第7-3話 〜ふたつの旅立ち〜
そんなクラウディアの思いを汲んだエリシアは、
「良い機会ね、そろそろお話しするわ」
と言いつつ、この爺さんが死んでしまったら、自分のことを知る者がまた減ってしまうからと茶化すのだった。
「手厳しいのう、あの可愛かったエリシア嬢がワシの死を望むとは」
エリシアとこの爺さんの間で大きな笑い声が起こった。
が、爺さんはカイルを失ったことが、エリシアの心に今もなお、しこりとして残っていることに憂いていた。
カイルの死を思い出せば、自然と妹の死も思い出してしまう。
そんな今、過去を語ればエリシアの優しい内面には、また冷たい雨が降るだろうと、
「昔話はまた今度にするかのう。双月殿も、トゥルニエミに新たに向かわせる人選も有ろうて」
え?と思い、慌てながらエリシアの顔を見る双月。
総帥の顔に戻ったエリシアが、
「双月、分隊を、いえ……小隊を編成して派遣する事を命じます」
命を受け跪き答えるも、
「は、トゥルニエミに……でありますか?」
と双月には理由が分からない。
「そうです、ことの詳細は後ほど報せます」
「心得ました、直ちに」
と、双月が立ち去るのを待って、再び幼い日のエリシアに戻った。
「さすが、まかか爺ね」
それは、酒ばかり飲んで寝ているアベラルドの、真っ赤な顔につけられたあだ名だった。
「大人になってもまだその名を言うか!悪戯っ子エリスめっ」
深い親しみと懐かしみのこもるアベラルドの叱責だった。
エリシアが唯一息抜きができる、それがこのアベラルドであった。
エリシアは笑い終わると、
「それで、トゥルニエミには何があるのですか?」
と、総帥として質問した。
アベラルドはゆっくりとエレスミア像を指差し、
「慈しみの子ですじゃ」
と言う、その顔にも笑いの影は、やはりなかった。
「まさか本当に存在したのですか——」
と、それに珍しく驚いた表情をするエリシアだった。
ああ、と答えながらアベラルドは慈しみの子について話した。
先程、カエサルがトゥルニエミの名を口にした時、妙に引っ掛かるモノが有ったらしい。
そして双月をここへ送ったあと、古い文献を調べたと言う。
そして見つけたのが、トゥルニエミにかつてあった伝承『エレスミアの子たち』だった。
アベラルドの考えによれば、今でもなおエレスミアの末裔の“慈しみの子”がいるのではないかと言うのだ。
「もしそれが事実なら、サングィナトーレスが嗅ぎつける前に守らねばならぬ」
と、いつに無く険しい顔のアベラルドがそこにいた。
「セリナにも通しておきます」
と、念には念をとエリシア。
「しかし、咄嗟に小隊編成の指示を下すとは、やはり我らの総帥ですな」
どこかから湧いてくる不穏さを、感じ取っていた二人であった。
——その夜
神殿の最深部から次々と飛び出す黒い影が有った。
その影は八つ、いずれも音もなく銀の峰に消えて行った。
影はサングィナトーレスの拠点であるアラコールを目指した。
そしてフェルクイエス内部でも気づかれることなく、極秘裏に飛び立って行ったのだった。
それから遅れること二日。
トゥルニエミに向けて、これは逆に華々しく見送られる白い軍勢が有った。
クラウディアの命により編成された小隊の出陣だった。
神殿の入り口の大広場に集まった民衆は、旅立つ小隊が見えなくなるまで、胸に轟く太鼓と歓声の中に送り出したのであった。
そして、出陣が二日後になったのには訳があった。
その隊長にはカエサルを置いたのだが、彼は休暇中なのであった。
皮肉にも彼を指名したのも、休暇を与えたのも、クラウディア本人だったのである。
謝るクラウディアを横目に見るカエサル。
それを眺めながら、
「惚れた弱みには勝てないみたいね」
と、片目を瞑るエリシア。
「どっちもな」
と、ニッコリするアベラルドだった。
旅立つカエサルは、あともう一日休暇が残っていたことを、一生忘れることは無かったという——
完




