7話 初めてのダンジョン
『ダンジョン?』
センスがそれを知らないと不自然になるから、口に出す前に心でテレスに確認を取る。
『ダンジョンは、そのほとんどが魔物が作ったもので、敵である人間から身を隠す為や、おびき寄せて罠に嵌める為などの用途があると言われています』
『そのダンジョンが、なんでいきなりテレスの隠れ家の外に出来てるの?』
まるでワープしたように、別の場所に飛ばされたみたいだ。
テレスは、混乱するマーナにも聞かせるように声に出して疑問に答えてくれた。
「通常ダンジョンは、人間に発見されないように入口が魔法で隠されている場合が多いそうです。罠中心のダンジョンの場合は、わざと見えるようにして人間が入るのを誘うみたいですけど……」
「魔法で隠してる……テレスの隠れ家みたいだね」
「でも、稀に出入口を自由に変えられるダンジョンが存在すると、取材でギルドの人から聞いたことがあります。探知魔法で探し出しても、次は見つからなくて別の場所に移動していた例があるそうです」
「それじゃあ! それを使ってダンジョンの入口を、テレスの隠れ家の前に出現させていたってこと?」
マーナは目をパチパチさせて、驚いているようだった。
「街中にダンジョンの入口が出来るなんて、街中に魔物が出る以上にあり得ないです。これも十中八九、魔王代行の仕業でしょう……わざわざ街の中で、魔物を使って襲撃したのだから、暗殺を失敗で終わらせるわけにはいかない……という事かもしれません」
「ごめんなさい! 私のせいだ……きっと、隠れ家まで尾行されてたんだよ。私、焦ってたから全然警戒してなくて……」
「そんなことないです! マーナは私を心配して駆けつけてくれたんですから、落ち込まないでください」
「うん……ごめんね、ありがとテレス」
気に病むマーナを慰めながら、テレスは深刻な顔をして歯を食いしばっていた。
『そこまでして、私を殺したいのか』
テレスの憤りが籠った心の声が聞こえる。
たぶん……初めて聞いた、敬語じゃないテレスの言葉な気がする。
表情も暗くて、だいぶ精神的に参ってるように見えた。
『テレス、そんなに思い詰めなくていい。ここから脱出する方法はない?』
『え? 今の聞こえました? すみません、お聞き苦しい言葉を……』
『全然、自然な反応だよ』
『……ダンジョンはギルドの人間でさえ、入る機会が滅多にない場所なんだそうです。まして、私とマーナのような非戦闘員がダンジョンに入るなんて稀だと思います。少なくとも……生きて出られた例はありません。今のこの状況は、大ピンチと言えます』
『俺は……勇者センスはどうすればいい?』
『……センスは、ダンジョンでも常に余裕です。いくつものダンジョンを踏破してますから』
『……それは頼もしいな……まったく』
なら、俺がそれになるしかないじゃないか。
『分かった。それで、ダンジョンの脱出方法は?』
『このダンジョンの主を倒せば、出られるはずです』
つまり、ボスを倒せばいいというわけか。
しかし、一筋縄ではいかない雰囲気を感じていた。
この洞窟を進んだ先に、ボスが居るのが分かるほど、異様な気配が放たれている。
近づきたくないという感覚が、ビンビン湧き立ってくる。
センスの俺ですらそう感じてるんだから、2人も相当に怯えて足が竦んでいるのが伝わって来た。
そんな2人の前に足を踏み出す。
「大丈夫だよ。2人の事は必ず守るから安心してくれ。ここからみんなで脱出しよう」
センスなら、それが出来る……それが出来なきゃ勇者じゃない。
「ありがとうございます……」
「そうです! センス様がいれば、絶対に出れますよね!」
ダンジョンに入って来た俺達を探知したのか、魔物が近づいて来る気配が感じ取れる。
警戒心を強くしていた影響で、テレスが言っていた探知魔法を無意識に使えているみたいだ。
今度は意識的に、敵を見つけ出す――と明確にイメージすると、よりはっきりと索敵が可能になった。
「魔物が来る……2人共後ろに下がってて」
そう言いながら、剣を抜く。
やっぱり軽い。これなら素早く攻撃が出来ると自分でも分かる。
剣を構えて、臨戦態勢を取って待ち構える。
テレスは警戒しながら、ポケットからメモ帳とペンを取り出して『防御』と書いた紙を、自分とマーナに触れさせてシールドを発生させていた。
