2話 初めての魔法と隠れ家へ
燃え上がる自宅を、テレスは歯を食いしばって睨んでいた。
その表情からは、ショックよりも怒りの感情が強く見て取れた。
心中は計り知れないが、とにかく今は火を消すことが先決だ。
「早く消防を呼ばないと!」
そう訴えると、テレスは思い出したように、真剣な顔でこちらを見た。
「勇者センスなら魔法が使えます。水を出して、火を消してもらえませんか?」
「え!? 魔法なんて、どうやって!?……呪文とか唱えるの?」
急な無茶振りに動揺してしまう。
「……魔法は、使う人の想像力と表現方法で、効果が変わります。水を出す魔法も、飲水目的で湧水のように出すものから、一気に水圧で破壊するものまで様々です。用途に合わせて想像して、それを現実に表現する想いの強さが必要になります」
「えーと……単純な話、想像して強く願うだけでいいってこと?」
「はい、だからこそ魔法は資質と才能が必要になります。想像力や表現力を鍛える努力によって効果や威力が上がりますが、資質が無ければ魔法を使う事さえ出来ません」
テレスの小説の中の勇者センスは、その魔法を使える。
今の俺は、その勇者センスだから可能というわけか。
上手いくか分からないけど、早くこの火を消したい。
言われた通り、やってみる。
想像……どんな水を出す?
大量の水ですぐに消火したいけど、そんなことしたら家が壊れてしまう。
これだけ燃えてたら、もう全焼は免れないけど、少しでもダメージを減らしたい。
それには、やっぱり雨のように水を降らすのが最適だと思う。
でも、水量が少なければ、文字通り焼け石に水だ。
想像しろ、この火を消す雨を。
実現しろ、この火を消す雨よ。
「降れっ!」
燃え盛る炎の真上から、雨のように水の粒が落ち始める。
もっとだ。水量を調整して、コントロールしろ。
「家を助ける水を出せ!!」
水で家を破壊することなく、確実に火が消えていく。
本当に魔法が使えた。上手くいってホッとする。
テレスも喜んでいて、感激している様子だった。
「凄い……! ありがとうございます……あなたは、本当に勇者センスです……!」
希望に満ちた眩しい笑顔を向けられても、どうにも困ってしまう。
「いや……だから、俺はセンスじゃなくてセンスケで……」
「はい! センスケさんなら、センスになれます!」
「はい? 何を言って……」
言葉の意図を聞こうとすると、また思い出したように、テレスは口の前で人差し指を立る。
「ここから離れましょう。敵から離れないと」
「敵……?」
「私は、魔物の攻撃で家から吹き飛ばされたんです。……その後に、魔物が家に火をつけてこちらに来たのか。その魔物を呼び出した人間が火をつけたのかは分かりませんが、いずれにしても、あの魔物を呼び出した人間がいて、まだこちらを窺っているはずです」
「なんでテレスを襲ったり、家を焼いたりするんだ? 無茶苦茶じゃないか」
「私を殺して『勇者センスの伝説』を未完にする為と、家を焼いたのは原稿を燃やす為だと考えられます」
「そんな……!?」
そこまでするのか? そんな理由で、こんなに理不尽な目に遭うなんて……。
冷静に見えるけど、テレスの精神状態が心配になる。
「とにかく、敵から身を隠しましょう。索敵や探知の魔法に引っ掛からない、隠密の魔法を勇者センスは使えます」
「そんな事出来るの? まるで忍者だな……気配を消すとかそういう類の魔法ってこと?」
「そうです、敵の魔法で捕捉されなくなるので、見つからず移動出来ます」
存在感を消す事は、なぜか得意だ。早速実行に移す。
想像する……誰にも見られない、気にされない、意識に入らない自分を――。
「ここ居るのに……そこには居ない」
自虐のような言葉と共に、スッと身体が影が覆うように暗くなった。
夜の中だと、余計消えたように見える。
「成功です! 隠密魔法は使用者と触れ合えば連動されるので、手に触れれば私にもかかるはずです」
そう言って、テレスは右手を差し出す。
「うっ……」
しかし、その手に触れることに躊躇してしまう。
テレスは10代くらいなので、不意に自分が10代の時に、学祭のフォークダンスのオクラホマミキサーで、手を繋ぐのを嫌がられた記憶が蘇る。
心底辛くて、周りの視線も痛かった。
何もしていないのに、悪者になり心に傷を負った中学時代。
死んでまで思い出すほど、10代の頃は何かとトラウマが多い。
今思えば、些細な事でも重大事に感じていた多感な時期だった。
テレスは、現在進行形で多感な時期に、俺とは比べ物にならない大変な事態に遭遇してるんだと身に染みた。
「あの、どうしました?」
「いや、大丈夫……」
感慨に耽ってる場合じゃない。やる事やらないと。
