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16/27

○復帰初日

 そこからの2週間は平穏無事に過ぎていった。人が抜けるわけでもないから引継ぎをする必要もない、新しい任務が課されるわけでもないから仕事は増えない。

 定例の仕事の波はあるが、この2週間で新しい事をする気にもならない。ついにこの日が来た。字面だけだと大分大仰で、期待と不安入り混じる、さながら新学期を迎えた生徒のような感じだが、シンの感情としては、少し変わった日常を迎えるんだという程度に過ぎない。

 一方、誰かを迎え入れるということが、初めての元プログラムは忙しない。それこそ本当に期待と不安入り混じる、さながら新学期を迎えた生徒のような感じであった。部屋の掃除や、備品の配置、初めて会うナツメについて、挨拶から始まり、座席までの誘導、監察官の仕事のレクチャーなど、色々シュミレートしている。

 ティオさん、ナツメさんは君より先輩だよ。大体は心得てるから心配ないよ。そう思いつつ、パタパタとお屋敷に久しぶりに主人が帰ってくるからと言って焦るメイドのように動き回るティオを自席で眺めるシンであった。ナツメを迎えるという点で、迎えるに重点を置きすぎたこのポンコツをどうすべきか。特に何もしないという選択をし、すでにマグカップ半分ほどになった珈琲を飲む。ティオがセリフの練習をしている。

 「この人は、シンさんです、肩書きは係長になります。今の姿は女性ですが、中身は男性です。瞬きしたら急におじさんになってる場合もありますが、気にしないでください。」

 ずいぶんな紹介だなぁ、と思うが確かにそれ以外に言い方がないな。確かに電話口では男性だったし。

 あぁ!っと大きな声を出すティオ、今度はなんや?

 「大変です!ナツメさんのマグカップがありません!買ってこないと、購買にあったでしょうか、それとお茶請けもないです!」

 ええって、そういうのは私物を持ってくるから。お客様じゃないんだから、もはや“迎える”しか脳内に残ってなくない?

 あぁ、もういらっしゃる時間ですぅ、と狼狽しているポンコツを眺め、確かに時間だと気付く。最初は人事に居るらしいから、迎えに来いとのことだ。新卒じゃないのにねぇ、ずいぶんなこった。

 「ほな、迎えに行って来るわ。大丈夫。」

 その一言だけ言って部屋を出る。

 おっと、部屋の真ん前に人がいた。背は低く、自分の顎の下くらい。黒髪ロングのストレートヘアだと言うのはわかるがそれ以外は近過ぎてわからない。おそらくナツメだろう。

 あ、失礼しました。と彼女はいい、こちらも一言言ってお互が一歩下がる。

 黒髪ロングストレート、前髪は眉毛にかかるところで切り揃えある。特徴的な赤い瞳が目に入る、復帰初日という事で自分と同じ、制服である詰襟を着ている。

 ずいぶん華奢、という言葉が浮かぶ。しかし弱々しくはない、復帰に向けて何かしらは重ねてきた、大仰に言うと覇気のようなものを感じる。

 向こうも自分の出たちを観察しているのだろう、一瞬の間が開く。

 「あんたがナツメさんか?よろしくな。」

 シンはそう言って右手を差し出す。ナツメは手を握り返さず、よろしくお願いしますと、一礼する。

 あー!と後ろから大きな声がする。どうやらティオも気づいたらしい。

 「私!ティオって言います!よろしくお願いします!」

 慌てたまま歩いて用意したセリフを言ってしまうティオ。少しだけ気圧されるナツメ。歩きながら自己紹介はしないのよ、順番ってのがあるんだよ。とシンは思った。

 こちらの想いとは裏腹に、ティオは用意したセリフを吐く。

 「この人は、シンさんです、肩書きは係長になります。今の姿は女性ですが、中身は男性です。瞬きしたら急におじさんになってる場合もありますが、気にしないでください。」

 ずいぶんな紹介だな、ほんと。あのね、順番ってのがあるんだよ。


 ---


 言い切ったことに満足しているティオを見て、ナツメが自身の自己紹介をする。自身はエマやエリより年上だという事、復帰の目的はエマ捜索だけど、未だに一部の記憶が戻らない事などを教えてくれた。

 立ったままする話でもないだろうと、促してそれぞれの自席に座る。

 お茶、淹れましょうね、ティオが忙しなく動く。お気遣い無く、というナツメのセリフは聞こえないふり、なんだろうか。意にも介さず、珈琲で良いかを確認して淹れ始める。

 珈琲が各自のマグカップに注がれ、尋常ならざる砂糖を自身のマグカップに注ぐティオ、ミルクを入れるナツメ。ブラックで飲むシン。

 一息つく。最初に言葉を発したのはナツメだった。自分の現状が少し湿っぽいと自覚しているようで少し声色を明るめに話す。

 「ティオさんは元プログラムと聞きましたが、どう言うことなんですか?」

 まぁそうなるよね、制服も着てない、非地雷系可愛い目隠キャ女子大生風の格好をした女の子が監察官だ、と言われて、しかもそいつはアンドロイドらしいという。普通ならなんの納得感も無いから確認したくなるよねぇ。

