6:朝は3時に起きる
こうして、俺の修行は本格的に始まった。
朝は――3時起き。
今までの5時起きでは足りぬ。
まずは、ロシア語の勉強。
筆記体の練習、単語の暗記、例文の復習。
この半年で、ある程度の基礎はできた。
だが――
ナスターシャ・フィリポヴナを救うには、まだまだ足りない。
そして、基礎体力のトレーニング。
スクワット。腕立て伏せ。腹筋。
最初は、たった数回やるだけで息が切れた。
だが、これも耐えねばならぬ。
ロゴージンを倒すために。
ナスターシャ・フィリポヴナを救うために。
会社に行き、昼休みはロシア語。
定時になった瞬間、即・退社。
スーツのまま道場へ向かう。
そして毎日、道場で鍛錬を積む。
……とは言え、最初は――
**小学生にも投げられるだけ**だった。
「おじさん、弱っ!」
「本気でやっていいの?」
投げられる俺。
畳に叩きつけられる俺。
転がる俺。
だが、俺は――本気だった。
「もう一度お願いします!!」
真剣な目で、小学生たちに頭を下げる。
最初は笑っていた彼らも、
次第に俺の気迫に押されて、ちゃんと受けてくれるようになった。
受け身を覚え、
投げられることに慣れ、
少しずつ、技を学ぶ。
体が痛い。
疲れが取れない。
階段が敵。
風呂が天国。
だが、やめるわけにはいかない。
道場から帰宅後――
すぐに、ロシア語の勉強に戻る。
筆記体をなぞり、
単語帳を開き、
例文をぶつぶつ唱える。
しかし、疲労が限界に達し、
机に座ったまま、意識が遠のきそうになる。
(……駄目だ……俺は、まだやらねばならぬ……!)
俺は、窓を開けた。
冷たい夜風が顔を打つ。
ペテルブルクの夜ではない。
江戸川橋の夜だ。
でも、俺の心は、あの石畳の街にいる。
俺は、星空を見上げ、大きく息を吸い込む。
そして――
ナスターシャ・フィリポヴナの名を叫んだ。
「ナスターシャ・フィリポヴナァァァ!!!」
俺の声が、夜の街に響く。
答える者はいない。
でも、それでいい。
この叫びは祈りだ。
この祈りは、誓いだ。
俺は――
ナスターシャ・フィリポヴナを、
必ず救う。
たとえ何年かかろうとも。
たとえ誰にも信じられなくても。
俺は信じている。
彼女の名を呼ぶことで、
俺の心は、また立ち上がるのだから。