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4話  勇者を演じてもらえませんか?

 テレスの話を聞く限り、この世界は俺が居た場所とは、全く別の世界だという事から話を始める。


 といっても、17年で波乱の人生を送るテレスと違って、俺の人生なんて40年もあったのに極端に何もないので、実はあまり話すことがない。


『センスケさんの事を聞きたい』と言われた手前、自分の生い立ちから掻い摘んで伝えた。



 俺が生まれる前に失踪して、一度も会ったことがない父親と、俺を産んだ直後に亡くなってしまった母親。

 親の記憶が一切ない俺は、母の母親である祖母に育ててもらった。

 物心ついた頃から、おばあちゃんが俺の親だった。


 千助という名前は『千の人を助ける、たくさんの人を助けるような人間になって欲しい』という意味で、おばあちゃんがつけてくれた名前だけど……今思えば、生まれてすぐに親が居なくなって、祖母も先が長い訳ではなく、いつ居なくなるか分からない。

 

 そうなった時に、俺が一人ぼっちにならないように、周りにたくさんの人が居るようにと、願いを込めて名付けてくれたのかもしれない。

 

 『人に優しく』『困っている人を助ける』という、祖母が身をもって俺に示した教えや生き方も、そうすれば、自ずと周りに優しい人が集まるから安心だよ、と伝えたかったのかもしれない。


 なのに、俺にはその資質が無くて、祖母のようなみんなに愛される人にはなれなかった。

 それでも心折れずに、曲がりなりにもその生き方を続けられたのは、この名前に込められた思いが、俺を支えてくれたからだ。


 何より……俺を見つめる……おばあちゃんの幸せな顔が忘れられない。

 2人で暮らしていたあの頃は、お互いが幸せを分け合い、与え合っていた。

 その思い出を、絶対に忘れない。  



「――てなわけで、40歳までそんな感じで、特に上がり下がりもなく生きて来たんだ。後の楽しみは、天国でおばあちゃんと再会する事くらいだった」


「素晴らしいお祖母様だと思います。センスケさんは、お祖母様の教えを守ったんですね」

「あまり、上手くいかなかったのが心残りだけどな……煮え切らない人生になったと思ってる」


「センスケさんは40歳でお独り身なら、ロードンさんと同じですね。ロードンさんも強面で周囲から恐れられてるけど、根は穏やかで優しい人です」 


 確か、本の出版元を立ち上げた人だったけか。


「でも、センスケさんはセンスなので、年齢どうこうという感覚が全くないですけどね」

「そういえば、センスって何歳なの?」

「22歳という事になってます。これも正直私は何歳でも良かったんですけど、担当のメリーナさんが22歳が相応しいと熱弁してそうなりました」


 結構、色んな意見を取り入れるんだなと思った。


「えーと……それで話を戻すと、そんなある日、夜の道を歩いてたら突然知らない誰かに刃物で刺されて、死んだと思ったら、この姿でテレスの前に立ってたんだ」


「えっ? 死んだ? センスケさん……その別の世界で、死んだんですか?」

「あれ? 言ってなかったっけ? どういう原理なのかは、さっぱり分からないんだけど、死んで気づいたらセンスになってたんだ」


「初耳だし、衝撃です……私も今日死にかけましたけど、センスケさんは本当に死んだってことですか?」

 

 信じられないといった表情で、それでも労わるような仕草をしてくれていた。


「痛かったでしょう?」

「ああ……まさに、死ぬほど痛かったよ」


 出来れば思い出したくない……刃物がお腹に刺さった感覚と、流れ続ける血の手触りなんて。

 それにしても、あの犯人は一体何だったんだ……動機が分からない。

 死んだ今となっては、知りようもない。


「とにかく肉体は死んだけど、こうして精神は生きている。そのおかげで、テレスを助けることが出来たんだから、不幸中の幸いと言っていいのかな」


「センスケさんは、センスに生まれ変わったってことなんですね。助けてもらった時も、そう思いましたけど奇跡ですよ」

 

