○刑事部の人
そして、翌日の合同稽古。参加者は二十五名程度、二面程度の道場にはちょうど収まりの良い感じの人数だ。
エリとサヤカ、そしてシンは、仕事の都合で来れていない。結局ナツメとティオの二人だけでの参加となっている。ナツメの方は、真新しいコンバットスーツが他の者が着ているそれと比べて浮いている。しかし、彼女の所作が新人のそれではないので、ナツメが復帰したという事実をここで知らしめることは出来たようだ。
一方で、ティオは道場の隅で他の見学者と共にマネージャー業に勤しんでいる。清楚系KPOPアイドルが非地雷系隠キャ女子大生の振りしてるだけの役満スタイルで甲斐甲斐しくマネージャーなんかするもんだから、ナツメの顔を売るという目的の一部は薄れているかもしれない。
稽古自体は難しいことをするわけではない。準備体操から体力トレーニング、基礎練習、組み手、試合形式と、オーソドックスな流れで進行する。組み手以降は、男女に分かれて行われる。
そこでナツメは見慣れない女性とペアになった。凛とした女性。髪はシルバーのストレートで腰まである、瞳は黒、背は高く自分より頭一つ弱高くメリハリの効いたスタイル。
どいつもこいつも高身長でメリハリ効かせちゃって。と、内なる小さな嫉妬にそのままに、組み手開始前に、初対面同士のルールである、所属と名前を名乗る。
「監査係、空蝉ナツメ、芸名じゃないんです、本名です」
少しキョトンとされる。知ってる大体そういうリアクションになるの。
本名なんです。と繰り返して、相手は、あぁ!っとなり自分の番だと思い出す。
「刑事部、優木ハルカ。よろしくお願いします」
ハルカが言い切るか否かくらいで号令がかかり、組み手が始まる。ハルカはカウンター主体で、こちら動きを見ようてしてくる。ただなんというか目線が合わない。ナツメはそこに違和感を感じる。練習中に他の組み手のペアとぶつからないために周りを見るという習慣や気遣いはあるが、ハルカの目線はそれではなく、その視線に先は別コート。男性側の組み手だろう。意中の彼でもいるにだろうか、それともティオでも見ているのか。振り返って確認するわけにもいかず。
面白くないわね。ナツメは相手の真剣身のなさに対して少し不機嫌になる。
こうなったら、と思い、わざと大きく距離を取る。ただし、下がる前に、少し前に出て相手の間合いの中で伸び上がり、目を合わせ睨みつける。
殴れるものなら殴ってみろ。と。
一方のハルカは、おそらくだが睨まれたという事実だけ認識し、馬鹿にするなと返す瞳に力が宿る。こちらの後退に対し大きな踏み込みで追いかけてくる。
ナツメは掛かった。と思った。前に出していた左足を大きく引き、さらに右足は伸ばしたまま、引いた左足を折り曲げてしゃがむ。いわゆる屈伸の体勢。
伸ばした右足の膝あたりにハルカの左足が着地する。着地と同時に、右手でハルカの左足に踵を包み込み、引っ張って軸をずらす。軸をずらぜばあとは、ハルカの足を掴んだまま、左足を伸ばして立ち上がる、ハルカは足を取られ、転倒するだけだ。ハルカの頭が自分の腰の高さまで落ちて来た時に初めて足を解放する。道場のど真ん中で、ハルカが倒れる。バタンと畳を叩く大きな音がする。仰向けのハルカの顔面にナツメの寸止めの突き。制圧と区切りをつける一撃を形作る。一拍の間の後、手を出して引き起こす。ハルカの目線の先の人物をそれとなく探す。
稽古中なので、人が倒れた音やその程度で周りは反応しないが、一人だけ目を向けるた者がいた。相手がいるのにこちらを振り返る一人の男性。
細身の体、黒髪で切長。美形を思わせる綺麗なまつ毛、少女漫画にいそうな感じ。と単純な感想を持った。彼も見たことがない、おそらく自分がいない時に来た人なんだろうな、後で誰かに教えてもらおう。そう思いつつ、ハルカを引き起こしたところで、やめ、の号令が響き、相手が変わる。
稽古中の技術指導以外の私語は慎まれるべきであり、ハルカや、その彼とは会話をすることなく、稽古は終了した。今回の稽古でハルカの他にも何人か相手をしたが、ナツメは、自分がそれなりに動けたという手応えを得た。
