17話 密着取材と魔物退治
クロメルが馬に騎乗して、馬車の中では勇者センスのインタビューが行われることになった。
「改めまして、アルス書房のロードンだ。こうして会えて光栄に思う。テレスを助けてもらった事は、感謝し尽せないくらいだ。テレスとセンスには、ここまでアルス書房を大きくしてもらった恩がある。それに報いれるような素晴らしい記事にしたいと思う。センスを世界に発信する大役を全うしたい」
「こちらこそ、僕が居た本を世界に届けてくれている事に感謝します。こうして本から出て来た僕を、さらに世界に伝えてもらえる事を誇りに思います。よろしくお願いします」
ロードンと俺が馬車の隅で向かい合い、俺の横にテレスとリンリル、ロードンの隣にメリーナが座っている。
マーナは俺の右肩に座っていた。『センスっぽいでしょ!』というアピールと演出らしい。
確かに本の中では、馬車に乗る時、妖精ティーナはセンスの肩に座っている描写があった。
肝心のインタビューが始まると、生い立ちや経歴は本の通りという事で割愛することになり、実体化した今の話を中心に進んだ。
「この世界に来た感想は?」
「驚いた……というのが正直な感想です。自分が居た世界が本の中だった事にも驚いたけど、こんな世界があったのかと、今でも驚きの連続ですよ。でも何より、道が開けたという感覚が強いですね。僕がいた世界に魔王は居なかった。この世界に居るのだと知った……だから僕がこの世界に来たのだと思い、更なる決意が胸に宿りました」
「わー……さすが勇者ですね」
リンリルが、小さな感嘆の声をあげた。
風呂場でクロメルに展開した主張を流用したのだが、上手くいったようだ。
「この世界に来て、最初に会ったのが作者であるテレスフィアですよね? 彼女に会った感想は?」
これは、どう答えればいいんだろう……。
『センスケさんの思う、センスの回答で構いませんよ。私も興味あります』
うっ、そう言われると余計答えにくいぞ。
「……とても素敵な人だと思いました。最初は今の状況が信じられなかったけど、テレスと話しをしていくうちに、僕を生み出してくれた人だと実感しました。とても感謝しています」
かなり無難な回答だけど、これならセンスとして不自然ではないだろう。
あとは……テレスと言えば魔王打倒だ。
それを強調し、アピールしておこう。
「それに、テレスは魔王を倒すという強い意志を持っている。その意志を実現して、本の中ではなく、現実に魔王を打ち砕き、平和な世界をテレスに見せてあげたい。それが僕が誕生して、今ここに居る理由だと思っています」
センスとしてだけでなく、自分の本音も混ぜつつ決意を述べる。
「おー! かっこいい! テレス先生! こんなこと言われてどうよ!?」
メリーナが目を輝かせて、テレスに振る。
「う……嬉しいです。作者冥利に尽きます」
『こんな感じでどうだったかな?』
『ありがとうございます。本当にセンスみたいでした。作者の私を立てつつ、魔王を倒すとアピールしてくれて……センスのインタビューとしては最高だと思います』
なにせ、このインタビューは世界に発信される。
いくらセンスでも、ちょっと格好つけ過ぎな気もするが、インタビューというのは格好つけるのが普通だ。
少しでも良く見せて、魔力を上げなくては。
『センス……君では魔王に勝てない』
魔王代行……ディレイが言っていたことを思い出す。
今のままじゃダメだ。もっと強くならないといけない。
その為に世界にアピールするんだ。
『センスケさん、改めてですけど、ちゃんとセンスになってくれてて感激です。本当に感謝しています』
『いや全然、いつボロが出るか気が気じゃないよ。まだまだテレスには頼ることになるし、心配もかけるかもしれない』
『謙虚で慎重な姿勢にも感謝です。そうですね、いつ綻びが出るか分かりません。気を引き締めていきましょう。でも……さっきの言葉、素直に嬉しかったです』
「ねえ! ロードンさん! 次はマーナに会った感想は? って聞いて!」
