第5-2話 〜黒い信仰と白い希望〜
——アラコールの階
ノルヴィエルを北に向かった地。
天高く突き上げられた槍のように、ツンと伸びた木々。
枯れたその針葉樹林は、錆びた有刺鉄線のように、人を拒絶した。
その樹海に囲まれた大きな岩壁が、古代の人々の祈りを階として、その顔を残していた。
その遠い昔に人からも、神からも、忘れられた階の神殿へと、白馬に跨がる男が入って行くのだった。
階に根を張るのは、サングィナトーレスという集団だった。
今や一国とも呼べようか。
それはかつて、
『スールレッド・リアン=ヴァルド』
を討伐すべく発足し、吸血鬼撲滅を理念に支持を集めた聖騎士集団だった。
しかし、いつしかその地位や名声は、ただの権利と化し、暴利の象徴へと変貌を遂げていった。
神オルヴェウスを崇めるようになってからは……
「救済は滞りなく進みましたか?
オルム・シュレックよ」
この男の呼び方はいつも鼻につく。
「はっ大司教アダムノア=モルグダース殿、昨夜首尾通りに」
と、しかたなく膝をついて答えるのは、ヴァルター=シュレック。
あの『救済』の承認者、黒いローブの影はこの男だった。
そのアダムノアの後ろ、祭壇の奥からもう一つ影が現れた。
白の正装、首から下げた銀の十字には、赤い宝石が散りばめられていた。
祭壇の前に立つと振り返り、オルヴェウスの像に祈りを捧げた。
「総督陛下」
と、アダムノアが跪き、ヴァルターもそれに従った。
総督と呼ばれた男が、
「救済はコール教皇が執り行ったのかな?モルグダースよ」
と、小隊長であるセントリオルム程度には口を利かないというのか、アダムノアに直接問いかけた。
首だけ後ろへ向け、ヴァルターを見るようにするアダムノアが、
「どうなのじゃ?オルムよ」
少し慌て気味に言う。
(もう少し困らせてやろう)
と、黙るヴァルター。
そこに、
「モルグダースっ」
と、焦れた総督が怒鳴りつけた。
みじろぎしつつアダムノアが、
「は、早く答えよヴァルターよ」
と、格式ぶる余裕をなくし、名前で呼んできた。
(いつもの威張り腐った威厳はどうした)
と思ったが、自分にも矛が向くのを恐れ、
「いえ、司祭殿の手によって」
と、短く答えた。
「ふぁぁあ!?な、なんと〜」
悲鳴を上げるアダムノア。
「ただの救済ではないのだぞっ」
総督の目に鋭く射抜かれたアダムノアは、ただ震えるしかできない。
「こんなことなら、なぜお前が出向かなかった」
と力み過ぎたのか、総督がよろめく。
「い、いいえ、救済されるのはパパスであると明言してありましたので……」
可能な限りを尽くし、身体を小さく畳むアダムノア。
『救済』されたのは、聖セレスミアの庵の創設者パパス侯爵だった。
彼は、セレスミアを厚く信仰する、反サングィナトーレス派の第一人者であった。
そんな人物の『救済』だ、特別な意味を持つのは当然と言えた。
「まさか教皇は腹を違えたわけではあるまいな」
アダムノアの自由を奪い去る総督の疑心の目。
アダムノアと教皇は従兄弟関係にあり、そして教皇はなによりもパパス侯爵とともに、旧サングィナトーレスを発足させた張本人だったのである。
移ろう時に人々は変わって行く、
それによって信じる神もまた然り。
教皇とパパス侯爵は、サングィナトーレスを乗っ取った者により、懐柔された者と抗った者へと二分されていったのだった。
「まぁよい、奴もそうそう背を向けられんて、ふぉふぉふぉ」
と、総督の薄気味悪い笑い。
「それより、偵察からはどうじゃ?」
「はは、ノルヴィエル周辺は特に異変はなさそうでして、セレスタリアの奴等めも今は大人しく鳴りを潜めておるそうです」
と、話が変わり安堵するアダムノアが額を拭う。
「そうか」
答えつつまたジロリとアダムノアを一瞥する総督。
そして、わざとらしい咳払いをし、
「もう下がって良いぞ、旅の疲れでも癒して来るがいい」
とヴァルターを追い出すようなアダムノア。
「かしこまりました」
そう短くいい立ち去るヴァルター。
秘密主義の国とはいえ、自分にさえ知らせぬこととは……
疑念に浸りつつ、重く大きな扉を閉じていくのだった。




