第6-3話 〜小さなトゲと気づかないキズ〜
「助けてくれたからってクロエのトコばかり行き過ぎじゃないか!」
「いいじゃない。だって私の……お姉ちゃんなんだもん」
幼馴染の前では流石に恥ずかしくて、慈しみの神エレスミアの現し身とは言えなかった。
これ以上パウラの気を逆撫でる訳にもいかないガイサル。
「分かった……でももう待っているから、少し急いでくれよ」
やや視線を逸らせ気味に言うガイサル。
彼女の純真さが、“それ”を見逃してしまった。
そして、勝手ねと呆れつつも、ただ従いついて行くパウラだった。
二人は程なくしてコヴォラトの町に着いた。
町外れにかつての貴族の屋敷がなんとか面影を残して立っていた。
屋敷の左端から中程までは一階の壁だけ残して崩れ果て、そこから右に行くに連れ徐々に壁が二階へと伸び上がっていた。
全体の三分の一くらいか、屋根が残っていたのは。
——異世界への入り口
そう思わせる不気味さが、そこにはあった。
傾いた茶色く錆びた鉄の門。
それを開くと、どこからか風が流れ、崩れた壁の反対側で何かがカタカタと音を立てた。
「入ろう」
「え、本当に入るのなんかお化け屋敷みたいで…」
躊躇うパウラに、
「お化け屋敷もなにも、いつも吸血鬼の小屋に行ってるだろ」
パウラには気づけない嫉妬が、そこにはあった。
どこかでまた瓦礫の崩れる音がした。
互いに別の方を見る二人。音の出所さえ分からない。
歩を進める二人、
カタッ、
と、再び鳴る瓦礫。
「うわっ」
薄汚れた壁のぼやけた影から、痩せ細った犬が出て行った。
「はぁ、犬かよ」
そんな恐怖が、なぜか廃屋の不気味さを薄めてくれた。
壁の崩れた所から慎重に中に入る。
足元に気を取られれば頭をぶつけ、
頭上を気にすれば瓦礫につまづいた。
「うわぁーぁ」
よろけるパウラを振り向きながら、
「びっくりさせないでよ」
とガイサルもまた恐怖し始めていたのだろうか。
しかし、パウラの恐怖とガイサルの恐怖は中身が違っていた。
疑うことを知らない碧い瞳。
その瞳を、黒い影の恐怖が待ち受けていた。
その頃、ブルガルセの上空をクルクル回る大きな鳥がいた。
やがて鳥は急降下で町に降り立った。
空から見てもパウラの姿を確認できなかったからである。
(地上に降りて聞き込みをしよう)
そう思い行き交う人々に声をかけるリアン。
しかし、パウラたちと思われる人物を見た者は誰もいなかった。
パウラ一人ならまだしも、若い男女連れだ。この町を歩いていたら目立つに決まっていた。
空を飛べるリアンが、人探しにこんなにも手間どうはずがなかった。
(おかしい、何かが違う)
パウラが母に嘘をつくとは思えない。となると母親の思い違いか、
それとも……
もし、ガイサルが嘘をついていたとしたら——
胸騒ぎが焦りへと変わっていった。
そこへ、
「なんて顔してんだい、まさかあの子に何かあったのかい」
と、リアンに詰め寄る声がした。
そう、リアンの様子に不審を抱くクロエがそこに立っていたのだった。
クロエの話によると、リアンが西の方へ飛んで行くのが見えた。
その速さに異変を感じて追って来たのだという。
そしたらリアンともあろう男が、似つかわしくもない深刻な顔をしていたので、早合点をしてしまったという訳だった。
朝からの一連の事情をリアンが語ると、
「!!?」
ピクりと動くクロエにリアンが、
「どうした、何か知ってるのか?」
「いや、さっきあんたを追って来た時山道に二人、人影らしき物を見たんだけど……」
記憶を遡るクロエ。
リアンの行き先にパウラが居ると思い込んで、その人影を気にも留めなかったが今思い出すと、ざわざわと響めきが走る。
突如、誰かに背中を押されたような感触がして、
「行こう、迷ってる暇はないよ」
と、返事を待たず飛び上がるクロエ。
言葉を返すまでも無くリアンもまた飛んでいた。
——今度こそは救ってみせる
パウラが歩いたであろうその道を、空から追い求め——
リアンはそう誓うのであった。
もう二度と——
完




