9話 魔王代行の暗躍
「あれが、魔王派……?」
「あの仮面と黒いマントは、魔王派の特徴です」
仮面とマントを身に纏って、見るからに怪しいこれが、人間なのに魔王の味方をする魔王派。
テレスを襲って、家を焼いた犯人……。
身体と顔を隠していて、年齢も性別も分からない。
その得体の知れなさに、一気に緊張感と警戒心が跳ね上がる。
『まさか、直接接触を図ってくるなんて……』
テレスの心の声が漏れ聞こえてくる。
その表情には、焦りと怒りと……恐怖が滲み出ていた。
「あのサラマンダーは、ダンジョンから出したことがない秘蔵っ子だったんだけどね。それを1人で倒すなんて……見た目だけではなく、実力も勇者センスと同様というわけか」
2人の内の背が低い方が、ゆっくりとこちらに歩きながら話し出す。
声は中世的で、かなり若い……10代くらいの男の声に聞こえる。
その口ぶりから、やはりこの事態を引き起こしたのは魔王派という事が分かる。
元凶であり、犯人が目の前に現れた事で、自然と怒りが込み上げて来た。
「お前達が、テレスを襲って、家を燃やして、ダンジョンに飛ばした張本人か! 許せない……! テレスが、どれほど傷ついたか……!」
持っていた剣を、魔王派に向ける。
勇者センスとしての立ち振る舞いと、自分の本心がシンクロした行動を起こした。
『センス……ケさん……』
驚いた様子のテレスの声が聞こえる。
勝手に喋ってしまって申し訳ないが、敵を前に言わずにはいられなかった。
「そうだよ! テレスに酷い事ばっかりして! 変な格好してバカみたい! お前達なんて、センス様が成敗してやるんだから!」
妖精になってるマーナも、俺の横に飛んで来て、センスの言葉に呼応するように、魔王派に指を差して主張する。
その言葉から、あのマントと仮面は、この世界でもやっぱり変なんだと認識した。
「……彼女を狙ったのには、色々と事情があってね。当然だが、魔王派は『勇者センスの伝説』を良く思っていない。創作物だからこそ、好き勝手に書いて、最後は勇者が魔王に勝って終わるんだろ? そんなこと、あってはならないんだよ。ましてや、センスは世界中で読まれてるから質が悪い。そろそろ物語が、その段階に入りそうだったから、作者にはご退場願いたくてね」
「まさかとは思ったが、本当にそんな理由で……ふざけるな……!」
「君が本当に勇者センスなら、その怒りはもっともだ。生みの親を殺されかけて、魔王を倒す未来を潰されたのだからね。しかし君がこうして、本の中から出て来て存在してるのだから……実に興味深い」
勇者の剣を向けてるにも関わらず、仮面の男はゆっくりと近づいて来る。
これまで魔物と戦ってきたが、相手が人間となるとやはり勝手が違う。
心がざわついて仕方ない。それでも、戦わない訳にはいかない。
『テレス、俺の後ろにいてくれ。必ず守る』
『……はい、ありがとうございます』
臨戦態勢で警戒していると、仮面の男は止まって問いかけて来た。
「だからこそ、確認したい。君は本当に勇者センスなのか?」
「……そうだ。魔王を倒すためにこの世界に現れた……僕は勇者センスだ!!」
勇者センスになると覚悟を決めたんだ。
そして、魔王を倒すと約束した。
それを果たすまで、俺は勇者であり続ける。
「なるほど……。では、こちらも自己紹介をしよう。私は魔王代行のディレイというものだ。魔界にいる魔王に代わり、人間界で魔王の為に動いている」
こいつが魔王代行……魔王派のリーダーか。
「魔物を操るという、魔王派のリーダー。お前が、あの魔物を操ってテレスを襲わせたんだな!」
「操るなんて人聞きが悪い。私は意思疎通をして、お願いをしてるだけだよ」
「嘘ばっかり! 魔物と意思疎通なんて出来るわけないじゃん!」
マーナの反論に、魔王代行はすぐに答えを返す。
「魔王なら、魔物との意思疎通が可能だ。現に、魔物の凶暴化は、魔王の人間への憎しみが世界中の魔物に伝わって起こった事だからね」
「やはり200年前、魔王が現れたと同時に、魔物の凶暴化が始まったのはそれが原因か……!」