 まぁ実はアンドロイドとはいうものの、ほぼ人間のような出来である。しかし驚くなかれ、この世界でもアンドロイド自体開発はされているが、実用化されて無いんだから。

 じゃあこれは何?と言われると困る。たまたま新型の書類整理プログラムが出来たというから、開発部の連中と一緒に使ってたら、近くに雷が落ちてパソコンが爆発して、気がついたらこいつが立ってた。そんで自分もなぜか女性になっていた。本当にそれくらいの話。 

 幸い開発部という証人がいたのでさしたる混乱も無く?現在に至る。それでいいのかね?

 「開発期間を入れたら5歳くらいです。設定上は大学生らしいです。」

 「はぁ、では、触って見ていいですか?」

 良いですよと返事してますがね、エリもそうだけど、なんでティオ初対面だと、みんなこう、ベタベタベタベタと触るのかしらね。あ、けっこう大胆に行くのね。

 「はぁ、すごいですね、感触が人ですね。」

 「はい。よく出来てると言われます。」

 触れられるのがまんざらでも無いのか、満足げな顔をして答えるティオ。とりあえずアンドロイドということにしてるが、たぶんこれ人間なんだよね、知らんけど。

 「初対面で言うのもなんだけど、プログラム、機械というより、人みたいですね。」

 さすが、よくわかってらっしゃる。照れてるんじゃないよ、ポンコツ。


 ---


 まんざらでもない顔をしてのぼせているティオが、あの、と言い、何かを質問しようとする。しかしナツメはティオの頬をツンツンするのをやめない。神妙な顔でツンツンしている。

 「ナツメさんの前の部署って記録上は人事で研修となってましたが、本当ですか?」

 ナツメの手が止まる。

 「知ってる情報だけですと、エマさんは研修中の事故となります、そんなことっておかしいんじゃないですか?」

 役立つプログラム(自称)は、とりあえずナツメの困りごと、“エマ捜索”についてをメモリに刻み、おせっかいを焼こうとしているようだ。

 ナツメは少しだけ、目を見開き、こちらに目配せする。

 (どこまで話してるのですか?何を話して良いのですか?)

 と、目で訴えかけている。

 (この子は何も知らん)

 大きな声で言える話ではないが、要はその研修は公安への出向なのだ。公安へいる事自体や公安で何をする、何をしていた、というのは基本的に口外できない。監察官であってもある程度の承認プロセスを踏んでからしか、詳細には当たれない。

 エリと喧嘩になった時はちゃんと上の許可とったんやけどなぁ。ふとちょっと前のことを思い出してしまった。今は関係ないはずだが。

 「あ、あの。」

 見つめ合う二人に挟まれ隠キャポンコツはワタワタし出す。

 「むぐう」

 両サイドから頬を指で強めに押し込まれる。

 「ティオ、まぁ、まずお勉強からや。ええな。」

 「言えない事ってのはあるんです。」

 「へもだっえ、ほしえへもはひゃなひと」

 またずいぶんと器用に喋るんやな。

 「また、後で良いでしょ。」

 ナツメは指を離す。

 「それより、もっと教えてよ、ティオのこと、ここの事」

 ティオの顔はパッと明るくなる。メモリでも更新されたのかな?

 「ではでは、それはこちらで、説明しますね〜」

 いそいそとデスクとは別に用意されたソファと机へと促す、各自のマグカップを配膳し、資料をホログラムに投影する。

 「ではでは、改めまして、監察官のお仕事はですね〜」

 このポンコツプログラムは大学での講義を始めたのか、と言うくらいに事細かに、ものすごい情報量の資料について説明をしていく。

 

ーーー


 さすがの理解力だわ、シンは感嘆する。監察官の規則上の建て付けから、仕事の内容、個別案件それぞれ理解し、ポンコツプログラムに現場出身の温度感のある質問をする。

 「監査のために準備する、時間を取るとなると、本末転倒じゃないですか。捜査の時間を取られる感覚は、現場しては非常に厄介ですし共感できますから、規則だから正論だからでは落とせないですよね。」

