6話 勇者センスの初演技
「初めまして、センス・レイ・グレースです。あなたが、勇者センスの伝説で絵を描いてくれたマーナだね。会えて光栄だ。素敵な肉体を描いてくれた君に、直接お礼が言える日が来るなんて幸せで胸がいっぱいだよ」
『――で胸がいっぱいだよ』
心に直接届くテレスの言葉を、出来るだけ棒読みにならないようにそのまま声にする。
言いながら、なんてセリフっぽい台詞なんだとツッコミたくなる。
本当にこんな感じでいいのか?
正解が分からないので、綱渡りをしてる気分だ。
とにかく落ち着いて、背筋を伸ばして、堂々した立ち振る舞いを心掛ける。
「え? ええっー!!?」
目を丸くして、マーナは驚愕の表情で仰天しながら、激しい身振り手振りで、テレスと俺を交互に見て慌てふためいている。
「うそー!! センス様!? 私の絵そっくりそのまま! かっこ良過ぎでしょ! 声まで想像通り過ぎる! こんなことある!? 本物!? 本当に本物なのテレス!? どう見ても本物のセンス様だよ!?」
めちゃくちゃ興奮してる。
その様子から、むしろ本物であって欲しいという願望が溢れ出ていた。
「私も驚きましたけど、間違いなく本物です。魔王復活の前に奇跡が起きたんです」
「奇跡過ぎる! ダメ! 胸がドキドキして、おさまらない!」
センスに直に会えて、本当に嬉しそうに見えた。
これだけ喜んでもらえると、こっちまで嬉しくなり、高揚感が湧き上がって来そうだった。
『興奮するだけで、まだ目の前のセンスを人間として認識出来ていないようなので、握手を求めてください。実際に触れることで、幻ではなく実体だと印象付けましょう。相手は一応貴族ですから、紳士的にお願いします』
『分かった、またセリフもよろしく』
「こうして、本の中からこの世界に来ることが出来た。君達を救うため、人々を守るため、何より魔王を倒すために! この世界でこれから僕も生きていく。どうかよろしく」
たぶん原作にはない、この場で作ったであろうセリフを伝えてくるテレスの声も結構芝居がかっていて、やはり『魔王を倒す』を強調していたので、それに倣って同じテンションで演じてみる。
微笑みと共に差し出した手に、悲鳴に近い歓声を上げながら触れて来る。
「ひゃー!! なんて綺麗な笑顔! なんてセクシーな手! これが本物のセンス様の熱……ヤバイ溶けるー!」
手を握りながら、くねくねしてる。
なんというか、感情表現がストレートな子だ。
「ううっ! 夢みたい……センス様は、私の初めての人……自分の絵を相手にいけないと思いつつ、指を止められなかった夜……そんなセンス様が目の前に居て、手を触れ合ってるなんて……死んじゃうぅ」
何を言ってるんだこの子は。
「マーナ、いくらなんでも、そういうことは……」
さすがに、テレスも苦言を呈している。
「ごめんなさい! 私ったら興奮してしまって……はしたないわ、カルナバーグ家の娘なのに!」
『……なるほど、確かにこの子に知られたら、あっという間に広まっちゃいそうだ』
『とにかく嘘が吐けず、思っている事は顔と声に出てしまう、裏表がない素直な子なんです……』
『どうしたらいいの……?』
『そうですね……こう言ってください』
「ごめんね……マーナは可憐で魅力的な女性で、君の気持ちはとても嬉しいけど、今の僕は魔王を倒す事で頭がいっぱいなんだ。だから、どうか僕の戦いを見守っていて欲しいんだ」
やるべき事があるから、今は考えられない……この返答は、断り文句としては王道といえる。
ただ、このマーナがテレスの言う通り、本当に良い子なのは伝わって来てたので、セリフを口にしながら、いささか心苦しくなってしまった。
「わあっ! さすが! それでこそ勇者センス様! 小説のまんまですね!」
しかし、あっさりと納得してて、拍子抜けしてしまった。
「センス様は人間愛の人なので、とっても優しいけど、恋愛に興味や関心がないですもんね!」
そうか、恋愛に興味が無いか。昨今の少年漫画の主人公みたいなものか。
やはり、大きな使命や目標があると、そちらを優先するのが主人公というものなのかもしれない。
「というのは後付けでー……本当は、作者のテレスが恋愛や興味ないから『勇者センスの伝説』には恋愛要素が無いんですよ! これはさすがに、本の中のセンス様は知らないでしょ!?」
えーと……これはどう答えればいいんだ?
