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落ちた紅の花びら 〜A petal named Liselle〜  作者: マメ
1章 白い綻び編

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第6-1話 〜小さなトゲと気づかないキズ〜



月の無い夜だった——



例の廃小屋の中で眠りにつくクロエ。

あの時よぎった黒い影。

その棘のような違和感が、クロエを悪夢へと誘った。




——おどろおどろしく揺れる黒煙



燻され、喉に絡まる生花の饐えた匂い。

赤く焼けた敷石が、逃げられないように周りを囲む。

炎の刃が頬を削り、焼け焦げた木から伸びた黒い手が、肺を握り潰した。


そんな中、怯え佇む薄金の髪の少女。

それを見て、助けられずに茫然とする自分。

飛び込もうにも、身体が何故か動かない。


激しい炎の中で、白く美しい顔がこっちを見て——

ニッコリ笑った。

「はっ!?……エリー…」

それは妹のエリーだった。

何故だか幼い頃の姿をしていた。



動け、放せ——

込めているのに入らないのか力。

「うぐぐぐっ!」


食い縛る歯がギシギシと悲鳴を上げ、

金茶の瞳から、真っ赤な血が溢れ出ていた。

「エリーっ、エリーっ!」


喉から飛び出して行かない声。

耳に空気が溜まったように何も聞こえない。

そして、発したはずの泣き声は、夜の奥へと吸い込まれていった——



——エリーの翠玉の瞳


   

   それに重なる少女——




「はっ!!」

目が開くより先に起き上がる身体。

「はぁはぁはぁ」

暗闇に失った視界など気にする間もなく、胸元を掴み揺する。

纏わりつく汗の不快さに不吉な予感が押し寄せたからだ。


「あれは!?」

と周りを見回す、炎もエリーもそこには居なかった。

しかし、炎に包まれてもなお優しく、強く輝くあの瞳は、クロエの脳裏に焼きつき消えることはなかった。


(何でだい?今更、とうに乗り越えたはずなのに)

闇に自問自答するクロエ。

脳裏に焼きついたエリーの残像が、薄暗い壁をスクリーンにして映し出された。

手を伸ばすと、すぅーと消えてしまいそうで……

ただただ、呆然と眺めることしか出来なかった。


まだ妹の死を引きずっているのか、まだ赦せない心が——



そして、暗がりに馴染むその目に、小屋の反対側で寝ているリアンの背中が映った。

何故かそれが、冷たくも温かく感じられた。



——気づかないフリをするのも優しさ


と物語るかのような、そんな背中に……

それをみつめるクロエに、もどかしい時は過ぎていった。




春の祝辞を述べる風に乗せられ、

幾らか調子を取り戻した陽が、

朝を暖かに彩った。

つい先日まで薄褐色が、我がモノ顔に陣取っていた野も、緑が黄色や紫の蕾を持ち上げていた。




——胸にその空気は美味しかった



小鳥の声が優しく肩を叩いた。

それは待ち人の来訪を告げるように。

そして、それに振り向いたクロエに、一番の待ち人の顔が、そこにあった。



『明日の朝は来られないから』

と、言っていたはずのパウラが朝食を運んできた。


「いつも悪いな」

と言いかけたリアンを押しのけ、

「アンタ大丈夫だったんだね?」

と、パウラの肩を掴み身体を見回すクロエ。

硬直するパウラは目を丸める。

リアンの目には、その仕草がただ可愛らしい乙女として映った。


だが、クロエに映るパウラは、どこか儚さが見え隠れしていた。

そして、パウラに警告をしたかったのだが、

(私は異形、こんな勘なんてこの子には……)

かえって不安を煽るだけだろうと、クロエは思い悩むのだった。



「ごめんなさい、今日のお昼は持って来れなくて」

と悲しそうなパウラ。

更なる胸騒ぎを隠すように、パウラから目を逸らすクロエ。

それに代わり、

「いいさ、用事でもあるのだろう?」

と、パウラを送り出すリアンの目尻が、クロエをそっと見つめるのだった。



見送った後も浮かない顔のクロエ。

そんな彼女に、わざとソッポを向きながら、

「野山もだいぶ色づいて来たな、お前もたまには羽を伸ばしてきたらどうだ?」

と珍しくお節介をするリアンに、いつものクロエが帰ってきた。

「あんたも目が赤くない時は人みたいに優しいのね」

しかし、いまいち皮肉になりきれないクロエ。


(やはりリアンには見透かされてる)

いや、この男なら同じ不吉を——


わざと後ろを向くリアンの背中に、その心を感じ取ろうとするクロエだった。


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