◯冒頭
暗がりの中で目が覚める。ここはどこだろう。ずいぶんと身体が重い。いまだに夢でも見ているのだろうか。自分の意識とは別に景色と思考が動いて行く、こう言う感覚は夢に近い。自分の思考なのに、コントロールできない感じ。視界が開ける。よくわからない実験室、知らない人の顔、でもその人たちのことは私はどうも知っているらしい。いや、知らないかも。
「身体を起こしてごらん」
誰が言ったがわからないが、ぼやっと聞こえた声に反応して身体を起こそうとする。自分の肌の感覚すらわからない、今は裸なのかそうでないのか。
すっごい遠いところに自分の感覚があって、身体をコントロールする情報が朧げだ。上体だけでは身体を起こせない。そもそもいま自分は仰向けなのだろうか。それすら怪しいこの感覚。ただ視界はぼんやり天井や部屋の景色をとらえているので、うつ伏せではないんだなとわかる。それぐらい無茶苦茶な感覚。右手はどこにある?そう思うってことは右利きでいいね、自分は右利きだったはず。右手、右手と自分の右手を探す。そんなことある?と自問することに違和感を抱く間もなかった。
「どう?起こせる?」
次の声がかけられる。夢にしてはずいぶんとリアルだ。夢なら次は破天荒な展開が訪れるはず、壁が崩れるとか、空を飛ぶとか。残念ながらそうじゃない。感覚や意識は相変わらず遠いところで地続きで、自分がいる場所は現実的な部屋、聞こえるのは現実的な声、違うのは自分の感覚だけ。そんな状況だ。
あった、あった。右手があった。なんと右手は自分のお腹の上にあったのだ。そんなに近くにあるなら言ってよね。ここにいるって。と冗談を思いつつ。身体を左に回して、右手をつく。手のひらの感触から安っぽい病院のベッドだなとわかる。
右手がここなら左手はここかなと、あたりをつける、確かにある。身体とベットに間に滑り込ませるように、右手の横に持っていき、両手を押し出すようにして起き上がる。バランスを取るために右足を引く、イメージは腰のあたりに、その次に左足も引く。力を込めて起き上がる、完成する形は四つん這い。
「ふう」
ひと息つく、聞こえる声も自分の声とはほど遠い気がする。夢でも自分の声って聞いたことあったけ?あ、そうだと思って視線を落とす、良かった服は着ている。いわゆる病院服だね。
「おはよう」
相変わらず誰が言ったかはわからないが、起き上がった自分に対して声がかかる。その声以外のザワザワはノイズかと思ったが、自分が起き上がったことに驚いている周りの人たちだった。
そのうちの一人が前に出てきて、改めて声をかける。その声は先ほどから声をかけてきた者と同じだった。
「おはよう。調子はどう?」
調子、と言われてもなぁ。と身体の感覚は全く自分の物とは思えないが、正直に言ってみる。
「私って、葛城エマで良いですよね?」