「魔物の攻撃を喰らうと、すぐに消えてしまう耐久性のない防御ですが無いよりは安心です。私達の事は気にせずに、戦闘に集中してください」
「分かった、ありがとう」
すぐさま、テレスから補足の心の声が聞こえてく。
『センスは元々魔法耐性が優れていて、豊富な魔力で防御魔法も硬いので、大丈夫だと思いますが注意してください』
『了解、気を付けるよ。……来た』
洞窟の中、前方の暗闇からコウモリのような魔物が3体現れる。
通常のコウモリよりも、明らかに大きい。
禍々しいを通り越して毒々しい羽を忙しく動かしていて、本体は目が赤く光り、グロテスクな口からは剥き出しの牙が恐怖心を煽ってくる。
『あれはダンジョン内に現れるコウモリ型の魔物で、動きが素早い上に読みにくくて、攻撃が当たりづらいのが特徴です。また、口から毒息を吐いて、それを直接吸ってしまうと麻痺して動けなくなり、牙で噛まれると毒で死に至るそうです』
『予測不能の動きで近づいて、毒で殺すっていう魔物か』
魔物がこちらに向かって飛んでくる。
近づかせるのは危険だし、剣が当たらない可能性もある。
空振った場合、3体同時に捌くのは至難で、毒を喰らう危険性が増す。
離れた位置から魔法で倒すのが現実的だと考えると同時に、テレスが持つランプの火が思い浮かんで、視界に映る魔物3体が燃える様を強く想像する。
「燃え盛れ!」
その瞬間、3体は激しい炎に包まれて、あっという間に消し炭になった。
火の魔法が成功した事に、安堵感が湧き上がる。
それにしても凄い火力だったな……センスの魔力が並外れているのが実感出来る。
「流石センス様! 一瞬で倒しちゃいましたね!」
「ああ……でも油断せずに行こう。ダンジョンは少しのミスが命取りになる場所だ」
テレスの心の声を読み上げながら、自分に言い聞かせるように口にする。
「はい! それを心掛けているから、センス様はダンジョンでも強いんですね!」
さっきまでのマーナの不安な様子から、明るい表情に戻った事に安心感を覚えた。
ダンジョン脱出のために、ボスを倒すべく先へと進んで行く。
巨大ナメクジや歩き回る毒キノコ、強度の高い糸を操る毒グモといった魔物が、次から次へと襲ってきて倒していく。
それぞれの魔物の特性や倒し方を、テレスが的確にアドバイスしてくれるので、とても戦いやすくて心強い。
いくらセンスが強くても、意思決定して動かしてるのは俺なので、戦闘経験など無い俺が未知の魔物と戦うのは高いハードルがある。
いつミスして、惨事になってもおかしくない。
俺だけならまだしも、テレスとマーナの命もかかってるんだ。
その重圧の中でも、テレスの助言があるから、すぐに最適解を導き出して動くことが出来る。
おかげで、俺自身も1戦ごとに戦闘経験を積むことが出来て、剣や魔法で魔物を倒す動きに慣れていける。
より効果的に、センスで戦うスキルが身についていくような気がした。
『ありがとう、テレス。魔物に詳しくて本当に助かるよ。おかげで順調に進めてる』
『小説で、センスがダンジョンに入る展開を書く時に、監修のリンリルから、ダンジョンに生息する魔物について詳しく聞いていたんです。その時は、まさか自分がダンジョンに入るなんて、夢にも思わなかったですけど、記憶力が良いのが役に立ちました』
『凄いな、ちゃんと取材して魔物の事も調べて書いてるんだね』
『小説の為もありますけど、魔物をどう倒すかっていう、魔物退治の話を聞くのが好きなので、有意義な経験になります』
なるほど、テレスにとっては魔物の倒し方を知るのは、一石二鳥の事なのかと思った。
そういえば、聞いてみたいことが浮かんだ。
『最初に出会った時に、テレスを襲ってた魔物はどれくらいの強さなの?』
あの時は無我夢中で剣を振って倒したけど、初めて魔物を見たインパクトは相当だった。
『私もあの魔物は知りません。取材をして、いろんな魔物を調べていましたけど初めて見ました』
『テレスも見た事ないのか』
『でも、魔力量と攻撃の威力からして、相当の力を持ってたのは間違いありません』
そんな魔物を、あっさり切ったこの剣……このダンジョンでも活躍してるし、勇者が持ってる剣なんだから、やっぱり特別なんだろうか。
『ねえ、テレス……この剣て、やっぱり凄い剣なのか?』
