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王女セレスティナによる幸福の収奪について

作者: 重田いの


私セレスティナとダミアン殿下の婚約が成立したのは私が六歳、殿下が八歳のときでした。

私はドラグスフォーク、ドラゴンを使役する民の国の第十三王女。

殿下はノルヴァンディール、北方に広がる大帝国の第二十皇子。


父であるドラグスフォーク国王がたわむれに手を付けた踊り子が私の母だったといいますが、父母ともに顔も知らないため真偽は分かりません。

殿下の方もお立場は似たり寄ったりで、下級の侍女だった母君のお手元で育つことができたのは六歳まで。以降は引き離されておしまいに。母君は王家が用意した平民と再婚なさったそうです。

生きているかもわからない私の母よりは、多少マシだと言えるでしょうか。


母親とその実家の後ろ盾のない王族の庶子、というのは、つまりお人形さんです。

私たちはともに母親から引き離され、ノルヴァンディールの大理石づくりの離宮で、使用人の手によって育てられました。

ダミアン殿下は成人すれば西方よりの一領地をいただける取り決めでした。私たちはそれを機に結婚し、適当な爵位と家名を守り伝えていく。そういう約束でした。

約束を守る限り、王の血を引く私たちは敬ってもらえるでしょう。愛するふりをしてもらえるでしょう。お人形さんに徹することを厭わなければ、私たちは安全です。

そう思っていました。


ダミアン殿下十八歳の成人の日まであと半年、という頃になって、

「ああセレスティナ、僕たちの婚約は破棄させてもらうから」

と、さらり、言い放ったのは空耳かと疑いました。


「え……」

私は彼の首に巻こうとしていた絹のクラバットを手に、立ちすくみました。

「私たちの婚約は国同士の取り決めでございますもの。一存ではなんとも言えないのではないでしょうか」

十七歳の少年の首に背伸びして手を伸ばす、十五歳の少女の私。はたから見たら仲のいい兄妹に見えるかもしれません。私たちの間にそんな温かい感情も、恋愛感情もないのですが。


ダミアン殿下は私の手からクラバットを奪い取ると、姿見の前に行ってご自分でいいように首元を飾りました。鼻歌を歌い、きざに前髪をいじって。


「侍女のミーアがかわいいんだ。俺は彼女と結婚する。俺たちは一緒に幸せになるんだ」

「……彼女のことは、聞き及んでおります。あの、落ち着いてください殿下」

「なんだよ、お前? まさか嫉妬しているのか?」


じろり。

鏡越しの一睨みに、私は縮み上がりました。


「醜い嫉妬をあらわにするなど王族とも思えん。無様な女だ」

「申し訳ありません……」

「とにかく、僕はミーアを選んだから。なに、お前なら僕の後釜がすぐ見つかるだろ。ドラグスフォークのドラゴンライダーどもは近頃、ノルヴァンディールに近づきたくて躍起になっているんだから」


まあ、それはそうです。私は覚えてもいない国に思いを馳せます。より東の国々と戦争状態にあるという祖国。


「ミーアに何かしたら許さないからな」

彼は最後に私の顎をがっしと掴み、揺すぶって、それから離宮を出ていきました。


ダミアン殿下の最近のご趣味は、離宮のさらに裏の使用人詰め所に行って、なぜだかたむろしている侍女の女の子たちとおたわむれになることです。このままいけばすぐに庶子の庶子でも産まれそうな勢いだと、聞いております。


とはいっても、私にはそれに対処するための権力も人員も何もないのです。私たちはただ、大人しくお人形さんをしているべきであり、それ以外のことをし始めれば待っているのはひどい末路でしょう。


「……大丈夫かなあ、殿下」

私は一人、大理石の離宮のまんなかで考え込みました。


やっぱり大丈夫ではなくて、侍女のミーアは死体で見つかりました。用水路に浮いていたのです。自殺と断定されて共同墓地へ。

王宮では、よくあることでした。悲しいけれど飲み込まなくてはなりません。


「お前のっ、お前のっ、せいで! お前がやらせたんだろうがぁッ!」

と叫びながら殴ってくるダミアン殿下も、どうかそれをご理解くださればいいのですが。


私の身体に痣が絶えなくなると、侍女から告げ口がいって教育係が殿下を叱りました。それ以来殿下は積極的に私を害することはなくなり、無視に変わりました。本当にほっとしました。このまま彼から忘れられたように生きていきたい。そう思いました。


