第1-1話 〜月を赤に染めた日〜
——嫌気がさすほどの鬱屈とした夜
そこに流れる風はどんより重く湿り、宛ら門番のように人を追い払った。
信仰の残滓——
色鮮やかだったガラスの破片が、時の流れから隔絶されたように、辺り一面に散らばっていた。
荘厳な祈りも、煌びやかな威厳も……
今となってはただ見栄の残り香に過ぎなかった。
その見栄の破片は黒いブーツの踵に砕かれ、悲鳴とともに飛び散った。
それは、そこに残る祈りの声を、跡形もなく消し去っていった。
黒いブーツの男は何の皮だろうか?
やや褐色掛かった黒い外套を纏っていた。
風に外套が浮いた……
その捲れた裾の赤がこの闇夜に鮮やかな色として、微かな残像を残していた。
そして、これまた黒い髭がその顔を覆っていた。
——こんな夜に出歩かなければ
と、風貌に似合わず何かを憐れんでいた。
そのブーツの視界の先には、闇の中に蠢く獣が三つ、瓦礫の上で頭を突き合わせ這いつくばっていた。
「うぬぐぅく」
頭を小刻みに動かしながら貪っている影が、
「うはぁ!こんなんじゃ全然足りねぇ!」
と、何を飲み込んだのだろうか、少し息を切らせ気味に喚いた。
そこへ、
「おい、アークは今日も何も口にしていないんだぞ!」
とブーツの方に目をやりながら、アダンという青年がそれを抑えた。
息絶えて貪られているのは、この辺りに住んでいた者なのだろうか、それとも?
そしてアークと呼ばれるブーツの男は、先ほどそれを憐れんでいたようだった。
そこへ、少し離れた木陰から出て来たのはクレト。後ろに二名従えていた。
アークに駆け寄ると、
「今宵はこれまでに?」
と、まだ貪り続ける三人をよそ目に、窺うようなクレトの言葉。
「あぁ」
と短く答えるアーク。
(なんて嫌な風なんだ?クレトもそれを感じたのだろう)
と、風の運んで来た妙な違和感に、不吉な匂いがしてならなかった。
そして、
その予感を払拭するかのように、空を見上げた。
びゅゅっ!
——飛来する黒い影
「離れろ!」
アークのその強く短い声には、すでに“悼み”が込められているようだった。
そして三つの頭が、胴体と切り離されていった。
速い。
それはさっきの風音がまだ夜霧の一粒一粒の隙間を、すり抜けている合間の出来事だった。
真横一文字に振られた大きな剣。
それがその首の高さに合わせて、波打つように鈍い光を走らせた。
その一筋の光に三つの首が飛んだ、という訳だった。
翻す大剣が月明かりを跳ね返した時、三つの首からようやく血飛沫が上がった。
その頭の一つは崩れかけた壁を貫き、その瓦礫に飲まれていった。
また一つは上半身を失った信仰の、その象徴の足元に転がった。
その黒い影は刎ねたアダンの頭を掴むと、
「ほらよっ!」
と、クレトの方に投げつけた。
その頭を咄嗟に受け取ろうとした刹那、クレトたち三人も地に臥すこととなった。
大剣レイキスが瞬く間に、彼らの胴を斬り裂いたのだった。
彼らは死の間際に、せめて震えるくらいの時間を与えてもらえたのだろうか?
——大剣の殺戮者
湿気のリースに覆われた月、その淡い光に滲む青い顔。
(まさか!?)
と、浮かび出たその姿をまじまじと見つめた。
無造作に伸びた黒い髪、ゴツゴツしているが整った顔立ち。
そして、大きくて重そうな黒い外套に、やはりこれまた重そうな大きな剣。
僅かな灯りにそれらを認めたアーク。
そんなアークを睨み返す、黒い影の刺すような鋭い目。
動かない二人に、ジリジリとした時が雲を動かした。
その切れ間を抜けた月明かりに、その顔がはっきりと映し出されるのだった。