 そういう捉え方も出来るかもしれない。

 しかし、相変わらずセンスと俺の繋がりや脈絡が見えてこない。 


「センスと関係ないのに、なんで俺がセンスになってるんだろう?」

「名前が似てるからですかね? あとは人を助けたいという気持ちが、シンクロして重なったとか……」

 

 それを聞いて、思い出した。


「そういえば、死ぬ直前に『人を助けたい』って願ったのは記憶にあるな」

「きっと、その想いが奇跡を起こしたのかもしれませんね」


 感激するようにテレスが微笑んだと思ったら、今度は思い詰めた表情をしていた。


「どうしたの?」

「あの……『人を助けたい』というお言葉に甘えてもいいですか?」


 意を決したように、テレスは頭を下げる。



「センスケさんに、助けて欲しいんです。お願いします」

「助けてって……どういう……」

 

「本当にセンスになって欲しいんです。これは今、センスになっているセンスケさんにしか出来ないことです」


 こんなに真っ直ぐに、必要とされるなんて初めてだった……。

 今まではせいぜい利用しようとするくらいで、誰も本気で俺の助けなんて求めてなかったから。


 もちろん、助けられるなら助けたい。

 センスになって、テレスの期待に応えたい。

 あの怪物みたいな魔物と戦う事になるだろうけど、この力を持て余すのはもったいない。


 俺はもう死んでるんだ。第二の人生だと思えばいい。

 どんな事になるか分からないけど、この姿でここに居る以上、生みの親であるテレスの頼みを全うしたい。

 

 魔王がどういうものか想像もつかないけど、この勇者センスなら戦って勝つ希望がある。

 少なくともテレスはそう思っているということ……。



『勇者センスの伝説』の本を手に取る。


 本当の勇者センスになって欲しい……って……ん? あれ? 

 それってつまり……。

  

「もしかして、俺がこの本に書いてある『勇者センスというキャラクター』を演じるってこと!?」 

「そうです! 今後、人前では『センスケさん』としてではなく『センス』として振る舞って欲しいんです」


 さっきまでの決意が飛んで、途端に自信を無くす。


「無理だよ! 演技や芝居なんてしたことないのに、そもそもこの世界の事も、小説の内容もよく知らないのに、それを演じるなんて無茶だ!」


「大丈夫です、私がちゃんとサポートします!」

「いや、このままじゃダメなの? 演じたところで、すぐにバレると思うけど」


 いまいち、意図が分からない。

 そりゃ、見た目も強さもセンスなんだから、中身もセンスであることに越した事はないけど、中身は俺なんだから、どうしたって綻びが出るはずだ。

 なのに、どうして演じるなんて事を考えるんだ?

 

「理由は魔力です。魔法を使えるセンスにとって、魔力はあればあるほど強くなります。戦いが有利になって、魔王に勝つ確率も上がります」


「センスを演じる事と、魔力に何の関係があるの?」


「人間が使う魔力は、その人の知名度と好感度によって上下するんです」

「えっと……つまり、この世界では知名度と好感度が高いほど、魔力が高いって事?」


「そうです。今あなたが強いのは、ベストセラーの主人公だからです」


 勇者センスが世界的に有名で、知名度と好感度が高いから、多くの魔力を持っている。

 だから強い。……なるほどな、そういう仕組みだったのか。 


「正確に言うと、知名度=魔力許容量、好感度=魔力になります。知名度が上がると魔力を入れる器が大きくなり、好感度が上がると魔力がその器に入るというイメージです」


「知名度だけあっても器だけで魔力が無くて、好感度だけあっても器が小さいと使える魔力は小さいままって感じで、両方バランス良く高めないと意味がないってことかな?」


「まさにその通りです。例えば罪を犯して知名度だけ上げても、好感度がないから意味がないですし、人から好かれていて好感度が高くても、多くの人に知られていないと器が小さくて魔力が入らず持ち腐れになります」


「だから有名である事と、人気がある事を両立した、勇者センスの魔力が高くなるんだな」


「そうなんです。総合して『世界からの認知度』や『世界への影響力』がある、特別な存在が高い魔力を得る世界なんです。専門家は『因果値』と呼んでいるそうです」 


「その因果値が高い人間が、魔法で魔物と戦えるってことか」

「いえ、たとえ魔力があっても、魔法を使えるかは別問題なんです。先程も言った通り『資質と才能』がなければ魔法は使えません。この『資質と才能』は魔力とは無関係なんです」


