20話 ダンジョンへの招待
雑誌取材に伴う魔物討伐が続く中、クロメルから声を掛けられた。
「センス殿は、あの魔物を倒すのに少々手こずるようだね」
クロメルの指摘通り、蝶の形で、羽が青い炎になっている魔物にさっきから苦戦していた。
ダンジョンで遭遇した、コウモリの魔物を小さくした感じだ。
不思議な動きで、剣での攻撃が当たらず、相手は火なので水魔法で攻撃するが、それも避けられる。
他の魔物は、ほぼノータイムで効率よく倒せる中、あの魔物だけは倒すのに苦慮していた。
「あれは、水をぶつけたり、かけたりするより、周りに発生させて覆った方が確実だ」
コウモリの魔物を火で燃やしたように、蝶に対して直接水を発生させたが、それも避けられて水はそのまま地面に落ちるだけだった。
なので避けられないように、回避できない範囲に上から大量の水を落とすことで倒していた。
でも、それだと効率が悪いのも感じていた。
「君は、目がいいから出来るはずだ。目で捉えて、イメージで捕まえればいい。水を当てるのではなく、水で周りを包む感覚だ」
言われた通りに、青い炎の蝶を周りから包むように、水の球体に閉じ込めると、青い火が消えて、魔物は消失していく。
「出来た!」
「これを初見で瞬時に判断し、実行できるようになることが理想です。対応が一手遅れるだけで、致命的事態になりかねない……それが、魔物との戦いだ。強い魔物との戦闘は、特にこの洞察力と柔軟な対応力が必要になる」
確かにそうだ、手こずるほど自分も周りも、危険度が増す事になる。
「攻略法が分かってるから、それ通りにやるのは簡単だが、慣れてしまうと対処不明な魔物と対峙した時、思考と行動の遅れが生じてしまう。なので、簡単な魔物との戦闘でも、洞察力と対応力を向上させることを意識しながら戦うだけでも、それが磨かれて新たな攻略法が見つかる場合もある」
「……その通りだと思います。その意識が欠けていたかもしれない」
テレスの指示通りにするだけで、自分の頭で考えて戦うという意識が薄かった。
どうせ自分は素人だからと、心のどこかで考えていた。
「君は、本の中しか経験していない。そしてあの世界は、全て上手く行くように出来ている。テレスの願望の世界だからね。だが、ここは違う。いつ、最悪の事態になるか分からない。君はテレスの願いを背負って、そして世界の希望を背負う立場になろうとしている。そのための取材で、勇者センスを世界に発信するのだからね。厳しく聞こえるかもしれないが、それを自覚してこれから頑張って欲しい。もちろん、私に出来る事があれば言ってくれ。協力は惜しまないよ」
「ありがとうございます。僕はまだまだ、この世界の経験の浅い身だ……その意識が足りなかったかもしれない。目が覚めた思いです。もっともっと精進し、本の中より強い存在になります」
クロメルの言う事はもっともだ。
センスならもっと、向上心と探求心があるはず。
早い段階で、指摘してもらえて助かった。
本の中から、出て来たゆえの事だと思ってくれたみたいだし……。
何より、テレスとセンスの事を思ってくれてるのが伝わって来る。
頑張らないと……。
それにしても、テレスが言っていた通り思慮深い人だ。
元S級2位……魔物との戦闘経験が段違いなのも想像出来る。
とにかく、バレるのを恐れなければ、味方なのは間違いない。
敵は魔物だ、集中していくぞ……!
◇◇
「かっこいいー……目と脳が幸せー」
メリーナさんは、馬車での一件から、かなりセンスに熱を入れてるみたいだった。
マーナのように、以前からこんな感じではなかったので、実際に会って夢中になったパターンらしい。
「テレス先生は、昨日からずっと一緒に居るんでしょ? よく平気でいられるねー。私もう興奮してダメ」
「私も昨日からずっと興奮してますよ。今でもしてます」
「うそだー。そんな冷静でいられないよー」
「ホントですよ。勇者センスが、実際に魔物を倒してるんですよ。大興奮です!」
「……私の興奮とは違うってわけね」
ガクっと項垂れると、ガバッと頭を上げて、瞳を輝かせて訴える。
「でも、本っ当にテレス先生には感謝! センスは恋愛しないって設定にしてくれたおかげで、誰のものにもならないから安心して推せる!」
その言葉に、マーナも飛んで来て同意する。
「それはそう! 『恋愛要素は入れるべき』って、私の意見を突っぱねてくれてマジ感謝! それと、センスは妖精好きって設定にしてくれた、メリーナさんにもマジ感謝!」
「あの時は、まさか本当に妖精が現れるなんて、夢にも思ってなかったけどねー。でも、好きって言ってもラブじゃないし平気だもん!」
「やれやれ、魔物の森の中とは思えない会話だな。よし、記録はこれくらいでいいだろう」
ロードンさんが呆れながら合図をすると、センスとクロメルさんが戻って来る。
◇◇
「お疲れさん。おかげさんで良いのが撮れたよ」
「ありがとうございます」
魔物との戦いに集中していたので、撮られてるという意識が無かったけど、無事雑誌用の撮影は済んだようだ。
すると、ロードンがおもむろに尋ねて来た。
「戦ってるセンスを見て思ったんだけど、やっぱりセンスは魔技はないのか?」
みんなの視線がセンス……つまり俺に集まった。
魔技……簡単に言うと、魔法による必殺技。略して魔技。
一撃必殺の魔法で、魔物に必ず致命傷を与える奥義。
