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3話  魔王の脅威とテレスの話

「魔物って、さっきの怪物の事だよね?」


「そうです。魔物は遥か昔から存在する生物で、動物とは違い魔力を帯びているのが特徴です」


 魔力っていうのは、魔法を使う力の事だな。


「魔物は動物と同じく言葉を話しませんが、知性が高くて人間を襲う事はなかったそうで、長い歴史の中で人間と魔物は棲み分けて共存していたんです……200年前、魔王が現れるまでは」 


「魔王……?」


「ここアストランティア王国の隣、ヘレボルス帝国に突如現れて、皇帝一家を皆殺しにして城を占拠したそうです。そして何より脅威だったのが、魔王が現れたと同時に、世界中の魔物が凶暴化して人間を攻撃し始めたんです」


「それまでは、おとなしくて人間に危害を加えなかった魔物が、急に世界中で人間を襲うようになったってこと?」


「はい……このアストランティア王国も、当時はギルドが無くて、魔物に対抗出来るのは王国騎士団しかいませんでした。しかも、初めての魔物との戦闘と、魔物の数に大苦戦を強いられて、甚大な被害が出たと記録に残っています。どの国も同じで、世界中が地獄絵図と化したそうです……」


 軍隊だけでなく、民間人の被害も相当だった事が伺える。

 

「そこに現れたのが、ヘレボルス帝国の貴族だった、ハーベルという青年でした。3人の仲間を伴って魔王に挑み、自らの命を犠牲にして魔王を倒したとされています」


「相討ち……ということか」


「3人の仲間も帰らぬ人になったので、4人全員が命を捧げて戦ったと言われています。その功績を称えて、ハーベルに『勇者』の称号が与えられた経緯があります」


「その勇者のおかげで、平和になったんだね」

「いえ……魔王は消えましたが、魔物の凶暴化はそのままで、200年経った今でも続いています」


「今も? 魔王が原因で凶暴化したなら、魔王が消えたらそれも収まるんじゃないの?」


「その通りです。なので、魔王は死んでいなかったというのが定説でした。そして2年前、アストランティア王女が未来視の魔法で、魔王復活の未来を視てからは、その定説は確定となりました」


「魔王は生きていた……でも、どうやって? 勇者が倒したんじゃないのか?」

「追い詰めたのは間違いないと思いますが、おそらく魔王は魔界に逃れたのだと推測されています」


「魔界?」

 また分からない固有名詞が出て来た。


「魔物の世界で、この世界とは異なるもう一つの世界とされています。神話では、かつてはこの人間界と魔界は一つの世界だったそうで、太古の昔に二つに分かれたそうです。この人間界に居る魔物は、すべて偶発的に魔界からやって来たものだと言われています」


「それじゃあ、魔王も魔界で生まれて、200年前に何かのはずみでこの世界に来たって事? それで瀕死になって、また魔界に逃げたと?」


「その可能性が最も高いです。そして200年間で少しずつ回復して復活を果たし、再び人間界にやって来る。王女の予言によると、2年後から3年後の間に現れるとされています。予言があったのが2年前、つまりあと1年以内に魔王は復活してしまう。もしかしたら、明日復活してもおかしくありません」


「それは……切羽詰まった状況だな……」 


「魔王の脅威は本体だけでなく、世界中の魔物が凶暴化する事です。今回の復活で、さらに凶暴化が進むかもしれません。それに、魔王が人間界に襲来する際に、魔界との道が出来て、一緒に多くの魔物が現れる可能性もあります。事実、この2年間で人間界の魔物の数が大幅に増えました。魔王がこちらに来ようとしている影響だと思われます」


「魔王が復活する事は、人間にとって厄災みたいなものなんだな」

「そうです……もう魔物による被害や悲劇が、生まれて欲しくありません……私がそうだったので」


「え?」


「私の両親は、私が7歳の時に魔物に殺されたんです。その時、強く魔物を憎みました。歳を重ねるにつれて、魔物が人間を襲うのは魔王のせいだと知ると、魔王を心底憎むようになりました」

