1話 その勇者に転生したアラフォー
「人に優しくね。困ってる人を助けられるような、心優しい人になるんだよ」
「うん! ぼく、おばあちゃんみたいになりたい!」
はっ! と気づくと、窓の外が真っ暗な電車の中にいる。
うっかり寝ちまった。駅は過ぎてないのでホッとする。
電車で寝落ちなんて、残業続きで相当疲れが溜まってるな。
項垂れて、今見た夢のことを思い出す。
祖母の夢見るなんていつ振りだろう……。
◇
俺を育ててくれた祖母は、『人に優しく』『困っている人を助けなさい』とよく言っていた。
実際にとても優しくて、頼りになるおばあちゃんが大好きで、尊敬していた。
子供ながら、自分もそうなりたいと思ったものだ。
自分がしてもらって、嬉しかった事を誰かにしていきたい。
でも、容姿が良くなく、身体も気も貧弱な俺には、無理な話だと子供ながら思い知った。
教室の中で、目立たない……いや、目立ってはいけないモブであり、誰も俺の優しさや助けなんて必要としてない。
「価値が無くて、どうでもいい奴から優しくされても嬉しくない。むしろキモイ」
面と向かって、そう言われた事もある。
「人様を大事にすれば、人様もお前を大事にしてくれるはずだよ」
きっと祖母は、他人に優しくなれば、他人も俺に優しくになると願って、そう教えてくれたんだと思う。
まさに『情けは人の為ならず』のことわざの通り、孤独な立場の孫の為に、その生き方を提示してくれたのかもしれない。
でも、優しさは返って来なかった……それとは、真逆のものが返って来た。
それでも……おばあちゃんのように、人に優しくありたい、困ってる人を助けたい。
あの日……そう、生きることに決めた。
「社はお人好し過ぎ! 損してばっかりじゃねえか」
「社君くらい良い人なら、いつか絶対に素敵な人が現れるよ!」
そんな事を言われながら、あっという間に40歳になった。
もう少し、良い事あってもいいんじゃないかと思う反面、40まで社会人としてちゃんと生きて来れたんだから、いいじゃないかと思う事もある。
正解かなんて分からないまま、漠然と同じ毎日を繰り返していた。
◇
住んでいる小さなマンションまでは、駅から歩いて15分程で、5分も行けば人通りが無い狭くて暗い道が続く。
その道を歩いていると、突然人にぶつかった。
「すみません」
前は見てたつもりだったけど、疲れていてボーっとしていたのかもしれない。
あれ? お腹が痛い。
視線を落とすと、自分の腹部に刃物が刺さってる。
その刃物を、真っ黒な格好をした人物が握っていた。
「なっ……!?」
なんで? どうして? 通り魔? 無差別殺人? こんな時間に? こんな場所で?
パニックになりながら、事態を飲み込もうする。
しかし次の瞬間、刃物が引き抜かれて、おびただしい血が流れ出る。
傷口を手で覆いながら膝を付いて倒れて、動けなくなった。
犯人は逃げる気配がない。まだそこに居る。
もしかして、故意に俺を狙ったのか?
嘘だろ……! 何もない人生だったけど、人に恨まれる覚えは本当にないぞ。
それだけは、誓って言える。
なのに……訳も分からず、終わろうとしてる。
ああ……でも……天国に行けるような人生だったはずだ……。
「……おばあちゃん……会いに行くよ」
祖母が天国に旅立った日。
俺には難しいと思い知りながらも、おばあちゃんのように生きようと決めた。
天国で再会した時に、胸を張れるように、喜んでもらえるようにって。
でも……最期は人に殺されたなんて知ったら、きっと悲しむだろうな。
視界が滲んで、涙が止めどなく流れる。
ああ……どうせ死ぬなら、誰かを助けて死にたかった。
人を助けるために……。
◇◇◇◇
「センス……!!!!」
誰かに呼ばれた、と思った瞬間……林の中に居た。
なんだ? どこだ? 何でこんな所に?
さっき死んだはずなのに、お腹の傷が消えてる。
というか見た事ない服を着て、手には俺を殺した刃物よりずっと大きな……まるで剣にしか見えない物を持ってる。
なのに、重さをあまり感じない。
それにどういう訳か、メガネをかけてないのに目が良く見える。
その良好な視界の先に、怪物としか思えない何かが、こっちの方に近づいて来るのが見えた。
なんだあれは!?
天国というには、あまりにも不自然な場所だ。
もしかして、地獄に落ちたのか?
