第6-2話 〜小さなトゲと気づかないキズ〜
あの夜のことが思い起こされるクロエ。
(しかし、あんな奴らに仲間がいるとは……)
ましてや、どこかの組織の一員とはとても思えない。
と、取り越し苦労であって欲しいと、自分に言い聞かせるクロエは、
「そうね、たまにはあの山の頂を超えて飛んでみようかしら?」
空から綺麗な山景を見渡せば心も晴れ渡るだろうと、小屋を出て行くのだった。
見送ったリアンにも、当然不安はあった。
それが徐々に膨らみ、モヤモヤと胸の中に影を落としていくのだった。
そして、昨夜のクロエが頭によぎる。
(アイツはそんな夢にまで——)
——行ってみるか
パウラの家は、あの夜の現場から小さな小川を渡った所にあった。
橋の袂で不意に立ち止まるリアン。
そこに小さな魚が跳ね、飛び散る水が淡く眩しい顔をした。
その光に浮かぶパウラの顔。
あの子には平穏に暮らして欲しい——
胸のモヤモヤは、いつしか締め付けへと強くなっていった。
(エリーのようには……決して)
どんどんどん、
戸を叩く。
「リアンだ、誰か居ないか?」
女の高い声がドアを開けた。
「ああ、リアン様。この間は娘が……」
リアンは手を上げそれを制止する。
この女は顔を見る度にパウラを助けてもらった礼を言う。
悪い気はしないが、そろそろもういいだろう。
「パウラはもう出掛けたのか?」
「はい先ほど、なんでもガイサルとブルガルセに行くと言って」
「ガイサルってあの男か、そこには何をしに?」
この男でも早口に話す時もあるようだ。
「はい、なんでもガイサルの友達が、そこで珍しい物を見せてくれるんだとかで……」
——速まる鼓動
吸血鬼になってから初めてと言っていいだろう。
胸の奥の方で、何かがひっくり返るような感覚があった。
考えるより先に足が地面を蹴っていた。
飛び去るリアンの背中で、パウラの母の声は川の音に飲み込まれていった。
(こんなことなら、思い違いでも……)
クロエの不穏な様子を見過ごしたことを、迂闊さを、強く後悔するのであった。
やはりリアンにも、パウラにエリーが重なって見えていたのだった。
天空から見下ろする春の芽生え。
今のリアンの目には、そんな景色さえ無力だった。
そして、たとえ何千の剣が彼を囲もうと『どこ吹く風』のリアンが——
一人の少女の安否に、焦燥に駆られるのだった。
山道を下る二人の姿があった。
「ねぇ、どこへ行くの?ブルガルセはあっちじゃないの?」
朝から歩き詰めたせいで少し不貞腐れ気味のパウラ。
彼女がこの男に心を開いている証でもあった。
「ねぇ、ガイサル、聞いてるの?」
いつもより強く当たるパウラ。
クロエとの会話が漫ろだったのが、余計にそうさせた。
歩くのが遅くなったパウラの手を取り強引に引っ張っぱるガイサル。
「ねぇ、そんな怖い顔するなら私もう行かないよ。帰ってクロエさんとお話しした方がいい」
何かに焦るようなガイサルにとって、今クロエの名は苛立ちの原因でしかなかった。
パウラとの間に、いつの間にか入り込んだクロエ。
それが今の自分の決意を固めているのだと——




