
「やはりか……うぅゴホ、ク……クロエ、何十年ぶり……だろうな」
と最後の力をその右の手に集め、クロエの方に差し伸ばした。
「……」
何も言わないクロエ。
クロエの胸には、あの日の光景が溢れ返っていた。
——二十年の月日
二人を引き離していた、その時が……
今ここに重なり、そして……
悲劇を生んだ——
手が震えた。
肩から首へと、逆撫でする嫌な感触が……
そこに、込み上げる兄への想い……
それを、ぐっと腹の底で押し殺した。
(やる事がある、成し遂げるべき事が!)
再び自分にそう言い聞かせる。
その決意が、感情に溢れそうな涙を、悲しみを、噛み砕いたのだった。
——魂の悲鳴
ピシッ、とヒビが入っていく感覚が胸の奥にあった。
次いでそれは、ガシャン!
と砕け身体の中で飛び散っていった。
クロエの目に、再び赤い狂気が宿る。
沸々と湧き出る黒く悍ましい力。
そして、憤激が誰へとなく込み上げて来た。
「吸血鬼は全て殺すと誓った。例え兄といえ——」
語尾を待たずしてカイルが続けた、
「いいんだ……ど、どのみち、リアンに討たれていた……さ」
カイルを支える手に力が籠る。
そうだとも違うとも答えることなく、ただただ力が籠った。
そんなリアンを見て、
「私を巻き込んどいて、そんな覚悟だったのならリアンっ!」
とレイピアを拾い上げ、やり場のない心をリアンにぶつけるクロエ。
そんなクロエすら見ていないリアン。
闇の中、薄っすらとした木々の影に、ぼーっと見えるものがあった。
それでも生きることを選んだあの時の自分——
クロエとの旅の始まり——
カイルとの思い出——
そして……
————エリー
ぐるぐると駆け回り交錯する。
胸に呼び起こされる、
受けた仕打ち……
奪った命……
赤い血……
——殺戮が幾重にも重なり
そして膨らんだ——
(ち……が、血が俺を変える、まただ!?)
いつしかリアンの目は赤く染まっていった。そして、かつてのスールレッドが沸々と甦る。
「いいさ、望むなら……」
と、立ち上がるリアン。
この世に残された、人としての自分にとって大切なもの——
それを奪われた無念、それが静かな怒りへと形を変えていった。
リアンの強さは、カイルが一番知っている。
例え“魔王”と恐れられたクロエといえど、子供扱いされるのがオチだ。
自分のために妹を死なせたくはない。リアンの手首を、力の限り掴むカイル。
しかしその力はあまりに、か細かった。
そして精一杯に掠れる声を振り絞った、
「き、綺麗になったな、クロ……」
その最後の微笑みは虚しくも、その言葉を消し去っていった。
力を全て失ったその手は、散らばったステンドグラスの上に落ちていった。
踏み砕かれたカケラたちが、さっきのお返しにと嘲笑うのか——
それとも上半身が崩れ落ちた、その象徴が憐れんでいるのか——
どちらとも言えない想いが、風の声となって、リアンのこころを揺さぶり続けた。
最後のカイルの言葉は、『止めろ』でも『待て』でもなかった。
そんなカイルらしい一言が優しさが、またリアンの中で生き続け、そして時に彼を苦しめることになるのだろう。
——ようやく黒い雲を追い払った月
それが、カイルを青白く照らした。
その月はいつしか、赤く染まっていた。
まるでその血を吸ったかのように……
そして赤くなった月は、また雲に隠れていった。
何も言わず——
——そっと優しく
完