願いもむなしく、彼が十八歳になったその日、私たちは簡素な婚礼の式を挙げました。


与えられた領地で私は死んだように生きます。

身体が、痛いのです。殿下はまったく手加減してくださらないので。常にお腹が、下腹部が、それから口にすることさえはばかられる脚の間の部分が、痛くてたまらないのです。


ああダミアン殿下。そうですか。あなたが私への復讐として無視程度を選んだ理由。それがこれだったのですね。


「うう、痛いよう……」

放っておけば合法的に私の身体を蹂躙し、破壊することができる。

あなたはそれを知っていたので、睨みつけるだけで満足できたのですね。


愛情は元からありませんでしたがもはや恨みに変わりました。

痛みとは、死の恐怖とは、流血が止まらないという事実は、人の心を歪ませます。


私を助けてくれる人なんて誰もいません。死にたくないのなら、動かなければなりませんでした。でも、どうやって? 何を?


私は考えます。時間だけはありますから。

この西の領地にあるものといったら草原と、羊たちと、羊飼いたち。とぼしい畑と貧相な村々。今は大人しいけれど、いつか昔のように草原の向こうからやってくるかもしれない遊牧民の侵略への備えが必要で……。ああ、そうだわ。


「そうだったわね」


領地の民にはハッキリとした階層が存在します。平民の中にも貴族のような上下関係があるだなんて、私はここへくるまで思ってもいませんでした。


私たちの顔をした民が上等で、そうではない顔と髪や瞳の色を持つ者が下等だ、とされています。はるか昔、遊牧民に攫われた女たちが産んだ子らの末裔の色をして生まれた者は、他の平民から蔑まれて生きていました。


ダミアン殿下――いえ、もう皇子様じゃありません。伯爵、ダミアン・クライネン伯爵は、相変わらず女好き。そのためたびたびお城を抜け出して娼館で遊んだり、馴染みの私娼の元へ入り浸ります。

もう恋なんてしない、と彼はうそぶきます。前の恋人は妻に殺されたから、と。だから、今俺が妻にしていることは正当な復讐なのだと吹聴します。

もう、何が嘘で何が本当かさえ彼は判別できなくなっているのだと思います。二親から見捨てられた心の傷というのはそれほどまでに深く人を苛むのです。でも。私だって、状況は同じだ、と思います。


今日は私が痛めつけられずにすむ日でした。

私はよろめきながら寝台から出て、城の裏手へ。誰にも悟られないように動くすべは、あの離宮で身につけました。

手には果物と、お茶に入れる砂糖を少し。


彼らは馬小屋の暗がりでわずかばかりの火を焚いて、寄り添っていました。

黒い髪と、黒い目、浅黒い肌。私たちと少しも変わらない五体をしているというのに、その程度の違いでもって、いつか草原と取引してこの土地を売り渡すと毛嫌いされているのです。彼らの曾祖母が敵に犯されたのは彼らのせいではないのに。


私の中にあるのは同情ばかりではありませんでした、決して。

私は彼らと、私自身の血に賭けたのです。


「寒い中、遅くまでご苦労様。これ、どうぞ」

と微笑んで、物資を手渡し、それから下がります。

今はまだ、そのくらいで十分でしょう。


一年が経ちました。

私は自由な時間のほとんどを彼らに捧げました。


『まともな』使用人たちは私のことを忌み嫌いましたし、ダミアン様も使用人に嫌われる私を嘲笑いました。理由など、彼にとってはどうでもよかったのでしょう。彼は今や平民の女とたわむれて、私をいじめるために生きていました。