テレスが、声を振り絞るように口にする。
魔物に両親を殺されたテレスにとって、本当に魔王が元凶だと判明した事になる。
「だから、魔王代行の私も多少は魔物と意思疎通が出来るんだよ。まあ、本当に大事なことは魔王に指示を貰えば済むけどね」
「魔王とコミュニケーションを図れるのか!?」
何者なんだ、この魔王代行ディレイという人物は……。
「そりゃそうさ。なんせ、魔王は史上初の人語を話す魔物だからね」
「人語を……?」
「……話す!?」
『そんな魔物いるの? 確か、魔物は動物と同じで話せないって』
『間違いなくいないはずです。そんな記録は残ってません。まさか、魔王が言葉を話せるなんて』
「やっぱり君達も知らないか、魔王が喋れること。なぜか、その事を人間は知らないみたいだね。それでよく、倒すなんて軽々しく言えたものだよ」
確かに、俺は魔王について知らない。
魔王の脅威や影響は聞いてるけど、魔王本人がどういうものなのか分からなかった。
「この世界における魔王の認知度と影響力……つまり『因果値』は、勇者を遥かに凌ぐと言っていい。センス……君では魔王に勝てない」
そう言うと魔王代行ディレイは、突然マーナに向けて手をかざす。
「魔法固定」
「え!? なに!?」
妖精のマーナの身体が、光りに包まれる。
「魔法効果を固定する魔法だよ。領主ご令嬢の絵師さんには、しばらく絵が描けないその姿でいてもらう」
「えーっ!? うそ! 戻れないってこと!?」
「センスが現実に現れた以上、小説のセンスに意味は無くなった。ただ、創作でも魔王を倒されたくないのは変わらないからね。最終巻の出版はさせないよ。その代わり、作者を殺す計画は無しにするよ。魔王復活までの余生を楽しんでくれ」
魔王代行は踵を返して、もう1人の魔王派の元へ戻って行く。
「いずれまた会おう」
その言葉と共に消えてしまった。
「転移魔法で逃げたみたいです。すみませんでした、魔王代行を前にして感情が乱れてしまって、上手く言葉が出なくなってしまって……それよりもマーナ、大丈夫ですか?」
魔王派が去った事で、テレスが落ち着きを取り戻して、心配そうにマーナに声を掛けた。
「信じられない……本当に戻れなくなってる……私、一生このままなの……?」
「いえ、いくらあの魔王代行が優れた魔法使いでも、ずっと固定を維持するのは不可能なはずです」
確かに魔王代行本人も、しばらくその姿でいてもらうと言ってたから、永久にって訳ではなさそうだ。
「でも、当分はこの妖精のままなんだよね?」
「ごめんなさい、私のせいで……マーナを巻き込んで迷惑をかけてしまって」
「なーに、水くさいこと言ってるの! それより、テレスが無事で良かったよ! あいつの言う事が本当なら、もう命を狙われる心配は無くなったんだし安心したよ!」
「でも、マーナが……」
「全然平気! むしろ嬉しいまである! いつもは1時間で戻っちゃうのに、ずっと妖精で居られるんだもん! ちゃんとした絵が描けなくなるのは残念だけど、これなら魔法が使えるし、センス様やテレスの助けになれるよ!」
テレスに気を遣ってるのもあるだろうけど、本当に喜んでいるようにも見える。
マーナは本当に前向きで明るくて、今を楽しもうとするライブ感がある子だと思った。
それにしても、小説ではセンスの相棒的な妖精がいるって言ってたけど、現実でもその再現になりそうだ。
期せずして原作通りの展開になるとは……。といっても、その原作を読んだことないんだけど。
とりあえず、テレスとマーナ両方をフォローする意味でも声をかけてみる。
「妖精マーナ、これからもよろしく! 現実でも、妖精と一緒に居れて嬉しいよ!」
「キャー! そうですよね! センス様! ホントに小説みたいですよね! 女性に特別な感情を抱かないセンス様も、妖精ティーナの事は大好きですもんね!」
え……? そうなの? それは初耳なんだけど。
マスコットキャラクターとして、好きって事だよね?