本の中では、ギルドのS級とA級は、全員この魔技を持っていた。
現実では、A級1位のガルフィアが魔法を使えないので持ってないだろうけど、他の皆は魔技を持ってるはずだ。
そして、センスには魔技がなかった。
本を読んだ時の印象だと、センスは剣と魔法を武器に戦う際、確かに必殺技はなく、それでも勝つため気にしていなかったけど、ギルドが登場してS級とA級の戦いのシーンで、魔技が使われることで知ることになった。
その後も読み進めるにつれて、たぶんセンスの魔技は、魔王との戦いでお披露目するんだろうと思った。
でも魔王戦前に、話しが止まってしまったので、結局センスの魔技は未登場のままだった。
『これってどう答えればいい?』
『実は、センスの魔技は私も考えてないんです』
『はい!? 主人公の必殺技なんだから、大事なはずじゃ』
『だからこそ、良いのが思い浮かばないというか……その魔技で魔王を倒す予定だったんですけど、魔王との戦いがまず不透明だったので……』
『なら、しょうがないな』
「魔技と呼べるものはないです。無理に作るものではないと思うので、いつか自然に生まれたるものだと考えます」
「センス様は、魔技が無くても強いですからね! 逆にすごいです!」
「なるほど、テレスの中ではあるのか?」
「……いえ」
「そうだと思った。じゃあ、センスの魔技はセンス自身が作っていくという事か」
「ぜひ、魔王を倒せるようなものを期待しているよ」
『すみません、私もちゃんと考えますから』
『ありがとう、俺もテレスに頼りっぱなしじゃなくて考えるようにするよ』
取材が終わって、みんなで帰ろうと魔物の森を出ると、石造りの大きな部屋にいた。
「は?」
「なに!?」
「どういう事!?」
突然の事にパニックになりかけるが、これは昨日も経験してる。
「ダンジョンに飛ばされた……!」
また魔王代行ディレイの仕業だと瞬時に察して、冷静に努めて辺りを見回す。
昨夜の洞窟ではなく、遺跡のような場所に居る。
かなり広い空間の石で出来た部屋だ。
驚いたのが、ここにいるのが俺とロードンとメリーナの3人だけだった事。
「他のみんなは?」
「分かんない……だって、森を出たと思ったら、ここにいるんだもん」
「これは、意図的にバラバラにされたと思った方がいい」
「例の魔王代行か……。昨日今日で動きが活発だな」
「狙いはきっと僕だ。巻き込んで申し訳ありません」
「いや、勇者センスを取り上げて特集するんだ。危険は覚悟の上さ」
『テレス! 聞こえるか?』
……ダメだ、返事がない。魔法が遮断されてるみたいだな。
とにかくここを出て、みんなと合流しないと。
そう思ったその時、全身に悪寒が走った。
反射的に、2人の周りに防御魔法でドーム型の壁を作り、自分にもシールドを張りながら探索魔法を展開する。
俺の真下! そう思った瞬間、地面から岩の手のひらが出現し、俺を握りつぶそうと襲って来る。
「2人はそこを、絶対に動かないでください!!」
剣を抜いて応戦すると、岩の手はスパッと切れて崩れいった。
しかし、新たな岩の手が次々と襲って来る。
剣だけでは対処しきれないと判断して、魔法も並行して使用する事を考える。
岩を砕く属性が瞬時には思いつかず、とにかく衝撃を与えれば壊れると想像して、衝撃魔法を繰り出す。
「砕けろ!!」
視界に入った岩の手を破壊する事に成功して、衝撃魔法を剣に乗せて振り払うと岩の手を一掃出来た。
しかし切っても破壊しても、次々と壁、床、天井から手が出て来る。
こちら目掛けて、無数に手が伸びて来る。
さっきから索敵魔法も使用してるが、手の反応でごちゃごちゃと目まぐるしい。
埒が明かない……冷静になって、考えろ。
この部屋の大きさ。俺を捕まえたいなら、もっと小さい部屋にした方がいいはず。
こんなに広いのでは仕留めにくい。現に対処出来てる。
この空間に、俺を入れたのは敵の方だ。都合がいいから、ここを選んだはず。
狭い部屋では、デメリットがあるということ。
つまり――。索敵ではなく、全方位の壁を解析魔法で探る。
……見つけた! やっぱり壁の中に本体がいる。
その本体目掛けて突進するが、壁の中を素早く移動して、360度縦横無尽に動き回っている。
アルス書房の2人がいる場所は、床も含めてシールドを展開してるから、その中に入られないのは幸いだ。
だが、あのすばしっこい本体を、この広い空間で、無限に湧く岩の手を捌きながら、ピンポイントで攻撃を当てるなんて至難の業だ。
それなら――。
その瞬間、地面と天井から挟み撃ちの岩の手が出現する。
大きい、広い、速い! 巨大な岩の手に乗りながら、これは逃げ切れないと悟る。
「センス!!」
メリーナの叫び声が響いたと同時に、俺も叫ぶ。
「全方位衝撃波」
挟もうとしていた巨大な手が粉々に砕けて、部屋の壁すべてに衝撃波が伝わった事で、本体が動きを止めた。
「今だ!!」
足を強化して、本体に跳躍し、壁に剣を突き刺す。
壁から黒い煙が上がり、無事に倒すことが出来た。
この場合、全方位に攻撃を当てる方が早い。
出来るか確証はなかったけど、上手くいって良かった。
壁には、出入口の扉が出現していた。
アルス書房の2人も無事で安心する。
「センス最高! 凄かった!!」
「魔法のパワーが桁違いだ……またいい写真が取れたよ!」
安堵すると共に、他のみんながどうなったのか不安がよぎる。
無事を祈りながら、2人の労いに応えた。