彼は平民の女が好きでした。文句を言わず従順で、ぜったい自分に逆らわない女が。


私のことは、ドラグスフォーク王の血を継ぐというところからして嫌いでした。

自分に流れる、ノルヴァンディールの北の血と同格な王の娘が自分の妻であること。それが彼に対するひどい侮辱のすべてでした。


「……なんで、奥方様はあ、俺らなんぞに構ってくださるんで?」

と、私に口をきいてくれるようになった最下層の使用人の一人、ドラグがぼそぼそ言いましたのは、寒い寒い夜のことでした。星がきれいでした。


一年も経ちますと、彼らと一緒に焚火にあたらせてもらえるようになりました。

「見ていられなかったから」

と私は膝を抱えます。

「貧しい土地ですもの、いがみあうのは仕方ない。でも。目に余ります」

適当な理由を言いました。取って付けたように。


彼らは顔を見合わせました。

「それでも奥方様、怒られるでしょ。なのにやめないなんて」

年嵩の女のギラの声は少し尖っている。私を心配してくれています。

「旦那様は、少し前鞭の練習をしていなさったよ」

とは、十歳にも満たないストゥル。

「あれであんたを打つつもりだよ」

「じゃあお前の、鎖を振るう格闘術を教えてちょうだいな。それで抵抗するから」

彼らは笑い、私も笑いました。


――本当は。この時間が好きで好きでたまらないから。

寂しくて、助けてほしくて、苦しくて、身体が痛くて、それで。穴倉に逃げ込む鼠のようにこうしたのです。彼らを愛するふりをすれば自分の痛みから目を逸らせると思ったのです。


そして今となっては、本当に彼らを愛しはじめていました。


彼らは正直で、実直で、素朴で、私が文字を教えるとするする吸収しました。私の持っていくおいしいものに阿って媚を売るようなところは少しもなかった。


彼らは独自の言語を使いました。かつて遊牧民が伝えた言語のかけらを。

それは私の耳に、心地よく聞こえました。

私の日々の中で一番楽しいのは、彼らの中に混じって火にあたる夜でした。


彼らの固い団結は、たとえば女たちが肌の色が薄い上等の使用人の宴に強引に引っ張り出されて裸で踊らされたり。たとえば男たちが収穫の成績を不当に少なく記録されて、それで食べ物がもらえず喘いでいたり。たとえば――彼らの中で最も髪の色が濃く、最も彫の深い整った顔立ちをした男が身体を張って仲間を庇うのが気に入らないから、とか。


そういう理由でもってさらに押さえつけてくるこの土地の『まともな』もの、人、すべてに対する抵抗の心からきているのかもしれません。


私は彼らの仲間になりたかった。


夫ダミアン様による性交によって股関節を負傷し、ぐらぐら揺れながら歩くようになった今。子供が産めなくなるかもしれませんと産婆に言われて、虐待が性によるものから言葉によるものに変化した今。

そしてノルヴァンディールの教育係が老齢によって職を辞することをほのめかしはじめた今。今。今。


痛切に、そう、思います。

私の肌がもっとブロンズ色に近くて、目の色が濃くて、そして、彼らの言語をもっとなめらかに話せたら。

それはきっと、清々しい気持ちでしょう。


「奥方様」

低く深味のある声が私を呼びました。集団の声がぴたりとやみました。


「ヴォルツ、なあに」

と私は木の器を覗き込み彼の瞳を避けます。それでも返事をしてしまう。


ヴォルツはこの群れのリーダーでした。

もっとも背が高く、体格がよく、ダミアン様より大きいくらいの身体。左右対称の、顎と額がしっかりした無骨な美貌。分厚い胸部にふさわしい朗々とした声。


身体をゴシゴシ洗って宝石のついたベルトで腰を締めたら、どんな貴公子にも見劣りしないだろうと、私はひそかに思っていました。

お人形さんになると決めたはずの自分の心にそんな思いが息づいていたことを思い出させてくれたのも、彼でした。


「あんたは旦那に犯されるのが嫌で俺たちに近づいた」

「……ええ」


人々が、固唾を飲んで会話を見守る気配。

火の粉の音さえ控えめに、遠くにいったような気がします。


「せめて自分も人だと思い出したかったのか、俺たちを憐れんで自尊心を保ちたかったのか、知らねえ。俺たちを見下していたのは知っている。だが俺たちは同時に苦しんでいた。そこに寄り添ってくれたことは感謝している」


