第34-2話〜すくわれる二柱〜
あの時の言葉は——
と、何かを思い出したセリナ。
それは、セリナの役職任命の時だった。
「セリナ、もしもカイルを引きずるなら、役職名を変えてもいいのよ?あなたらしく伸び伸びやって貰う方が良いのだから」
と、何の含みも無く、腹の中を見せるエリシアの言葉。
「いいえ、その名を拝命し、その天授を全う致したい所存であります」
と、礼を尽くしながらそう言うセリナ。
「そう、私があなたを選んだ。ということ……それを忘れないでね、セリナ」
「肝に銘じて」
と、強く言い切るセリナだった。
過去の記憶に耽るセリナの顔付きを見て、
(これなら安心じゃ)
と、黙ってその場を立ち去るアベラルド。
夜風に手のひらを当て、さぞ爽快な様子で歩く彼の背を、星たちが讃えていた。
「そうか、あの言葉は!?」
と、呟きあの時のエリシアの想いや願いを、今漸く理解するセリナだった。
『引きずるなら』とは、父への哀愁ではなかった。
父の影を、そのやり方を無理に意識し過ぎるならということであった。
そう、そして、感情で人選をするようなエリシアではないことも……
チャポン、
と池が鳴った。
大小のカエルが、岩から飛び込んだのだった。
(はっ!)
大小のカエルが一緒に居ても、親子とは限らない。
それに気づいたセリナは、躊躇わず駆け出した。
今は時間など関係なかった。
ただ、エリシアの顔を見て、その想いを理解した自分の顔を見せたい。
ただそれだけだった。
そして、爽やかな風は、
その衣服を靡かせるだけに留まらず、
その心の中にまでも……
——そこは、ユトレーデルの外れ
目の前には広大な草原が、その両腕を伸ばしていた。
『さあ、飛び込んでおいで』
と、言わんばかりに。
どこまでも続く寂しい林をずっと通って来た彼らには、そう見えたことだろう。
しかし、馬たちは一歩も動けなかった。
その騎馬の大軍を前に、白い駿馬の気迫が、その足を止めたのかもしれない。
なんにしても喪失感とは連鎖するものだった。
この時ばかりは人馬一体となり、恐れをなすサングィナトーレスの面々であった。
それに苛立つテオドラ。
しかし、この彼女を持ってしてもそれには臆した。
それは目の前の、一見麗しの君があの惨殺剣『双月斬』の使い手だったからである。
そう、その一団の行く手を阻んだのは、クラウディアと愛馬のアルジェだった。
「今更お前達に名乗る義理も、この訳を語る必要もあるまいな」
と、その美貌に似つかわしくない低い声。
やはり格が違うのか、こんな大軍でも怯む騎士たち。
戦意喪失とは思ったよりも速く伝播した。
負け惜しみともとれるから笑い、
「ははははっ!サングィナトーレスを侮るなかれ」
しかし、その語尾を弱めていった。
それは恐怖や後悔からではなく、新たな手を打つ者の、相手への憐れみともいえるのか。
そう、テオドラの笑いは負け惜しみなどではなかったのだ。
後ろへ手を上げ、合図を送るテオドラ。
そして、立ち並ぶ木々を、跳躍して現れる影が三つ。
それがクラウディアを囲んだ。
「ファハハ、精々楽しむがいい」
と言い残し走り去るテオドラと馬群。
その中に抱えられたリヴィアの顔が、そしてリセルまでもが……
追い縋ろうとするクラウディア、今度はそれを塞がれる立場に。
「邪魔をするなっ」
電光の速さで唸るクラウディアの剣。
それを難なく躱す影。
驚いたのはクラウディアの方だった。
今までのサングィナトーレスの騎士とは違ったからである。
動きも、その容貌までもが——
とにかく白い、いやその顔は不気味に青白かった。
全く血の気を感じさせないのである。
三体の中でひときわ大きな影は、青黒くさえあった。
それを見たクラウディア、
「貴様ら、人か」
と、条件反射で言葉を吐いた。
相手の力量を窺うクラウディア。
それを認め、馬上では不利とアルジェから降り、離れた所へ向かわせた。
シャカっ、
と用心深くもう一振りを抜く。
その動きは、どこかぎこちない節さえ見受けられた。
構えを取るクラウディア、僅かに足を開く。
それに合わせるかの様に、その左背後から、
ずざざぁっ!
と、音がした。
振り向くクラウディアの視界を、飛び散る枯葉が覆った。
それを振り払い、切り落とすクラウディア。
そこに出来た枯葉の隙間から、
青白い鬼の形相が飛び出し光る切先が襲いかかった。
何とか防いだクラウディア。
左の剣でそれを受け流し、しゃがみながらもう一方を振った。
しゃっ!
それは思いのほか軽い。
逃したか——
事実だけを情報収集する。
戦闘に入ったクラウディアに、驚きなどの感情はもうない。
さっ、と後ろに飛び退いたその影。
その左目が垂れていた。
周りの傷からして、酷い仕打ちを受けた事が手に取れた。
今度は、右前の者が足を突き出し跳んできた。
それを切り払おうとクラウディア。
ギャシーン!
けたたましく鳴る剣。
鉄の脛当てが火花を散らす。
今一度、蹴りを繰り出す脛当て。
後ろへでんぐり返しに転がるクラウディア。
それを待っていましたと、背後から掴み掛かる三人目。
そして宙高く投げ上げられ、放物線を辿って落下するクラウディア。
そこには、あの左目が剣を突き上げ待ち構えていた。
顔から落ちるクラウディア。
「しゅあっ」
と、気合いを込める左目。
ただ落下するだけのクラウディアに軌道を変える術などない。
ただ串刺しとなるのを待つだけだった。




