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2:まずは行動しなければならぬ

正月休みの最終日。


俺は、江戸川橋の六畳アパートでじっと考えていた。


(二十年もここに住んでる……)


(まずは行動しなければならぬ……)


ナスターシャ・フィリポヴナを救うには、まず――

彼女と話ができなければならない。


そう、ロシア語だ。


……しかし、俺は英語すらまともにできない男である。


ロシア語に至っては、知っている単語は

「イクラ」と「ピロシキ」くらいしかない。


だが、それでも動き出さねばならぬ。


俺は立ち上がり、コートを羽織り、

アパートの鍵をポケットに突っ込む。


東西線に飛び乗り、向かうは――

東京駅、丸善丸の内本店。


この世に知の集積があるとすれば、まずはここだろう。


店に入ると、まっすぐ語学書の棚へ。


そこには、英語の本が山のように並んでいた。


(英語……多すぎるだろ……)


TOEIC、英会話、ビジネス英語――

圧倒的な物量で棚を埋め尽くしている。


その片隅。

ロシア語コーナー。


申し訳程度に、数冊が並んでいる。


俺はその中から何冊かを手に取り、ペラペラとめくった。


(わからぬ……)


初心者向けの本には、親切にカタカナやひらがなでルビが振ってある。


だが、それでもさっぱりわからない。


キリル文字の羅列を眺めていると、目がチカチカしてくる。


なんだこれは?

文字なのか? 暗号か?


(しかし、ここで挫けるわけにはいかない……)


俺は数ある入門書の中から、


Jリサーチ出版の『ゼロからスタートロシア語』


を手に取った。


「ゼロからスタート」――

まさに俺にふさわしいタイトルではないか。


ゼロからスタートと書いてあるのだから、

きっとゼロからスタートできるのだろう。


レジへ向かい、千円札を二枚出して購入。


ナスターシャ・フィリポヴナを救う道の第一歩。


俺は丸善を出ると、その場で本を開いた。


「А, Б, В, Г, Д……」


(……なんだこれは)


まるで宇宙からの通信文みたいだ。


俺の戦いは、まだ始まったばかりだった。


ページをめくってみたが――


理解できない。


いや、**日本語が**理解できない。


第一変化動詞、第二変化動詞、主格、属格、奪格――


なんだこれは?

これは本当にロシア語の入門書なのか?

いや、中国語の本を間違えて買ったのか?


そもそも、分からない用語を検索しようとしても、

スマホもPCも一発で変換しない。


「奪格」????

「複数対格」?????


「助詞」や「現在完了形」ならまだしも、

「奪格」なんて単語を俺の辞書は登録していない。

Googleでさえ、少し戸惑っていた。


ページをめくるたびに、謎の概念が襲いかかる。


「ロシア語の形容詞は、修飾する名詞の性・数に合わせて形が変わります」


なるほど。


「さらに変化によって、硬変化形容詞と軟変化形容詞に分かれます」


?????


「形容詞の基本的な語尾は、この3パターンしかありません」


?????


「ところで、硬変化と軟変化が混ざったように見えるものもあります」


――いや、3パターンじゃねえ!!!!


なんだこの本!?

何がどうなって、こうなるんだ!?


偏差値70の人間なら、ゼロから一発で理解するのだろう。


おそらく東大生や京大生は、このページを一読して

「ふむ、なるほど」などと言うのかもしれない。


だが――


俺には無理だ。


……いや、違う。


無理じゃない。


俺には「解法」などない。


「体系的理解」もない。


だが、俺には暗記がある。


単語カードを作り、ひたすら書き取り、何度でも復唱する。


文法なんて理解できなくても、暗記すれば使える。

――多分。


どれだけインターネットやAIが発達しようとも、

暗記に勝るものは無い。


俺自身がインターネットだ。


「……やるしかねえ」


俺は本を閉じ、

ロシア語学習の第一歩を踏み出した。


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