聖女召喚に巻き込まれましたが、結果ハッピーエンドです
泊田佳苗、独身、女性、三十六歳、日本在住、自由業、家族はマルチーズが一匹。
……以上、とプロフィールが一行で済んでしまうような、とりたてて特別感のない私。
それがなぜか、日課の愛犬の散歩中、突如現れた魔法陣に吸い込まれた。
ハッと気付けば、そこはお約束の地下室。
さっきまで『陽が落ちても暑いなあ、足の裏熱かったら抱っこするよ~』なんて愛犬キャンディに話しかけてたのに。
石の床は冷たすぎるし、空気もひんやりしている。
人の気配がして顔を上げると、目に映ったのはイケメン。
騎士っぽいムキムキッとしたのやら、キラキラしい神官ぽいのやら、顔色の悪い魔法使いっぽいのやら。さらにその後ろにも。
とにかくイケメンがいっぱいいた。
「聖女様、お待ちしておりました!」
「え、わたし?」
「いや、お前じゃなくて、そちらの可愛らしいモフっとした聖女様!」
「ん?」
顔面偏差値に反比例したクズな雰囲気に、愛犬をしっかり抱え直す。
「ああっ! 下賎の身で聖女様をそのように力を込めて扱うなど許されん!
さっさとこちらへ寄こせ!」
手を伸ばして来るムキムキイケメン。
だがしかし、愛犬キャンディはそいつに歯をむいて唸る。
「ウウ~ッ!」
「な、なんと、聖女様は私がお気に召さないのか?」
乙女か! と突っ込みたくなるような力ないポーズで、床にへたり込むムキムキイケメン。
「ほほう、やはり聖女様は筋肉になど価値を感じない高貴な方なのだろう。
ささ、聖女様、この神々しき神官たる私がお運びしましょう。
さあさあ、こちらへ!
これ、下賎の女、聖女様を渡さぬか!」
近寄って来るキラキラ神官。
だがしかし!
「ウウ~ッ!!」
「は? まさか、この私が、聖女様に嫌われる、だと!?」
はい、神官も沈んだ。
残るイケメン集団の最前線には、顔色の悪い魔法使いが一人。
「貴方も試しますか?」
と訊いてみたら、彼は首を横に振った。
「聖女様とそのご友人? でしょうか。
この度は召喚に応じて下さりありがとうございます。
とりあえず、状況を説明いたしますので、聞いていただけますか?
あ、私は召喚全般を担当いたしました魔法使いのルミールと申します」
魔法使いはいきなり低姿勢。
そういう態度なら私も聞いてやらなくもないし、キャンディも唸らない。
私たちは階段を上り、窓から爽やかな風の通る、明るい部屋に移動した。
「この度の召喚は、この世界の神よりのご神託でございまして。
先に神より遣わされた勇者様の番である聖女様を、人間の力で呼び寄せるようにとのことで。
もし万一、聖女様の召喚に失敗しますと、勇者様が魔王になり、この世界が滅びるという次第で」
「神の試練というより、神のやりたい放題?
勇者が魔王って、なんじゃそりゃ。
逆らえないんですか?」
「理不尽には思いますが、向こうは創造主。
こっちはただの創作物と言われてしまえば逆らえません。
何はともあれ、この世界の生き物ではないモフモフのオスが一匹、山奥の古代の神殿跡に現れまして。
ちょうど、そちらの聖女様とよく似た見た目の生き物ですね」
ということは、魔王候補の勇者はマルチーズ?
「こんな小さいモフモフ一匹、殺ってしまえば終わると考えたりは?」
「もちろん、考えました。
しかし、その瞬間、近くに雷が落ちまして」
「神様が脅かしに来た、と」
「そんな感じです」
厄介そうな神様である。しかし、全体に稚拙な感じもする。
「古代の神殿跡ということは、ここは古い国なのですか?」
「いえ、この国が起こってからの記録しか無いので、それ以前のことは何もわからないのです。
古代の神殿跡というのも、ご神託でそう言われた、というだけで」
なんか、怪しい。
まるで、いい加減に作られた異世界みたいだ。
疑惑はどんどん深まっていく。
はあ、と溜め息をつく魔法使いはお疲れだ。
「もしかして、番を呼び出す召喚って、貴方一人でやらされたんじゃないですか?」
「な、どうしてそれがおわかりに?」
「いや、あそこにいた他の奴等、手柄横取りする気満々で何の役にも立ってなさそうだったし」
「そうなんですよ!
