第34-1話〜すくわれる二柱〜
「マルセルをここへ!」
とは、今のセリナは言わない。
新生セリナは自らの足で、マルセルを探し求めた。
今の地位だけではない、これまでの軌跡もそこに加味されるべきだ?と言う事を学んだからだった。
マルセルは、その野心に飲まれてしまった。
それは、彼が弱いからだ。
と、今のセリナでもそう考えた。
しかし、それを無視して来た昨日までの自分とは違う。
ただ、それだけだった。
が、それこそが大きな成長なのだと?今のセリナには気づく余裕は、まだなかった。
マルセルの居室、議会室、応接……とあちこち、幾つもの部屋をその足で回った。
(いつもこんな事を部下にやらせていたのか?)
もう少し労わろう、そう改めて思ったセリナであった。
そして以前父が、
「俺があいつを狂わせたんだ。せめて、何とかあいつを……」
と、言っていたのを思い出した。
そこに、父の優しさだけを見ていたセリナ。
しかし、今は違う。
マルセルにも理由があったのだろう、そう思える彼女がそこに居た。
すると、
「閣下、シリウス殿の件はご存知ですか?」
と、カエサルがやや蒼白な顔をしていた。
「彼なら、その件で今探しているのだが?」
と、セリナが答える。
マルセルを“ヤツ”と呼ぶこともしない。
「いえ、閣下の妹君の件では無く」
と、切り出すカエサル。
何でも、マルセルが例の伯爵の馬車で、ここを出て行ったと言うのだ。
そして、門番には外出許諾証を見せたのだと言う。
「本当か!それはっ」
さすがに激昂するセリナ。
「はい、それには陛下の押印が確かに、と」
聞いたままをカエサルが。
あり得なかった。
今し方マルセルへの尋問を託されたのは、他ならぬこのセリナだったからである。
そのマルセルに許諾証などとは……
(なんて事を、これでは!?)
収束へ向けようとした努力が、皆の想いが、怒りより悲しみを感じるセリナだった。
(今まで彼に重圧を与えて来たせいなのか)
と、そう自分を責める彼女であった。
責め続けられれば、やがて逃げていく、人も獣も同じである。
そこに差別はない。
エリシアの元へ急ぐふたり。
「うーん。困ったな?これではもう余地はないのう」
例の如く、喉元を掻くアベラルド。
「このまま、野放しには出来ないけれど、まさか伯爵の馬車を襲う様な真似は……」
打つ手なしの一同。
どこか沈んだ様なセリナ。口数が少ない。
「セリナ?セリナ!?」
呼びかけるエリシア。
セリナは、目を開けたまま眠っているかのようだった。
今度は手を振ってみる、
(ダメかな?)
と、諦め掛けたエリシア。
は!?と、やっと気づいたセリナに、
「やーと、お目覚めかしら?」
と、拗ねた顔を拵えてみるエリシア。
「あ、あぁ、申し訳ございません」
素で慌てるセリナ、中身には乙女が隠れていた。
「何か心配事?気掛りがあるなら……」
遠慮無しに言えと伝えるエリシアは、表情は努めて穏やかに仕立てた。
少し躊躇うセリナはそれではと、
「こんな時……こんな状況に陥ったら父なら、いえ、カイル閣下ならどうなさったのか?と思いまして」
よほど思い込んでいるのだろう、言葉がすらすら出てこなかった。
「そう……で、何でそんな事を考えたのかしら?」
と、少し冷たい口調のエリシア。
「え!?あ、いえ」
何故問い詰められているのか理解出来ないセリナ。
しかしただ黙ってても話は進まない。
「カイル閣下と同じ様にしなければ?と……」
それは、切羽詰まった、期待の重責に押しつぶされた乙女の言葉だった。
それでも心を決めたエリシアはまだ冷たく、
「そんなのどうだっていいじゃない」
と、ヤル気の無さを全面に押し出す。
ただ、見守るアベラルド。
「どうでも、ですか?」
と、内心は面白く無いセリナ。
「そうよ、だってカイルはもう……」
急に目を鋭くするエリシアが続けた、
「あなたは何なのかしら」
と、少し声を荒げる様に言った。
「何なの……ですか?」
戸惑うセリナ。主旨が掴めない。
しかし、何か言わなければ?
と、
「私はカイル閣下の娘なので、このアークセ」
バンっ!
と、エリシアが机を叩き、それを遮った。
初めて見るエリシアのそんな姿に、唖然とするセリナ。
そこへ、
「あなたは、跡取りだとでも言いたいの」
と、さらに語気を強める。
(……違うのか?)
と、内心そう思うセリナ。
「後継者ではあるけど、跡取りでは決してないわっ、それを履き違えない様に、いいわね」
エリシアのその言葉に、目を丸くし、
(何が違うの?)
と、まだ困惑が続くセリナだった。
「ささ、今日はその位にされてはどうですかな?」
と、それを待っていたアベラルドが、やっと仲裁に入った。
それではと、部屋から退出する三人。
その回廊で、
「司祭様、私は何か間違った事をいったのでしょうか?」
と、まだ俯くセリナ。
黙ったまま、数歩を歩いたアベラルドが、
「カエサル殿、今日はもう遅い」
と、促す様に。
それに気づいたカエサルは、礼を述べ立ち去った。
「ちと池でも眺めますかの?」
と、アベラルド。
ここの回廊は声が響く、と池の辺に落ち着く二人。
青く大きな今夜の月——
「陛下の言葉……ですかな、腑に落ちないのは」
話を始めるアベラルド。
「いえ、腑に落ちないとかでは……」
セリナに言い争う気はない、ただ理解が。
「陛下は悲しかったんじゃよ。セリナ殿に想いを理解してもらえんのが」
と池の中に、光る岩を見つめるアベラルド。
黙ってその顔を見続けるセリナ。
飽くまでその岩を見据えるアベラルド、
「セリナよ、カイルの子であっても、お主はその代わりではないのじゃよ」
司祭でもない、セレスティアールでもないアベラルド=ヴェーンがそこに居た。