得意顔を向けるマーナを前に、チラっとテレスに視線を送る。
『……確かに、センスは本の外の事は知らない方が自然なので、ここは同意しておきましょう』
「ああ、それは知らなかったよ」
「私は、絶対に恋愛は入れた方がいいって言ったんですよ! ロマンス要素は小説には必須だよって! でも、テレスが恋愛なんてした事ないし、魔物や魔王を倒すのに必要ないって! テレスって、センス様のデザインにも拘りが無くて、魔王を倒せれば何でもいいって言ってたんですよ! だから私が、みんなに愛されるような理想の王子様を描いたんです!」
「それについては、本当に絵が人気で愛されているので、マーナに感謝しています」
「でもでも! そのセンスが『恋愛をしない』って要素が、結果的に勇者センスの人気に繋がったんですよ! 男女関係なく優しい! 性愛ではなく、博愛で人を助ける姿が好感度を爆上げ! 誰のものにもならない、皆の勇者になったんです!」
「じゃあ、今の勇者センスを生み出したのは、本当に2人のおかげなんだね」
あっ、つい自分の感想を口に出してしまった。
アドリブを言ってしまった事に、テレスも驚いてるようで、俺は『やばい!』と心の中で叫ぶ。
「そうなんです! 私達2人だから、センス様が生まれたんです! センス様に、直接伝えられて良かった! ね? テレス!」
マーナはテレスの肩を抱いて、嬉しそうに笑っている。
それに呼応するように、テレスも照れながら微笑んでセンスの方を……俺に視線を向けて呟く。
「そうですね……嬉しいです」
それは大人っぽい彼女が見せる、年相応の笑顔だった。
同年代の友達と一緒に笑う。
それが、なんだかとても尊く感じた。
「ありがとう……君達が生み出してくれたこの命、君達の今を……そして未来を守るために使わせてもらうよ」
またも、アドリブで『センスならこう言いそう』というセリフを言ってみる。
気恥ずかしさは当然あるが、我慢するしかない。
「はうぅ! センス様、とても素敵です……!」
とりあえず、マーナには通じるみたいなので安心した。
何となくだけど、『正義感の強い優しい王子様』という人物像が分かったので、これを外さなければセンスっぽくなりそうだと、手ごたえを感じていた。
『センスケさん』
『あ、勝手に喋ってごめん。こんなので、大丈夫だったかな?』
『はい……とても良かったです。私の方こそ、ごめんなさい』
『えっと、なにが?』
『聞いた通り、センスは恋愛をしない設定なんです。なのでセンスでいる限り、センスケさんも恋愛や女性と親密になる事が出来なくなってしまいます。後出しで心苦しいのですが、憂慮してもらえないでしょうか……』
仮に、恋愛したら原作と違う事をするってことだもんな。
勇者センスのイメージを損なう事になる。
それこそ、スキャンダルになってしまうって事だ。
『その辺は全然大丈夫、心配いらないよ。前世でも、女性とは縁が無かったから独り身は慣れてる』
『すみません、ありがとうございます。センスは作中、マーナみたいな可愛い娘からはもちろん、絶世の美女である王女様に好意を寄せられても、動じずに全くなびかない、ストイックな勇者なんです』
魔王を倒した暁には王女と結婚を……なんてのが物語の王道だけど、そういう感じではないという事が伺える。
ただ、センスと俺で違うのが、好意を向けられることに慣れてない事だ。
実際に、マーナに分りやすい好意を向けられて、戸惑いながらも、少しだけ舞い上がってしまいそうになった。
好意を持たれているのは、センスであって俺じゃない。
これを勘違いすると、大変なことになる。
肝に銘じて、原作のセンスのように動じずにいけば、本物のセンスに見えるはずだ。
マーナの興奮が落ち着いて、やっと普通に話せる状態になると、思い出した様にテレスに詰め寄る。
「そうだ! テレス、家で魔物に襲われたってどういう事!? 家が燃えたのも魔物の仕業なの!?」
「ええ……今回の襲撃は、魔王派の仕業だと考えられます。マーナのお父様である、領主様にも注意をするよう助言を受けていましたが、街の中に魔物が出るとは予想外でした」
「でも、こうして2人で用意した隠れ家が役に立ったんだから用心しとくものだね!」
この隠れ家は、敵から狙われていたから作ったものなんだと、今の会話から想像出来る。
そもそも、こんな隠れ家が必要な時点でおかしな話だ。
しかも、魔法で見えなくして隠してる念の入れようだ。
こんな場所が必要な程、身に危険が迫っていたのは、2人も承知してたみたいだな。
「センス様が現れてくれたから助かったけど、こういう時の為に護衛を頼んでたんじゃないの? 今日は護衛は居なかったの?」
護衛? ボディーガードをつけていたってことか?