その手に触れると、テレスにも隠密魔法が発動する。
とりあえず一安心だ。
それにしても、手に触れても相手が嫌がらないのは、とても安心するものだと実感する。
「あったかい……ちゃんと体温がある。作り物じゃない。本当に人間なんですね……センスは」
実体を確かめるように、センスの手を握りながら、テレスが微笑んでいた。
「……この身体が、人間としてここに存在するのは間違いない。この身体になってる俺が保証するよ」
そう伝えると、テレスは意志の籠った視線をこちらに向けた。
「行きましょう。隠れ家があるんです。小さいですけど、あそこなら敵も知らないし、入って来れません」
ちょうど月が陰り、その暗闇も利用して、慎重に歩いて行く。
敵は魔法でこちらを探知していて、視認はしていないだろうから、隠密魔法が成功した時点でもう撒いているらしいが、念のために視界からも見失ってくれるように隠れながら移動した。
「着きました、ここです」
「え? 何もないけど……」
「魔法で隠してあるんです。結界魔法の一種で、魔法をかけた私しか入る事が出来ません」
そう言いながら、テレスは繋いだ手を強く握る。
「でも、私に触れていれば連動して入れるという訳です」
何もない空間に手をかけると、ドアが開くように室内が見えて、そこに入ることが出来た。
「狭いですけど、どうぞ座ってください」
中は本当に小部屋だけど、木製のテーブルとイスがあり、本棚には色んな種類の本が並べられていて、居心地の良い空間だった。
「すごい魔法だね。外から見えなくて、本人と一緒じゃなきゃ入れないって、本当に隠れ家だ」
「狭い範囲しか無理なので、こんな小さな小屋しか隠せなかったんですけど、ここなら落ち着いて話しが出来ると思います」
テレスは、棚からペンとメモ用紙を取り出すと、『熱』と書いてテーブルの上に置いた。
文字が読めるのは、この世界の小説の人物になっているからだろうか。
さらに、銀色の筒のようなものを取り出す。
「ミルクタンクです。昨日ここに持って来てたんです。これに入れておけば、5日は新鮮なミルクを飲めるんですよ」
そのミルクタンクから、銀色のミルクポットに注ぎ、ポットを紙の上に置いた。
しばらくすると、ポットから湯気が出始める。
「これって、温めてるの?」
「そうです。私の場合、センスみたいな一般的な魔法の使い方では効果が薄いんです。紙に文字を書く事で、魔法を発動させる方法が一番効果的だったので、こういう使い方をしています」
「へー、凄い……なんだか、魔法使いって感じがするな」
「えー? 普通は逆ですよ。このやり方はかなり変則的なので、私は普通の使い方に憧れます」
「この部屋を隠してる魔法も、紙でやってるの?」
「はい、この小屋の壁に『目隠結界』と書いて張ってあります」
ポットの下に敷いた紙が、光の粒になって消えると、熱くなったミルクポットから、2つカップにホットミルクが注がれる。
「良かったらどうぞ」
「ありがとう。いただきます……」
一口飲むと、濃厚かつ癖のないミルクの味と優しい甘さが、熱さと共に体中に染み渡るようだった。
こんなに美味しいホットミルクを飲んだのは、生まれて初めてだ。
「ああ……美味しい……。身体も心も癒される……」
「良かった、お口に合って……このホットミルク、私の好物なんです。飲むと落ち着いて、自分の時間を取り戻せる感じがするんです」
穏やかな表情と口調で、カップのホットミルクを飲む姿は、幸せそうで上品な印象を受けた。
「今日は、昼間だけでも色々あったのに、夜も目まぐるしくて……間違いなく人生で一番大変な日でした」
深い息を吐く、その様子から、本当に色々あった事が伺えた
俺が知るだけでも、怪物に襲われて、自分の小説の勇者が現れて、家が燃えて……大変な目に遭ってる。
「それで言うなら俺も、今日は間違いなく人生で一番大変な日だったな……」
なにせ死んだうえに、別人になってるんだから訳が分からない。
しかも、この子が書いた小説の人物とは、いまだに信じられない気持ちだ。
テレスは、カップをテーブルに置くと、真剣な目で見つめて来る。
「センス……ではなくて、センスケさん。お互いの事を話し合いたいです。あなたは、魔物すら知らないようなので、まずは私からお話しします。よろしいですか?」
「もちろん、俺も情報交換がしたい。お願いします」
何がどうなって、この子の書いた小説の主人公になってるのか、ぜひ把握したかった。
狭い隠れ家で、テレスの話に耳を傾ける。
読んでいただき、ありがとうございました。
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