 

 テレスの綺麗な顔に、憎しみの感情が浮かぶのは、見ていて痛々しい気持ちになる。

 

「このエーレルの街には、魔物を討伐するギルドがあります、私もギルドに入って魔物と戦い、両親の仇を討ちたいと願っていました。でも、当時の私は魔法が使えず、現在でも戦闘系の魔法は使えないままです。私には魔物と戦う適性が無かった……とても落胆して、大きな挫折感を味わいました」


「でも……亡くなったご両親は、きっと復讐よりも、テレスが無事に生きて、元気に育ってくれることを願うんじゃないかな」 

「……周りの大人もそう言ってくれました。それは、分かっています……でも割り切れないんです。どうしても、気持ちの収まりが付きませんでした」


 やり切れない心情が、声や表情から伝わってくる。


「それでも、自分なりに折り合いをつけて生きていました。縁あって、昨年までは、このエーレルの街の領主様であるカルナバーグ家のメイドとして働いていました」


「メイドさんをしてたのか。通りで礼儀正しくて、所作が綺麗だと思った」

 妙に納得がいった為か、自然と素直な感想を口にしていた。


「ありがとうございます……。そうしてメイドをしていた時に、憎き魔王が復活すると聞いて、激情が巻き起こり、戦うことが出来ないながらも、それでも魔王と戦う意志を込めて、勇者センスを生み出しました……今から2年前、私が15歳の時の話です」


 ということは、今17歳か……やっぱり、印象通り若いな。

 それに、行き場のない感情を、創作にぶつけるのはよくある話だ。

  

「その小説が、今は世界中で読まれているベストセラーなんですから不思議な感覚です」


「……ベストセラー?」


 あれ? テレスが書いた小説の主人公……としか聞いてなかったけど。


「あの……テレスが書いた小説って、この世界でベストセラーなの?」


「はい、言ってませんでしたっけ? 勇者センスは世界的に有名なんです。今日も昼間に大きな賞を貰って、分野を問わず功績を上げた人に贈られる賞なんですけど、王都からも取材が来て……」


 天才か、この子。

『特報・目の前の人、天才少女だった』というニュースの見出しが脳内に浮かぶ。

 いや、冗談ではなく、テレスってこの世界で相当な有名人という事になる。


 そんな、有名な小説の主人公って……つまり、今の俺も相当な有名人という事になる。


 しかも、フィクションから出て来てるという超常現象の存在だから、そんなレベルじゃないかもしれない。

 それくらい、今の自分の状況は特異なものだと認識する。

 なんだか、目まいがして来た。


「ごめん、そんなに有名だったんだ……テレスも、勇者センスも。そりゃ、知らなくて驚くわけだ」

「いえ、そんなことないです! それにヒットしたのは、時流に乗ったからで、運とめぐり合わせが良かったからに過ぎません」


「えーと、どういう事?」

 なんせ、さっきこの世界に来たばかりなので、時流がよく分からない立場だった。


「私の両親と出版商会で同僚だったロードンさんが、独立してアルス書房を立ち上げたので、その伝手で出版してもらえる事になったし、メイドをしていた領主のカルナバーグ家が後押ししてくれて、この街で知名度が上がった事がヒットのきっかけになったし、魔王復活の恐怖が世界を支配する中で、勇者を待望する空気に勇者センスが上手くマッチしたのもあるし、200年前の勇者ハーベルは他国の人なので、世界一の大国であるこのアストランティア王国から勇者を出したいという機運があったのも関係してると思います」


「はー、本当に色んな情勢や要因があったんだね」


「だから、自分の実力で売れたとは一切思っていません。それに、いくらヒットしたり賞を貰っても、魔王の復活は止められません。所詮は現実逃避と自己満足にしかならない……分かっていた事ですけど、意味が無いと実感していました。それもあって、作中での魔王との戦いを前に、ペンが止まってしまって書けなくなっていたんです」