『勇者の剣ですね。作中でセンスが魔法の泉で授かったもので、本の中でのみ登場する……つまり、現実には存在しない剣なんです』
『それじゃ、本来はあるはずない空想の武器ってことなのか』
『そうです。通常の剣とは違い、魔法によって生成された剣で、魔力を帯びている魔剣になります。魔剣は現実にはない空想の産物なので、小説の中でしかあり得ない代物になります』
『だから現実離れした、凄まじい切れ味なんだな』
『それを可能にしてるのは、センスの魔力あってこそです。勇者の剣は、持つ者の魔力を反映させて力を発揮するという設定なので。だから、本の中でも魔王に挑む直前に手に入れる最新の武器になります』
『小説でも、センスはこの剣を手に入れて間もない……最終決戦に向けた最後の剣か』
道理で凄いわけだ。
センスと一緒にこんな剣まで実体化したのは、つくづく奇跡的だ。
『確かに小説のセンスと勇者の剣は強いですけど、それをこうして現実に再現してるセンスケさんも相当凄いですよ』
『いや、テレスのおかげだよ』
そんな声に出さない会話をしながら進むにつれて、どんどん気温が上昇していくのが分かる。
「なになにー? このとんでもない暑さはー……」
「おそらく、このダンジョンの主の影響です。火や熱の属性を持つ魔物だと推測出来ます。近づく程にそれが伝わって来るんだと思います」
確かに暑い……まるでサウナにいるみたいだ。
俺が先頭を歩いて、防御魔法で壁を作って2人も守ってるはずなんだけど、お構いなしに熱が伝わって来る。
ダンジョンの狭い通路と四方八方の岩が、より気温を上げる要因になってるのかもしれない。
「センスと私の防御魔法が無かったら、蒸し焼きになってるはずです……」
暑いだけで済んでる分、まだマシということか。
「汗が止まらないよー……」
見るとマーナもテレスも、じっとりとかなりの汗をかいている。
俺は、というかセンスは魔法耐性が優れてるとテレスが言ってた通り、魔力で生み出されてるであろう熱の影響をそれほど受けていなかったので平気だったが、2人は辛そうだ……。
そういえば、水の魔法は飲水目的で湧水を出せると言ってたな。
両手で水をすくうようにして、強くイメージするとその手から水が湧き出て来た。
「わー! 水だー! いただきますー!!」
マーナが嬉しそうに、口を付けて水をゴクゴク飲み始めた。
「冷たくておいしー! 生き返ります!」
「わ……私もいただきます」
そう言うと、テレスも水を飲んで水分補給をする。
「ありがとうございます。助かりました」
汗で髪が貼りついた顔を向けて、微笑みながらお礼を口にした。
「いや全然、良かった役に立って……」
あ、また素で喋ってしまった。
ヤバいと思いながら、マーナを見るが全く気にしていない様子なのでホッとした。
「あとは、この汗でベタベタの服を何とかしたい……帰ったらお風呂入りたいー! そうだ! テレス、久しぶりに一緒に入ろうよ!」
「そうですね……お言葉に甘えたいです。お風呂上りには、ゆっくりとホットミルクが飲みたいです」
「そこはアイスミルクでしょー! まったく、ブレないねーテレスは! でも、楽しみ! それまで我慢だね!」
楽しそうに話す2人が、無事に帰れるかは俺にかかってる。
というか、2人は帰れると確信してるみたいだ。
勇者センスが居れば、家に帰れると信じているんだ。
その期待に応えたいと強く思った。
元気になったマーナを見て、ずっと気になっていた事を聞いてみる事にする。
「マーナは、魔法は使えないのかい?」
「よくぞ聞いてくれました、センス様! 私、普通の魔法は一切使えないけど、1つだけとっておきの魔法が使えるんです! ただ、効果時間が短いからボスとの戦いのために取っておいてるんですよ! センス様にも見て欲しいです! 今は2人の魔法に守られてるけど、今度は私がテレスを守る番です!」
自信満々の笑顔で語るマーナと、それを自然に聞いているテレスの反応から、どんな魔法なのか興味が湧く。
「それは楽しみだな」
そう本音を口にしていた。
間もなく、岩の通路の出口が見えて来る。
ついに、ボスがいる場所にたどり着いた。
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