何が何だか分からずに呆然としていると、背後から声が聞こえた。
「……まさか……勇者センス……なの?」
振り返ると、知らない女の子がいた。
歳は高校生くらいか? 長い黒髪の綺麗な子だった。
「ここはどこ? あなたは誰?」
素朴な疑問を投げかけると、女の子は大きく目を見開いて、驚いてるみたいだった。
「あなた……勇者センスじゃないんですか?」
「勇者? センス? 何を言って……」
「!? 危ない!!」
女の子の表情と声に驚いて、再度振り返ると怪物が大きく振りかぶっていた。
防衛本能が働いたのか、咄嗟に持っていた剣で防ぐと、振り下ろされた怪物の棍棒が真っ二つに切れた。
あんな当たったら痛そうなごつい武器が、豆腐みたいに切れるなんて凄まじい切れ味だ。
しかし、そんな事はお構いなしに、怪物が素手で殴り掛かってくる。
後ろに女の子が居るから避けられないと、また咄嗟に剣でガードする。
すると、怪物の拳が砕けて、腕がひん曲がった。
それでもノーダメージだと言わんばかりに、容赦なく襲い掛かってくる怪物の行動に戦慄して、堪らず『倒す』という意志を持って思い切り剣を振る。
今度は怪物が真っ二つになり、黒い煙になって消失した。
剣なんて、剣道もまともにやった事ないのに、あんな怪物をスパっと切れるなんて、持っているこの剣が普通じゃない事が伺える。
とりあえず腰にある鞘に剣を収めると、恍惚としたような声が聞こえた。
「凄い……本物だ。その力……絶対に勇者センスだ」
女の子は、さっきまでの恐怖と驚愕の表情から、高揚と歓喜の表情に変わっていた。
「あの……あれ? なんか俺、声が違うな。えーと、改めて聞くけど、ここはどこで、あなたは誰? さっきの怪物は一体何なんだ? それと、さっきから言ってる勇者センスって……何?」
意味が分からないこの状況を知りたくて、改めて女の子に質問すると、またみるみる表情が変わっていく。
なんというか、表情豊かな子だ。
「そんな……! 見た目と強さは、間違いなく勇者センスなのに……あなた何者なんですか?」
そうだ、自己紹介がまだだった。
「えっと、俺は社千助っていって……」
「センス……ケ?」
自己紹介の途中で、食い気味にカットインされる。
何だか、ショックを受けている様子が見て取れた。
「ケ? ……ケって何ですか?」
「えーと、『スケ』ね。助けるって字で、千の人を助けるって意味なんだ。たくさんの人を助けるような人になって欲しいっていう、願いが込められた名前で……俺のおばあちゃんが名付けてくれたんだよ」
そう言うと、女の子は深刻な顔をして、しばらく押し黙ってしまった。
「……本当に、センスとは別人なんですね。……私はテレスフィア・ミルティスと申します。テレスで構いません。勇者センスと言うのは、私が書いた小説の主人公で、今のあなたは、センスそのものなんです。私はさっきの魔物に襲われて、あなたが現れなければ死んでいました。改めて……助けていただき、ありがとうございました」
「え? 小説の主人公? 俺が? その勇者センスになってるの?」
突拍子もない話に面食らう。
でも、その表情や態度から、この子が嘘を言っているとは思えなかった。
実際に、さっき魔物とかいう怪物を倒せた。
それで結果的に、この子の命を救えている……。
そもそも、天国か地獄かは知らないけど、ここが今までとは別の世界なのは間違いないと思った。
そこで、全くの別人になってる。
なぜか、俺の意識や記憶はそのままで……。
なんだか、ますます信じられない事態になった。
とにかく、このテレスという子の話を聞かなければと思った。
それは彼女も同じ考えのようで、急かすように訴えて来る。
「とにかく、あなたと話したい事がたくさんあります。いったん家に……」
彼女の言葉が止まり、視線の先を見てみると、赤い炎が上がっているのが分かる。
「……!?」
突然テレスが走り出して、戸惑いながら後に付いていく。
それで驚く。
身体が異様に軽い。そして、足が速い。
前を走るテレスが、歩いてると感じるくらいに。
俺は昔から身体が弱くて、体力や運動神経は無いに等しかった。
それなのに……剣が軽い事といい、身体能力が並外れている。
視力の事も含めて、本当に今の自分は以前とは別人になっている事を実感した。
だんだん炎が近づいて来て、立ち止まったテレスの前で、家が激しく燃えていた。
「これは、まさか……」
「……私の……家です」
読んでいただき、ありがとうございました。
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