なんと言って返せばいいのか、わかりませんでした。

私はただ彼を見上げました。とんでもなく綺麗な黒い目がじいっと私を見返しました。黒曜石の刃のようにきらきらした瞳。


「薬、甘味、毛布、清潔な水。あんたが持ってきてくれたものが俺たちの命を繋いだ」

「……気にしないで。私が何をしようと、誰も咎めませんから」

「そうだな。誰もあんたなんて気にしない」


ヴォルツ、と誰かの声が飛びました。

私は俯きます。

肩に、暖かい何かが触れました。見ると、珍しい平原の白い鳥の羽根です。しっぽのところの。一番長くて貴重なひとはね。


「やるよ」

とヴォルツは笑いました。

「今夜あんたは竜の夢を見るだろう」


そしてその通りになりました。

大きな羽毛の生えた、美しい竜の夢……その背中に乗って私は大空を飛びました。背後に誰かの体温があって、とても安心していました。


身体はもう痛くありませんでした。最近はダミアン様による嫌なこともお休みですから、だから安心したんでしょう、そうに決まっています。


私は微笑みながら目を覚まし、そしてお城が侵略されているのを知りました。


「ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう」

とダミアン様の騒ぐ声が、どこにいても聞こえました。


「ちくしょう、許さねえ。セレスティナ! あいつが手引きしたに違いない!」

と叫びが、近づいてきます。

私は寝台の上で固まりました。


逃げよう、逃げなければ。

火の臭いがします。ものと、動物が焼けるにおいが。目がちかちかして涙が溢れました。

恐怖に下腹部がズキンと痛み、勝手に血が漏れ始めました。


「う、あ。あ」

ダミアン様の声をきくと身体が勝手に動かなくなります。気持ちとは裏腹に。

そして彼が私に触れると、何も感じなくなります。ああ、早くそうなりたい。早く……。


扉を蹴破るようにして、彼は私の元へやってきました。手を伸ばされ、なにごとかを怒鳴られました。耳には聞こえても内容が頭に届かず、口は動かず、目は閉じなかった。


このまま殺されるかもしれない、と思いました。

彼の手が――伸びる、伸びてくる。その冷たさを知っていました。


そして開けっ放しの扉をあってないもののように潜り抜けて、素早く、草原を駆けるドラゴンのように、ヴォルツは部屋の中へ飛び込んできました。

ダミアン様の肩越しに、私と目が合いました。


ヴォルツはダミアン様の首根っこを掴みとると、振り向かせ、いとも簡単に首の骨を折りました。


……ポキン。


いっそ間抜けな音とともに、すべての音や温度やにおいが私の元へ戻ってきました。


「セレスティナ」

優しい声が私を呼び、頬をぺちぺち叩いて正気づかせてくれます。ちっとも痛くない。

使用人の、いいえ、使用人でさえ蔑む奴隷の丈の足りない衣服から覗く肌は、汚れていたけれどなめらかでした。


「ヴォルツ」

にこ。彼は笑います。綺麗な、少年のような笑顔でした。


怒号と絶叫がお城を覆っていました。

明け方でした。光が、草原からこの土地を眩しく照らしました。


吠え声が、ドラゴンたちの怒り昂る声が、石づくりのお城を揺らします。


彼は言いました。

「草原の遊牧民はドラゴンを駆る。ドラグスフォークで使役されるドラゴンとはまた別種らしいが。それでも、ドラゴンはドラゴンだ。空の覇者だ」


彼はそっと私の身体を抱え上げ、私はお城の尖塔へ連れられます。そこには血飛沫が残り、石には剣のあとがあり、激しい戦闘があったことをうかがわせました。

死体はいっこもありませんでした。なあんにも。

そういえば私、かつて侍女の……なんといったかしら、結婚前に夫の恋人だった人の死体を見てしまって、それが心に焼き付いて離れないのよ。そんな話をした覚えがある。いつか私もああいう死体になるのだと思って生きているのよと、笑った記憶がある。


覚えててくれたの? だから片付けさせたの?

