○はじめての潜入任務(実践編)
ピアスに仕込んだ骨伝導イヤホンを頼りに、夜の繁華街を進む。
剥き出しの敵意、値踏みする様な目線、アルコールに溺れた現実逃避と上機嫌。
カオスだ、そう感じながら歩く。
チャラチャラヘラヘラは意外にも縄張りが大きかったらしく、すでに何人かの他の売人にその縄張りが荒らされていた様だった。
ただ、彼が持っていた特注を卸すやつはいない様だ。アイツの代わりか、そうじゃないか、アレはあるのか。と。彼の常連とも言える人間が話しかけて来た。ただこいつは本命ではない。
「すまないが、卸す相手は決まっている」
相手が、静かに苛立つのがわかる、すかさず。
「ちゃんと取っておく、初対面同士の挨拶だ、サービスするから」
別のことも想像したのか、上機嫌で去っていく。
「おい、アイツはどうした?」
影から声がする。振り返ったティオは驚愕する。
神がいるなら、感謝すべきかそうでないのか、迷うレベルだ。
そこにはサングラスをした写真の女がいた。
間が悪い、ピアスからの音声も聞こえない。完全に失念していた、エマの音声データを持ち合わせていない、声質はエリに近い様な気がするが、だからといって断定できない。
「そうだ、アイツがヘマをしたからな、詫びも兼ねて」
絞り出していう。声は震えてないか?意図は伝わったか?バレてないか?
「そう、なら良いわ、ずいぶんと気前がいいのね。」
見せてもらうわ、と、薬を確認する。女の一挙手一投足が気になる。
「ずいぶんと大胆なのね、初対面同士だって言うのに」
女の手が止まる、サングラス越しに瞳は見えない、まだ断定できない。
女がサングラスに手をかける。
頼むそのまま取ってくれ。
サングラスを取る、青い瞳、近い、近いが明らかに網膜のパターンは、…違う。別人だ。
「あら、貴方ずいぶん可愛いじゃない、貴方も味見していいかしら?」
焦るな、目標は達せられた。
ただ次の疑問が浮かぶ、なぜこの女はエマの格好を?
女の手が伸びる、怖がるな、引いたら負けだ、震えるな。
相手の右手が首筋に触れる、左手は自分の右腕を触れる、擦り上がって肩までくる。
感情を殺せ、凝視しろ、こいつは何者か。
自分は知る必要があるはずだ。
顔が寄る、美しい顔だとは思うが、内面から溢れるものは歪なものだ。
思考がオーバーフローする、理解ができない、自分の取るべき選択肢が浮かばない。
震えるな、虚勢を張れ、それっぽく振る舞え。
でも、どうやって?
頬が触れる、耳に息がかかる。
嫌悪するな、表に出すな、これはチャンスだ。
文字情報だけで自分が体感したことのない…何か、これが、恐怖か、嫌悪か、緊張か。
わからない。わからない。わからない。
「あら、案外ウブなのね、可愛いわ」
耳元で囁かれる、気持ち悪い。
どうすれば終わる?考える。わからない。
何をすればいい?わからない。
どれだけの時間が経っただろう、全身から汗が吹き出している。息は上がってしまったようだ。
「久しぶりにこんな新鮮な娘だったわ、ここじゃあつまらないわ、場所を変えましょう。」
吐息が顔にかかる。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
逃げ出したいがここで逃げれる確証もない。
「でも、その前に」
女はティオの耳に噛みついた。痛覚が駆け巡り叫ぶティオ。
耳の一部がぶちぶちと音を立てて行く。
女は血に塗れたピアスを吐き出す。
「く、あっ、あ、あ…!」
「ダメよぉ、こんな小細工」
耳を抑え、崩れ落ちるティオ、女は邪悪な笑みを浮かべティオを見下ろす。
女の陰から複数人の男が出てくる、最近見た黒龍会の黒服だ。
手を後ろ手に縛られて出血している耳は雑に止血される。
女は踵を返して歩く、続く男たちに促されて歩くティオ。
痛みはまだあるが、気持ち悪い「味見」が終わったこと安堵感があることに違和感を覚える暇はなかった。