マーナの言葉を聞いて、テレスの方を見ると、こくりと頷いていた。
「そうなんです……リンリルは今日遠方へ魔物退治に行っていて、他の町に宿泊する為不在でした」
知らない名前が出て来たので、直接聞いてみる事にする。
『テレス、護衛をつけてたんだね』
『はい、ギルドの人で『勇者センスの伝説』の監修をしてくれているリンリルという娘です。私がセンスの作者という理由で、狙われるかもしれないという話を聞いて、護衛を引き受けてくれたんです』
『そのリンリルという人が、今夜は不在だったということか』
「確かにリンリルが街にいれば、伝達魔法でSOSを送れば瞬時に来てくれるようになっていますが……まさか……不在の時を狙って襲って来た? 今日リンリルが居ない事を、魔王派は知っていた……かもしれません」
ショックを受けたように、テレスは目を見開いていた。
「え? なんで? なんで魔王派は、リンリルが今日いないって知ってるの?」
「ギルドの人間なら、リンリルのスケジュールを知ってるはずです。つまり、ギルドの中に魔王派に情報を流してる人がいる可能性があります」
「スパイがいるってことか?」
「あくまで可能性ですが……夜にリンリルが街を離れるのは珍しいことなので、その時を待っていたかのように襲ってくるのはタイミングが良過ぎます」
「まさか、味方だと思ってたギルドに裏切者が居るなんてショックー! 早く、お父様に報告しなきゃ! センス様の事も伝えたいし、私の家ならここよりもっと安心安全だよ!」
瞳をキラキラさせて、マーナは『家に来て!』という仕草をしてくる。
笑顔で紳士的に返事を保留しつつ、テレスの反応を確認すると思考を巡らせている様子だった。
「街に魔物が出たこと、魔王派の動きとギルドにスパイがいる可能性、それに勇者センスの実体化……確かにすぐにでも、領主様にお伝えして、協力を仰ぐべきだとは思います」
『なので、すみません。このまま、領主家へと向かいましょう』
『結局、小説を読めないまま外に行くって事か……大丈夫かな』
人物像が掴めたとはいえ、細かいニュアンスはもちろん、どんな人生と物語を歩んできたのかセンス本人が知らないんじゃ不自然極まりないぞ。
『大丈夫、今の調子でお願いします。何かあっても、私がフォローします』
そうだ、作者が直接フォローしてくれるのは心強い。
テレスが居れば、滅多なことはないはずだ。
とはいえ、変な言動や行動にはくれぐれも注意しないと……。
「魔王派が、私達を探しているはずなので慎重に行きましょう」
「私がここに来るまでに魔物なんていなかったし、テレスの家の火事で人目が多くなってるから、表立って行動はもうしないでしょ!」
そうして、慎重に3人で隠れ家を出ると、林の中ではなく、なぜか真っ暗な空間の中に居た。
「月明かりが、雲で隠れて消えたのかな?」
「いえ、それにしても暗すぎます」
テレスが持って来たランプに火を灯すと、岩の地面と壁と天井が視認出来た。
後ろを見ると、出入口が消えていて、隠れ家に戻ることが出来なくなってる。
「何!? ここ、どこ!?」
マーナの叫びに、心の中で激しく同意する。
なんだここは? まるで洞窟の中だ。
何故こんな場所にいるのか意味が分からずにいると、テレスが愕然としたように呟いた。
「ここは……ダンジョンの中です……」
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