召喚ぐらい、お前ひとりで出来るだろう、と。
そりゃ出来ますよ、出来ますけど……
この一年、神殿跡で勇者様の世話をしつつ、種族的特徴を観察し、それらを踏まえて召喚魔法陣を構築し、魔力を注いで聖女様を呼び出し……
不眠不休と言っても過言ではないくらい、働かされました!」
「そっか、それは、本当にご苦労様」
「うう~」
泣き出す魔法使い。
頭を撫でる私。
キャンディも彼のほっぺたをぺろりと舐める。
「あ、ありがとうございます。
聖女様とそのご友人!
お陰で生きる元気と勇気を頂けました。
この先は、あいつらには仕切らせません。
私たちだけで番の儀式を行ってしまいましょう!」
「うん、いいけど……」
急にやる気を出した魔法使いは、返事を聞くや否や部屋にあった絨毯に飛翔の魔法陣を描き、私たちも乗せて窓から飛び出した。
「わお! 空飛ぶ絨毯」
「今から神殿跡まで飛んで行きます」
「転移じゃないんだ」
「それも出来ますけど、貴女方は見たところ魔法のない世界からお越しのようなので、せっかくですから楽しい思い出を、と」
「思い出? もしかして、元の世界に帰れたりする?」
「帰れますよ。ちゃんとお返しします」
あれ? すると、勇者はどうなるのだろう。
キャンディだけ置いて行ったりしないし、わたしは帰りたいし。
と考えている間に、神殿跡がある山頂に着いた。
「キャンキャンキャンキャン」
と鳴きながら駆け寄ってくるマルチーズのオス。
だが、飛び付くかと思われた瞬間、キャンディが野太い声で吠える。
「ウオン!」
驚くオス犬。見合う二匹。
キャンディふんぞり返る。
オス犬、伏せる。
「よし、よくやったキャンディ。調伏成功!」
「いや、番成立でしょう?」
「似たようなもんでしょう」
「まあ、ともかく、この世界は救われました。私の役目はここまで。
後は知りません!」
晴れ晴れと吹っ切れたように笑うルミール。
ちょっと怖いよ、その笑い方。ほら、むせた。
「……失礼」
「落ち着きなよ」
「それでは貴女をお返しする魔法陣を……」
「それなんだけど、わたし、キャンディを置いて行く気は無いんだけど」
「なるほど。では、お二人とも帰られますか?」
「大丈夫なの?」
「ついでに勇者様も連れて行っていただければ、魔王の素は無くなるわけですし問題ないかと」
二匹の犬はじゃれ合っているので、確かにそれでもいいかな。
「ねえ、貴方も一緒に行かない?」
思いついて、そう言ってみると、ルミールは目をパチクリさせた。
「わたしのいた世界は魔法が無いから、無理かな?」
「魔法が無い世界は、どうやって成り立っているのか興味があります。
この世界に未練も無いので、行ってみましょうか」
「本当?」
「本当です」
そう言ったルミールは絨毯の上の魔法陣を書き変える。
あ、その絨毯、そのまま使うんだと可笑しくなった。
「さ、出来ました。
貴女は聖女様を抱えて下さい。私は勇者様を抱えましょう」
片手でオス犬を抱いたルミールが、空いた手をわたしに差し出す。
なぜか照れくさいが、わたしも手を出した。
「この手は離さないでくださいね」
「はい」
ルミールが魔力を流すと魔法陣は煌めき、わたしたちを吸い込んだ。
遠くで誰かが叫ぶ声がしたような気がするが、引き留めたいなら手遅れだ。
「……大丈夫ですか?」
耳元で呼びかけられて目が覚めた。
手を繋いでいたはずなのに、今はルミールに後ろから抱き留められていた。
「あ、ルミール? ここ……元の世界?」
日はとっぷりと暮れ、少し涼しくなっている。
スマホを見れば、散歩していた時間からほんの二時間しか経っていなかった。
場所も間違いなく、いつもの散歩コース。
「ああー、帰ってこれたんだ。ルミール、ありがとう」
「いえ、……お名前伺っても?」
「そうだ、名乗ってなかった。
わたしは佳苗。この子はキャンディ」
「よろしくお願いします、佳苗さん、キャンディ様」
「キャンディに様は要らないよ。そっちのオス犬にも名前つけないとね」
「そうですね」
「とりあえず、わたしの部屋に帰ろうか」
「しばらくお世話になります」
アパートまで来ると、運悪く大家さんが通りかかった。
「あらー、泊田さん、お友達?」
「こんばんは、大家さん。……こちら、わたしの犬友のルミ君です」
「あら、いい男!」
「初めまして。ルミールと言います。素敵な建物ですね、貴女が経営を?」
ものは言いようである。異世界から来た彼には素敵に映るのか?