「どんなに魔力があっても、魔法を使えない人もいるってことか……」


「それに使えたとしても、魔法は得意不得意が如実に出るものなんです。なので、魔法を使えるのは世界中の人間の1割にも満たず、魔物と戦える魔法の使い手は、さらに限られます。ギルドや騎士団にいる人達は、その限られた精鋭ということになります」


「テレスも魔物と戦うために、そのギルドに入りたかったって言ってたよね」


「はい。私も子供の頃は魔力が無くて、魔法が使えませんでした。小説がヒットした事で、作者の私の知名度と好感度が上がって、たくさんの魔力を得ることが出来ましたけど、私は魔力があっても魔法の才能が無いので効果は微弱でした。紙に文字を書いて発動する事で、なんとか魔法効果を出しているのが現状です」


『私には戦う資質が無い』


 そう悔しそうに言っていた顔を思い出した。



「話は分かったよ。勇者センスは現状でも高い魔力を持ってるけど、そのセンスが現実に登場したとなれば、さらに注目されて知名度と好感度が上乗せする事が出来るってことだな」


「そうです。世界に『本当にセンスが現れた』と思わせたいんです。私が初めてセンスケさんと会った時のように……。本の中から出て来て、現実に魔王と戦うとなれば大きな希望となり、さらにセンスへの人気が上がります。所詮は小説の話だと思ってた私のような人達も、本物が現れて魔王を倒してくれるとなれば、センスを心から応援してくれるはずです。今の私がそうなのだから……!」


 おいおい作者……。


「そうなれば、今よりさらに強くなります。小説のセンスを、現実のセンスが越えるんです! でも……逆に、中身が別の世界から来た無関係の人だと知れたら、それは只の似てるだけの別人、そっくりさんということになります。最悪、センスに便乗した売名や、質の悪い偽物とみなされるかもしれません。そうなれば下手したら魔力が低下して、今より弱くなる可能性もあるんです」


 今の俺が、本物かそっくりさんかで、センスの強さが変わってしまう。 

 俺の行動次第で、これからの未来や運命が大きく変わってしまうってことか。


「センスが実体化したこの現象を、最大限活かしたいんです……!」


 この機会を活かして、魔王を倒すための力を得たいという気持ちは理解出来る。

 今よりパワーアップ出来るなら、その分だけ魔王に勝つ希望が生まれる。


「魔王を倒せれば、センスケさんとして自由に生きてもらって構いません。それまではどうか、センスとして生きてください……! センスを演じてもらえませんか? もちろん、この事は2人だけの秘密です。私と協力して『小説から出て来た本物のセンス』を現実に表現してくれませんか?」


 必死の声で懇願して、頭を下げていた。

 テレスも無茶なお願いをしている事は、重々承知の上で頼んでいるのが伝わってくる。 


 その姿を見て、目頭も胸も熱くなっていた。

 もう、答えは決まってる。


「……勇者センスはテレスが生み出して、勇者を求める人達に希望を与えて、ベストセラーになったんでしょ? 勇者センスは、まさにこの世界の人達が願った魔王を倒す存在そのものだ。なんの因果か、そのセンスになった以上、やるしかない……多くの人を助けたい。魔王を倒せば 魔物は人間を襲わなくなって、本当の平和が戻るんでしょ? テレスが経験したような、悲しい出来事を終わらせられる……俺が、勇者センスになるよ……!」


「はい! ありがとうございます……!」


 上手くいくかは分からない。不安だらけだ。

 果たして俺に出来るのか……でも、絶対に成し遂げたい。


 おばあちゃん……会いに行くのはまだ先になりそうだ。

 その分、たくさん土産話を持っていくよ。


『千の人を助ける……たくさんの人を助けるような人間になって欲しい』


 千助……その名前を体現する。


「勇者センスになって、魔王を倒す!」


 そう決意すると、テレスが感極まった様子で手を差し出して来た。

 その手を優しく握って、勇者になる誓いを立てた。


読んでいただき、ありがとうございました。

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