「いや……絵師のマーナが妖精になって、作中の妖精ティーナのように一緒に居るってのは、だいぶ話がややこしいからな。今回はセンスだけで、マーナと妖精の話は次号にしたいんだが」
「えー!? なんでー!? 私も一緒に紹介してよー!!」
マーナの叫びが馬車内に響いたりもしたが、インタビューは滞りなく終わった。
すると、待ってましたという感じでメリーナが話しかけて来た。
「テレスの担当のメリーナです! よろしくね!」
「テレスから話は聞いてます。よろしくお願いします」
この人が、センスの妖精好き設定を提案したり、センスの年齢を22歳と設定した人か。
妖精好きになったの経緯はテレスから聞いたけど、センスが22歳の理由は知らないな。
せっかくの機会だし聞いてみるか。
「僕が22歳なのは、メリーナが強く主張して決めたとテレスから聞いたけど、どうして22歳になったの?」
「ぐはっ! それ聞く!? 22歳……それは人生の転換期だからよ! 22歳は私の青春……10代は何もなかった私が花開いた季節。あの時、彼と結ばれていたら今とは全く違う人生を歩んでいたことでしょう……! まあでも、きっと今の方が楽しいけどねー。凄い人たちに囲まれて仕事出来るし こうして本物のセンスにも会えたしね!」
『えーっと……メリーナっていくつなの?』
『32歳になったばかりです』
『へー、ずいぶん若く見えるな』
本当に若く見える、大学生くらいかと思ってた。
それに、センスよりは10上でも、俺よりは8も下だから十分若いのは間違いない。
『それ直接言ってあげると、喜ぶと思いますよ』
『ほんとかな……』
「メリーナは、いくつなんだい?」
「うっ……ぐっ……32……実はセンスより、10もお姉さんなの……」
「そうだったのか。てっきり、僕と同い年くらいだと思ってました」
「はうあ!! センスにとって私は22歳! 今、青春真っ只中だったってこと!? ダメ! 本気になっちゃう! いけないわ、これは叶わぬ想いよ!」
『……なんだか、ちょっとマーナに似てるね』
『私もそう思います……でも、とっても良い人なんですよ。本を書く上で、どれだけ支えてもらったかわかりません。そういうところも似てるんです』
『テレスの周りは、良い人が多いね』
きっと、テレスが良い人な証拠だ。だから良い人が集まって来る。
その時、おばあちゃんの優しい顔が浮かんだ。
『運が良いんですよ、きっと……こうしてセンスにも、センスケさんにも会えましたし……ありがたいです』
魔物の森に到着すると、テレスは魔法で馬車にシールドをかけた上で、隠れ家のように見えなくする。
「ふむ、いい出来だ。これなら魔物に見つかる事はない……腕を上げたね、テレス」
「ありがとうございます。クロメルさんにそう言ってもらえると自信が湧きます」
魔物に襲われて、生き残ったテレスを保護したのが、当時ギルドに居たクロメルだって言ってたな。
その時7歳って話だから、2人は知り合ってからもう10年になるのか。
『クロメルって、いつギルドを辞めて執事になったの?』
『私が12歳の時だから、5年前ですね。私も学校を卒業してから、クロメルさんに紹介してもらってメイドになったので』
以前聞いた時も思ったけど、中学生くらいの年齢でメイドをしてたことになるので、世界のカルチャーギャップを感じるな。
いや、それは俺が日本人だからそう感じるのかも……海外ではその年齢で働いてる子もいるだろうし、世界は関係ないのかもしれないな。
『クロメルさんが、突然ギルドを辞めた時は驚きました。当時S級2位の実力者でしたし』
『S級2位……マーナのお姉さんと同じだな』
『そうです。ギルドで№2という事は、世界最高峰の魔法使いという事になります』
そんなに凄いのか。
引退してるとはいえ、5年前なんて最近の話だ。
今でも、その頃と変わらない力を持ってるはずだ。