 「ぐぬぬ」

 「みんな頭ではわかってはいますけどね。」

 そういってマグカップの珈琲を啜る。そして一息つく。

 「逆の立場になると大変ですね、これは。」

 小さくハッとして目をあげて、シン、ティオの順に目を向けて、また資料に目を戻す。

 見た目性別不安定、正論吐き関西弁美少女おじさんと非地雷系可愛い目隠キャ女子大生元プログラムのコンビに、怪我開け若干記憶喪失の自分。

 ふっと息が漏れる。笑いか諦めか。シンがその真意を確認する前に、居室の扉が開く。

 入ってきたのは、サヤカだった。

 「失礼します。ご挨拶に参りました。」

 サヤカの挨拶を受け、あーっと声をあげて、サヤカを迎えるナツメ。ポンコツプログラムの講義が思いの外長く、時間はすでに定時を回っていた。

 「別に後から行くつもりだったのに、来させてごめんね。」

 サヤカとは距離感の近い挨拶を済ませ、サヤカの奥に控える、まるで恥ずかしがって部屋に入って来ない子どものように立っているエリに歩み寄る。

 エリの手を取り、エリの方が背が高いので少し見上げる。

 「あなたには、なんて言葉をかけて良いかわけらないけど、戻ってきたわ、これからよろしくね」

 湿っぽくならないように、自分の声を震わせないように言った。

 

 どうだろうか。

 

 「はい。よろしくお願いします。」

 エリは、嬉しさとも悲しさともつかない声で応える。

 ちょっとした間が開き、ティオが我慢出来ずに言う。

 「こ、珈琲どうですか?まだお茶請けもありますし。」

 相槌を打つサヤカ。空いている方の手をとりエリを促す。

 「折角だしね、エリさん、貰っていきましょう。」

 黙って頷いて、部屋に入るエリ。全員分の珈琲を改めて淹れたりパタパタと動くティオ。この子はいつからレストランのホール係になったのだろうか。シンはそれを眺めつつエリに言う。

 「知ってる人が復帰したんだ、良い事じゃないか?」

 エリはうん。と答えるだけだった。最近の傾向からなんとなくエリの様子がわかったシンはサヤカに目配せする。

 (コイツ緊張してるんか?)

 シンの目配せにサヤカは少し顔をしかめる。 

 (たぶん、嬉しいんじゃないかなぁ)

 どうやら違うらしい。感情表現下手くそ乙女か。


 ナツメもわかっているのか、隣に座ってエリの手を握っている。

 「久しぶりだもんね」

 「うん」

 「元気にしてた?」

 「うん」

 「大変だった?」

 「ナツメさんほどは大変じゃなかった。」

 「そう。今は忙しい?」

 「ううん。大きな話はないです。」

 

 そう。といってナツメはもう片方の手を取り、エリに正対する。

 

 「これから二人でエマを探そう。」

 

 一拍。エリの目から涙が落ちる。


 「寂しかった?」

 「うん」

 「ごめんね、待たせちゃった」

 「ううん。」

 「悲しい?」

 「わかんない。でも、ちょっと嬉しい」

 「そう、よかった」


 ナツメは優しくエリを抱く。声を上げる訳でもなく、ナツメの腕に中でエリは静かに泣いた。サヤカとティオもつられて泣いている。


---


 その日はそのままお開きとなり、それぞれが家路につく。

 「無事に迎えることが出来てよかったです。」

 隣を歩くティオが言う。まぁそうだなと答える。ナツメもすぐに素を出したきたということはそう言うことなんだろう。

 「エリさんも嬉しそうでなによりでした。」

 うーん、泣くほど嬉しかったか、肩の荷が降りた安堵なのか。先月の黒龍会の件以来何も進展も手掛かりもない状況からは、ナツメというキーパーソンが復帰したことは悪くない話ではあるが…

 「シンさん、どうしました?」

 あぁ、考えごとをしすぎていたな、ティオが覗き込んで聞いていくる。

 「エリの涙の理由や、ちょっと考えてた」

 あ、何言ってんだコイツみたいな顔しやがって、わかんない事があるとすぐ接続切りやがって、このポンコツが。

 「涙には理由は要らないって言う話もありますよ」

 お、おう。それ、君が言うか?ずいぶん人間味あるね。ポンコツの癖に。

 自分の端末に通知が来た、いそいそと端末を取り出し確認する。どうしたんですか?とティオが聞いてくる。

 「言ったやろ、ナツメの過去を洗うには許可がいるねん、それでな」

 シンの言葉が途中で詰まる。ティオは黙って見守る。

 「最ぃ悪や、やっぱヒトゴトやな、コイツらほんま。」

 通知には不許可、復帰直後の職員に負荷となる行為は望ましくないという理由だった。

 「解決する事が一番の負荷軽減やのになぁ、ほんま、もう、杓子定規で、ほんまに。」

 端末にあたる訳にもいかず、上を見上げて大きなため息を吐くシンであった。

 ティオは黙って見てるだけだった。あんた空気読めるようになったのね。

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