第10-1話 〜衝突の予感〜
鞄屋の角を曲がったリアンとクロエ。
路地一本入っただけで、全くといっていいほど人の姿が見られなかった。
手がかりを得られそうにない二人。
さらなる焦燥がクロエの胸を掻きむしった。
俄かに口が裂け、白い牙が覗いた。
「落ち着けクロエ、戦闘でもないのに」
ここなら被害も出ない、たとえ火に油になろうとも、今のクロエは見逃せなかった。
いちいち煩いねぇ——と言いたげなクロエだが、なんとか抑え、
「埒が開かない、二手に分かれましょう」
そう告げると居ても立っても居られず走り出してしまうのだった。
当てはないが、逸る気持ちはリアンも同じである。
ひとまずクロエとは逆の方へと走り出すリアンであった。
その頃、廃屋敷の中では、虚な目のまま動けないパウラがいた。
薄暗い中でも透き通るように輝く白い肌に、少し黄味がかった牙が突き立てられた。
恐怖で少しも動かない身体を、それをただ見守る影たち。
——広がり行く絶望の世界
その恐怖と孤独——
そこには誰一人自分を助ける者などいない、ただ一人世界から省かれたような寂寥に打ちひしがれていく。
そして彼女の周りの時は止まり、その指先だけが冷たさを感じているのだった。
果てしなく広がり、永遠に続くかのような戦慄、壊れていく鼓動と心。
とうとう極みに達し、足の力が抜けた。
もう震えもない——
恐怖さえ壊してしまった感情は、いつしか彼女の意識さえ奪い去っていた。
その時、
「うがぅわゎゎあ!」
獣は血を吸って満足の雄叫びを上げた。
それを見守るテオドラの口元が僅かに緩んだ。
——悶える悲鳴
「うぐぅわあぁ、ぬぐぅわあ」
その長い爪で喉の辺りを掻きむしりながら瓦礫の上に倒れ朽ちていった。
そう、苦しみ倒れていったのは、獣のほうだったのである。
そんな中、薄暗がりに大きく開く赤い唇に、白い歯が声を上げるのだった。
「うわぁはははー、当たりだ。この娘こそが——」
暗い廃墟に響き渡る達成の喜び。
獣を踏みにじる歓喜の声に、顎で後ろの部下に指示するテオドラ。
瓦礫に腰を落とし放心のパウラを担ぎ上げる配下の騎士。
——引き上げだっ
と身を翻すテオドラの背中は、作戦遂行の手柄と称賛を確信した愉悦に満ちていた。
倒れるガイサルたちには目もくれず早々に引き上げる一団。
長居は勿論無用である。
隣町で嗅ぎ回るリアンたちの姿が報告されている。
あんな奴らと出くわしたら厄介だ。
いや、厄介で済めば儲け物だった。
屋敷の裏手、
その崩れた塀の間から、何十もの騎馬が土煙を残し走り去って行った。
あの遅れて来た星の夜を思い返すリアンがいた。
(仮に、奴らに仲間がいたとしたら)
この町のどこへ連れて行くだろうか?
廃屋、村外れの茂み、奴らの宿か?
——片っ端から見て廻るか
一方のクロエは、地から空からパウラを必死に探した。
(無事でいて、もうあんな思いは……)
そう祈るように心の中で何度も何度も繰り返した。
そんな時、一つの廃屋敷がクロエの目に止まるのだった。
それがなぜか気になるクロエは、
(ええい、迷ってる場合じゃないよ)
と矢の如く降り下って行くのだった。