「よし、魔物の森に入りましょう。リンリルとお嬢様で、テレスとアルス書房の2人を守って差し上げてください。私は撮影の邪魔にならない範囲で、センス殿のサポートをします」
森に入ってしばらく行くと、さっそく魔物と遭遇する。
『魔物の森に限りませんが、だいたい人間界に出現する魔物はD~B級になります』
『魔物のB級は、ギルドのB級が1人で倒せるくらいの強さだったよね』
『はい。大型サラマンダーのようなS級の魔物には、滅多に遭遇できません。目撃談が極端に少ないとリンリルに聞きました』
ディレイも、あのサラマンダーは秘蔵だと言っていたな。
強い魔物は珍しいものみたいだ。
『逆に言えば、強い魔物に遭遇したら、生存出来ないという事でもあります』
『だから、目撃した人が少ないということか……』
魔物を相手にしている以上、死と隣り合わせだと実感しながら、勇者の剣を抜いて戦闘に入る。
『その分、会敵しやすいD~B級の魔物は戦う頻度が高いゆえに、倒し方などの情報がギルドで共有されています』
『通常遭遇する魔物は、倒し方が判明してるから、楽な敵と言っていいってことだな』
『それでも油断は禁物です。魔物に人間の常識は通じません。イレギュラーな事をしてくる可能性もありますから』
『分かった。十分気を付ける』
テレスの助言を聞きながら、的確に魔物を倒していく。
虫系、獣系、鳥系の順で遭遇する頻度が高い。
虫系は、植物に擬態してるのもいるので注意が必要だ。
ダンジョンの時と同じく、リンリル直伝の攻略法で、弱点を突いた戦い方を展開した。
これは、様々な属性の魔法を使えるセンスだからこその、利点と言えるそうだ。
それでも、それを教えてくれたリンリルと、それを記憶してるテレスのおかげなのは言うまでもない。
リンリルは15歳でA級になるくらいだから、かなり優秀なのが伝わって来る。
テレスも妹のように思っているらしいし、おとなしそうに見えて、とても頼りになる存在だと思った。
テレスと心の声でやり取りをしながらだと、頼もしいだけでなく、落ち着いて戦える効果もあると感じていた。
いくらセンスが強くても、素人の俺では魔物相手にパニクってしまうだろう。
絶対に、クロメルに不審に思われているはずだ。
1人ではなく、2人だから心強い。
「今日も伝達魔法をしているね。そんなに内緒で話すことがあるのかな?」
ギクッ! さすがに、昨日からずっと繋がってるのは不自然に映るか。
変に言い訳すると余計怪しまれそうだし、ある程度正直に話す方がいい気がした。
「テレスはとても責任感が強いので、僕がこの世界に来て間もない事もあって、アドバイスしたり、世話を焼きたい気持ちがあるそうです。まさに、子を想う親のような感情だと考えています」
「……」
無言の圧を感じつつ、自分がどう思っているかも付け加える。
「それを、他人に知られないようにするのも、作者としての親心だと思います。僕としても、生みの親であるテレスの話は参考になるし、自分をより知るためにもなる。なので、受け入れています」
作者と主人公という関係ゆえに……そう訴える。
「……あの娘が、君に心開くのは理解出来る。勇者センスはテレスの願いそのものだ……応えてあげて欲しい。その願いを叶えてあげてくれ」
クロメルは無表情を崩して、微笑みを見せた。
「はい!!」
ハラハラしたが何とかなった。
でも、クロメルの言う通り、期待に応えたい。
テレスを昔から見て来た人の、その期待にも応えたいと思った。
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「へー、魔物の森でギルド誌の取材ねー」
「は、はい……腕相撲でA級1位に勝ったりと、何かと話題に事欠かないようで……あっという間に噂が流れて来ます」
「週刊ウィアドだっけ? あれに載ったら、世界規模で本物の勇者センスのお披露目って事になってしまうな。魔王派は嫌がるだろうね。どうしようかな……せっかくだから『あれ』に会わせてあげようかな」
魔王代行ディレイは、楽しそうな声で呟いた。