私は不思議に思って彼を見上げました。

凛とした彼のまなざしが、慈しみを持って私を見下ろします。その、色! 朝焼けに溶けることのない漆黒の意志。


「ご覧」

そして空を覆う、ドラゴンの群れが。そこに、いました。


私の全身が、流れる血が、叫んでいるのがわかります。

赤ん坊の頃にドラグスフォークで見ただろうドラゴンは、きっともっと大きかった。隊列も組まなかった。

ドラグスフォークにいるのは大型種で、遊牧民が扱うのは小型種だから、とはそのときはまだ知りませんでした。


「俺はどうやら、彼らの王の血筋らしい。だからドラゴンに乗る資格があるんだと」

「そうなの。すごいわね」

私の手が自然に上がって、ヴォルツの頬を撫でました。彼は心地よさそうに目を細めます。


「――草原で新たな王が誕生した。俺はその尖兵となってこの土地と人々を売り渡すよ。大罪人、汚れた血、悪魔、悪鬼、言われてきた通りのものになろうと思う」

「私はそうは思わない。あなたは人間。ただの。私と同じ、ただの……虐げられることが我慢ならなかっただけの人」

「そっか。なあ、セレスティナ」

「なあに?」


きらきら。黒曜石は微笑みます。

私にはもうそれしか見えない。


見えないところで行われている殺戮だとか。草原の言葉が荒々しく響いて人々を奴隷として選別していることだとか。ヴォルツは敵に寝返ってノルヴァンディール帝国と敵対するのだから、後世にいたるまで後ろ指指され多くの人が彼の不幸と死を願うのだとか。

考えるべきことはたくさんありましたが、頭蓋骨の中の考えるところが働きませんでした。


ヴォルツが目の前にいました。それだけがすべてでした。

自分はとっくの昔に乙女ではないことさえわかりませんでした。そう、彼に捧げられるべきはもっと若くて愛らしくて気立てがよい娘さんで――だなんて思いもしなかったのです。信じられない、これほどまでに言葉をなくすなんて。あんなに痛みしか訴えなかった部分が潤いを取り戻すなんて。


悼むべきものを悼まず、夫の死さえすぐに忘れ果て。

私はきっと地獄に堕ちるでしょう。私の死にざまはきっとひどいものでしょう。それでも。


「俺と一緒に悪魔の王妃になってくれる?」


私は笑いました。

口づけは、お互い様。甘くて、とろけるようで。

自分の輪郭がほどけて、彼と混じる。

ああ、これほどの幸せは感じたことがない!


ドラゴンたちの吠える声。私にはその意味がわかりました。彼らは久しぶりに思う存分暴れて、敵を追い詰めて、食べて食べて食べて、そして卵を産みたがっていました。必要な栄養を存分に取り入れて、次世代に繋ぐのです。

かつて私の父王がそうしたように。無作為に、むやみやたらに、でたらめに軽率に行き当たりばったりに考えなしに力づくで。


ドラゴンに指示を出す、草原のドラゴンライダーの掛け声。その声は彼らの言語と同じでした。だから私も、きっと練習すれば話せるようになるはずです。


そうして私はヴォルツを受け入れ、彼の妻となりました。

彼が草原の王の血筋だったのは本当らしく、相応の称号をもらって嬉しそうにしていたのがかわいかった。


草原の民は私を大女と呼びました。大型種のドラゴンを使役する国出身だと言って。

ノルヴァンディールの人々は私を敵に国を売り渡した売女、淫売婦、夫殺し、狂女、と言いたい放題です。


なんとでもお言いなさい。

私を救ったのはあなたたちではありませんでした。

だから、私はあなたたちを絶対に許しません。


行く先は血濡れています。草原の侵略は激しく、長く、けれどノルヴァンディールの抵抗も強烈。私のこれからの一生は絹と宝石ではなく戦争とドラゴンとともに続く。

けれど私の身体だってもうずいぶん長い間血を流していたのですから、似たようなものですね。


いいんです、どんな未来でも。彼と一緒ならどんなことだって。


私たちは同じドラゴンの背に乗って空を飛びます。

「セレスティナ、我が翼」

と彼は言い、

「ヴォルツ、私の嘴」

と私は言います。


私は永遠の幸福を手に入れました。


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