噓と真実(仮)第一章 第一節 嘘と真実の果て
「人は曖昧だ。
嘘と真実を混ぜ、己をも欺き、やがて崩れゆく。」
「曖昧さこそ命の証。
混沌は芽吹きであり、滅びではない。」
「だから私は境界を与えた。
嘘しか語れぬ者と、真実しか語れぬ者。
揺らぎは断ち切られ、秩序は保たれる。」
「けれど秩序は枷でもある。
一度だけ——私は手を差しのべよう。
そのとき人が自由へ辿り着くなら、あなたの秩序は敗れる。」
「……ならば賭けよう。
真実こそ唯一の道、虚構は常に破れるのだ。」
声は霧の奥に溶け、ただ世界の律だけが残った。
この村では、生まれたときに判別機にかけられる。
光を放てば真実族、影を映せば嘘族。
その結果で、人の一生は決まる。
真実族は、嘘を語れない。
嘘族は、真実を語れない。
禁を破ろうとすれば、喉が焼け、声は二度と戻らない。
契約は絶対である。
紙に記され、二人の名が並んだとき、その言葉は命よりも重くなる。
破棄は許されず、署名した瞬間から、運命は拘束される。
そして——最も重い掟。
人を殺めてはならない。
誰もがそれを当然と信じていた。
だからこそ、ありえぬ出来事は村を震撼させた。
人が死んだ。
嘘と真実の均衡のなかで、禁忌が破られたのだ。
セラは、村の片隅で静かに暮らしていた。
判別機は彼を「真実族」と告げた。
村人にとっては、少し無口で距離を置きがちな青年——それだけの存在だった。
だがセラは知っている。
自分は嘘も、真実も語れてしまうことを。
誰にも明かせぬ秘密を抱え、ただ黙って生きてきた。
人と深く関わることを避け、観察者のように村を見つめてきた。
掟に縛られた人々の暮らし。
真実が人を傷つけ、嘘が人を救う、その矛盾。
セラは知っていた。
この均衡はいつか崩れる。
そして今、その時が訪れたのだ。