「ナツメさんの動作、全部記憶してますよ!バッチリです!」
稽古が終わるや否や、ティオが鼻息荒く話かけて来た。
せっかくだから、どうやるのか再現してみてよ、と吹っかけてみる。
案の定グダグダな動きしか出来ないティオを笑いつつ、ふと自分の視界の端にはハルカとその彼を捉えたので、特に仕事を与えられていない特権を利用することを思いつく。
二人に話しかけるタイミングを探るため、ティオに対して、声をかける。
「せっかくだから、教えようか?」
パッと明るい表情をするティオを連れ立って、道場に端の方に行き、ざっくりと技などの解説をする。それに気づいた別の部署の何人かも参加し始め、いわゆる補講のような状態になってしばらく過ごした。
そしてある程度の時間が経ったが、ハルカとその彼二人の空気感が少し重いように思えて、話しかける気分にはなれなかった。
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道場に人の気配がなくなって、残ったのは僕たちだけだ。本題でもなんでもないんだが、この子にお仕置きをしないといけないようだ。
「あんな無様に転んじゃって」
左手で彼女の頬に触れる、ビクッと震える銀髪の女性。目線が泳ぐ。
「悪い癖だよ」
右足で足払い、引っ掛けて転ばせるというよりただ振り抜く。バタンと倒れる。彼女が起き上がろうと上体を起こしたところでビンタする。
回転して距離を取り立ち上がる彼女、構えは小さく受けて立つ体裁は取っている。
「健気なところは嫌いじゃないね」
彼女の頬が紅潮するのがわかる。これは同意の上のただの稽古。
「可愛がってあげようか」
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「あーーーー、そいつかぁ」
部屋に戻り、シンに二人のことを話したらこの返事だ。関西弁美少女おじさんは自席から立ち上がりナツメに確認する。
「確認するで、出来る系ほっそり男子みたいやった?」
「うん、まぁ、たぶん」
「ドSそうやった?」
「たぶん?」
「黒髪?」
「うん」
「切長?」
「うん」
「まつ毛バッサー?」
「うん、すごい綺麗」
「少女漫画に出てくる、カッコ良すぎて男から見ると薄寒くて、サブヒロインがベタ惚れしてるけど、べつにサブヒロインのことは道具としてしか見ていない系?」
「少女漫画だけは同意しますけど、後半はそれはなんですか?」
「顔がいいから女にはウケるけど男にはウケない?」
「それは係長の主観だからよくわからない」
ひと通りやりとりを終えて、美少女おじさんはビシっとティオの方を指差して言う。
「はい!ティオちゃん、この特徴からわかる男子は誰ですか!?」
どうした、今日はずいぶんと調子が良い。ティオは特段動じることなく、自席に座り、パラパラと署内の座席表をめくっている、多分私に見せてくれるつもりだろう。ティオの手が止まり、顔をあげる。
「シンさんからの情報入力の方法が感情寄りなので、基本的に分かりずらいんですよね」
と、ため息混じりに席を立ち座席表を持ってくる。ご丁寧に丸までつけてある。線がいびつなのが少し愛らしい。
「刑事部の相沢さん」
丸のついた座席にある名前を読み上げる。
「そうです、相沢ナルセさんです。ナツメさんとナルセさんで分かりづらいので、基本的に相沢さんと呼びます」
まぁそうか、なんかエリも含めてこのチームは名前で呼ぶが、普通は苗字だよね。エリは葛城、サヤカさんは豊田。そしてこの二人は四条。そこまでぼんやり他ごとを考えてまたふと変なことを思い出す。
あ、最初の電話って苗字のところ切れてたんじゃないか。まぁ良いかたぶん。
「呼びます。ってことはしばらくなんか付き合いあるの?」
言葉にしてから気がついた、点と点が結ばれていく。シンの方をみる、ずいぶんとニタニタしている。機嫌が良いのはそれが理由かな。目が合って少しの間があき、シンが言う。
「せやで、監査対象や」
うん、そうですか。