 そうか……小説を書いたのはあくまで、魔王への憎しみや魔物と戦えない挫折があったのと、形は違っても魔王と戦う意志を示すためのもの。

 現実の魔王復活を前に、それは無力だと悟ってしまったということか。 


「でも、今日……それが全てひっくり返りました。センスが本当に現れたことで、私がやってきたことは無駄じゃなかったって、震えるほど嬉しくて興奮しました。今も、とても興奮しています」 


 キラキラした瞳と希望に満ちた笑顔を向けられて、中身が違う事に申し訳ない気持ちになる。

 そのまま、テレスは嬉しそうに本棚から本を2冊取り出すと、テーブルの上に置いた。 

  

「この本が『勇者センスの伝説』です。2巻まで出ていて全3巻の予定です」 

「これが……」


 表紙には、水彩画タッチの風景が描かれていて、その風景の中に勇者センスと思われる人物が描かれている。

 今、俺が着ている服やマントと同じものを纏っていた。


 表紙をめくると、センスの顔と思われる肖像画が載っている。

 挿絵やイメージイラストだろうか……とてつもなくカッコイイ。


「この絵の顔が、勇者センスなの?」

「そうです。ほら、似てるでしょう?」

 

 そう言いながら、テレスは手鏡をこちらに向けた。


「え? これが今の俺の顔? 勇者センス……いくらなんでも、格好良過ぎないか?」


 そこに映る顔は、確かに肖像画とそっくりの現実とは思えないイケメンだった。

 この顔とこの服装で剣を持っていれば、テレスが勇者センスだと思うわけだ。

 

「センスの外見に関しては、私じゃなくて絵師の意向が強く反映されてるんです。私は容姿に関心が無いので何でも良かったんですけど、絵師がそれじゃダメだと。人気が出るためには、こうするべきだと言って描いたのが今のセンスなんです」


「確かに、容姿が良いに越したことはない……」


 俺が居た世界でもそうだったし、個人的には、その容姿で辛い思いをしてきた経験がある。


「読者からは、絵がとても好評なので、絵師の言う通りだったなと実感しています。デザイン全体を含めて、人気があるんです。だから、ヒットは絵のおかげも多分にあります」


 確かに改めて見ると、顔だけではなく 身体中が精錬されてる気がする。

 手もセクシーな男って感じだし、上着をめくると腹筋が割れている。

 腕も足も鍛えられた肉体をしていて、細マッチョというやつだ。

 あれだけの身体能力があるなら、当たり前かもしれないけど、やはり見栄えのする肉体だ。

   

 センスの身体のボディチェックをしていると、テレスが笑っているのに気づいた。


「すみません。絶対にセンスなら、そんなことしないなって思って、可笑しくなっちゃいました」


 それはそうだ。人前で、しかも年頃の女の子の前で、普通は服をはだけさせない。

 まして勇者センスなら……いやそもそも、勇者センスがどんな人物なのか知らない。

 読んだ事がないんだから、当たり前だ。

 

 センスのキャラクター像や小説の内容は、さっきから気になっていたので本を開いて目を通してみる。

 当たり前だが、文字がびっしりだ。

 俺は速読派ではなく熟読派で、人前ではなく一人の空間で落ち着いて読む派だ。


 しかも、今は作者が目の前に居るという状況ゆえに、全く落ち付がずに目が滑ってしまう。

 この本は、ぜひじっくりと、大切に読みたいというのが本音だった。


 何より、まだ話が終わってない。


「本は、落ち着いたらゆっくり読ませてもらうよ。まだ、俺の話をしてないからな」

「はい。ぜひ、センスケさんの事を聞かせてください」


 真剣な眼差しを向けられる。

 自分の著書の勇者に入っている人物が何者なのか。

 それを知りたいと、訴えているようだった。


 その想いに応えるべく話し始めた。


読んでいただき、ありがとうございました。

良かったという方、続きが気になるという方は、よろしければ、☆☆☆☆☆評価とブックマークをしていただけると執筆の励みになりますので、どうぞよろしくお願い致します。

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