第1-2話 〜月を赤に染めた日〜
「リアン!?」
と呟くアーク。
黒い影の耳に懐かしいその声。
「お前は……カイルなのか?」
と、リアンと呼ばれた黒い影は目を細める。
そしてリアンは躊躇いを残しつつも、ゆっくりと剣を下ろすのだった。
——その燐光に
再び隠される月、
そこに僅かに残る姿に——
「やはりカイルじゃないか!?」
と、確信を得るリアンの声。
剣を収めるリアン、
(カイルと気づいていれば)
と、後悔の念が胸に込み上げて来た。そうすれば、この殺戮は避けられただろう?と。
しかし、それは命を奪った者に直接ではなく、カイルに向けられた思いだった。
「あぁ、やはりリアンだったのか、スールレッドの噂は俺のとこまで届いて来てたよ」
と、重くなるリアンとは裏腹に、明るいカイルの声がした。
——スールレッド
人も鬼も見境なく喰らうは、
赤き獅子王。
かつては人であったが、
残忍比類なき殺戮者にして、最強の吸血鬼となった男。
リアン=ヴァルド
今や吸血鬼を殲滅する者として、その名を轟かせていた。
そんなリアンにさえ、笑みを浮かべるカイル。
その彼の笑顔が、リアンにあの頃の親しみを、まざまざと甦らせたのであった。
「久しいな、娘たちは元気にしているか?」
と、ようやく昔馴染みに戻り、眉間の皺が消えていくリアン。
「おい!?仲間を殺しておいて、最初にそれか?」
言葉の中身とは裏腹に、屈託のない笑顔が更に続ける、
「あぁ元気さ一人はな、もう一人はどこに居るのやら。で、お前はどうなんだ?やはりそうか!?」
リアンの顔を覗き込み、それを確かめるカイル。
「ああ、人間だった頃の風習が残っててな、今でも人と同じ物が食べられるし、十字架も効かないらしいな」
相変わらず他人事のように言うリアンに、
「ははは」
お前らしいな?と言わんばかりに笑うカイルだった。
——吸血鬼
人の血肉を喰らう鬼。
その瞳は赤く染まるという。
リアンはこの十数年、人の血を吸ってはいなかった。
それで、その瞳は元の『銀灰』に戻っていたという訳であった。
そこへ再びカイルが、
「しかし、お前は吸血鬼を狩る殲滅者だ。俺も殺るのか?」
「お前こそどうなんだ?アークセントリオンの称号は今や、どこに居たって耳にする。そんな凄い男が、俺を見逃す訳がないよな?」
と、リアンらしからぬ冗談混じりの顔。それに笑い合う二人。
そんな彼らには、立場を越える何かが、深い絆のようなものがあった。
かつて、カイルとは数々の死闘を繰り広げてきた。
やがて互いを認め合い、そして多くの死線を共に乗り越える仲となった。
その勇姿に、その信念に、唯一リアンが惚れ込んだ男、
『アークセントリオン・カイル=ヴァルテリウス』
であった。
やがて、血で赤く塗られた瓦礫は、困惑しながらもその血の匂いと、そこに籠ったカビ臭さを、風に乗せていった。
例えこの地が祈りを忘れたとしても、
(これ以上の血はごめんだ)
そう言っているように……
——風が止んだ
しばらく続いた生臭さもようやく止み、そこには死の匂いだけが残った。
これから訪れる匂い——
二人の会話はまだ続いていた、そんなことも気づかずに……
少し離れた木の上に、リアンの様子を怪訝に眺める女が居た。
月に照らされ、僅かな光沢を放ちながら、それを包む黒い外套が揺れていた。
やや青みがかった白い肌に真紅の瞳。
その煌めきを、流れる赤い髪が時折覆っていた。
暗闇に、その妖艶な女は……
——ゆっくりと剣を抜いた
「やめろよリアン、茶化すな俺は……」
と、言いかけるカイルに赤い細剣が襲いかかった。
それに僅かに遅れ、
「待て!」
と喚くようにリアンが、しかし時すでにであった。
研ぎ澄ましたその切先は、弧を描きながらカイルを切り裂いていくのだった。