犬同居可だけが取り柄の古い安アパートなのだ。
「ほほ、素敵な建物だなんて、お上手だわ」
「今から佳苗さんの部屋に犬と一緒にお邪魔しようと思うのですが、構いませんか?」
「まあ、ご丁寧に。
ええ、ええ、遠慮なくどうぞ。
うちのアパートはワンちゃん好きばかりですからね、大騒ぎしなければ大丈夫よ。
ごゆっくり」
ほほほほ、といつもと違ってマダムみたいになった大家さんが上品に遠ざかる。
「ルミール、マダムキラー?」
「そんなスキルは貰いませんでしたが」
「え? スキルって?」
「お部屋に行ってからゆっくり説明しますよ」
部屋に着き、昨日片づけたところで良かったとホッとしながら、冷蔵庫からアイスコーヒーととっておきのスフレフロマージュを出す。
初回の客に出すものではないが、ルミールは命の恩人。
出来る限りもてなさねば。
「あ、とても美味しいです。
こちらは食べ物の味が豊かなようですね」
「お口に合ってよかった。ところで、さっき言ってた説明とは?」
「はい。あっちからこっちに来る間に、こちらの世界の女神様と、あちらの世界の男神が戦いまして」
わたしはどうやらボーっとしてて気づかなかったらしい。
もしかすると、気絶してたかも。
「え? 神々の戦い!?」
ものすごく、ヤバそうじゃない?
「いや、舌戦でしたよ。
しかも、キャリアの長い女神様の圧勝で。すぐに勝負がつきました。
実に凄まじい言葉の攻撃でしたね」
「ほほう」
「男神は弾劾裁判に送られるとかで、すぐに消えてしまいましたが、残った女神様が説明をしてくださいまして」
それによれば、まだ歴史の浅い世界を司る若い男神は、他の世界にいるモフモフがうらやましく、女神様の世界からマルチーズを一匹拉致。
ついでに、それっぽく神託など下して、自分の世界の人間たちに番のマルチーズを召喚させたという。
ついでにわたしも巻き込まれたので、女神様の配下の生き物が都合三匹(?)誘拐されたのだ。
気付いた女神様が動くより早く、ルミールが解決してしまったのだが、わたしたちの帰還を男神が邪魔しようとして来た。
それを女神様が阻止し、ルミールに事と次第を説明し、ついでにスキルを授けて行ったということらしい。
「スキルって?」
「この世界の基本知識や常識を得ました。
それから、ここで生きるための身分も」
「それだけ?」
「十分ですよ」
ルミールはニヤリと笑う。
もうやだ、やっぱりイケメン!
「わたしも女神様に会いたかったな」
「そこは時間もなかったし、それに」
「それに?」
「佳苗さんは巻き込まれただけなので、無事に帰れればいいだろうと」
「じゃあ、もしかしてキャンディはなにかチートをもらってる?」
「クゥーン?」
「わからん」
「わかりませんね」
それからもっと何か食べたいねと、あり合わせで焼きそばを作り、ビールを開けて乾杯した。
冷凍餃子も出した。
ルミールは何を食べても美味しいと言う。
翌朝のこと、当然、行くあても無いので泊ったルミール。
一晩一緒に過ごしてしまったのでと求婚してきたのである。
「異世界に一緒に来るかと誘われたのですから、佳苗さんが先にプロポーズしてきたようなものですし」
と、不思議な理屈で押し通されるわたしもわたしだが、悪い気がしなかったんだからしょうがない。
というわけで、婚約したから同居しますと、あの小煩い大家さんに言ったらすんなり通った。
ルミールはもらってないというが、マダムキラースキルが絶対発動している。
ひょっとすると、元から持っていた可能性もある。
そして、彼は魔法のかわりにプログラミングをマスターし、すぐに稼ぐようになった。
転移特典が基本知識だけでも、彼の頭脳にかかればこうなるのか。
実に頼れる旦那様だ。
勇者様はベタだがクッキーと名付けられ、キャンディの尻に敷かれる毎日。
一年後には、わたしは自由業から専業主婦にジョブチェンジ。
アパート住まいから、犬二匹と伸び伸び暮らせる庭付き一戸建て(持ち家!)住まいに出世した。
広い庭(家庭菜園まで作った)ではランする犬たち。
縁側では、手慣れた感じでタブレットを手にする旦那様。
聖女召喚に巻き込まれたわたしは、こんなハッピーエンドを迎えたのである。