それとも、まさか妖精が好みのタイプっていう設定なのか?
『ねえ、テレス……今の話って本当? センスって妖精が好きなの? どういう感じで好きなの?』
『えーっとですね……担当さんから、センスが正義と博愛だけでは人間味が足りないのではという指摘を受けまして……私は全然そんな事ないと思ったんですけど。その時には、妖精ティーナの登場は決まっていたので、可愛い妖精を愛でるようにすれば、センスの柔らかい部分やファニーな面が出て、親しみが湧きやすいということで、そのような感じになりました』
『なるほど、色々な事情があるんだな……』
とりあえず、マスコットキャラとして好きという認識で良いみたいだな。
嬉しそうに飛び回るマーナを見て、確かに愛でたくなる気持ちも分かる。
現実離れした不思議な存在なだけに、興味も目も惹かれるし。
『でも魔王派の思惑通り、マーナが絵を描けなくなった事で、小説の出版が難しくなったんじゃないか? 絵は無しか、過去の絵の流用で対応するの?」
『さっきも言いましたけど、魔王との対決を前に小説が書けなくなっていたので、原稿が白紙状態だったんです。だから最終巻は、どちらにしても出版未定でした。……でも、この問題が解決してしまいました』
『え? どういう事?』
『現実のセンスが、実際に魔王打倒を成し遂げる様子を書いて本にしようと思います。フィクションがノンフィクションになった形ですね。この『勇者センスの伝説』が完結する時は、あなたが魔王を倒した時です』
『勇者センスの物語の最終回は、俺次第って事か……責任重大だな』
『だから見届けさせてください。私が頼んだ事ですし、最後まで側にいたいです』
『テレスがいなきゃ、右も左も分からないんだ。居てもらわなきゃ困るよ。作者のテレスが納得いく結末に辿り着けるように頑張るつもりだ』
『ありがとうございます……勇者センスの伝説を、一緒に作りましょう』
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転移魔法で街の外に移動した魔王代行のディレイは、一緒に居たもう1人の魔王派に声を掛けた。
「今夜の、作家テレスフィア護衛不在の情報は役に立ったよ。君は街に帰って、引き続きギルドの情報を流してくれ。現れた勇者センスに対して、ギルドがどう対応するか不透明だからね。動きがあったら教えてくれ」
「しょ、承知致しました。あの……魔王代行様……や、約束は……」
「解っている。魔王が復活しても、君と君の家族の命は助けてやるから安心したまえ」
「は、はい! よろしくお願い致します」
そう言うとマントと仮面を脱いで、男は街へと帰って行った。
「ディレイ……」
「なんだ、君達2人も来てたのか」
魔王代行の側に、マントと仮面を身に着けた人物が新たに2人現れる。
「珍しいね。イクリスとアティカが、こんなことろまで来るなんて。魔王派2トップがこんな前線に来ちゃダメだよ」
「魔王代行が自ら来ておいて、何を言っているんだか」
2人の内、背が高い方のイクリスがディレイを窘める。
「ギルドのスパイが、あんな小物で大丈夫なの?」
背が低い方のアティカが不思議そうに、ディレイに問いかけた。
「小物だからいいんだよ。下っ端だから目立たなくてバレにくいし、バレたところで痛くもない」
「計画はどうなった?」
「とりあえず、絵師は妖精の姿に封じた。最終巻を出させないという目的は果たしたよ」
「封じたと言っても、いずれ解けるのでしょう?」
「構わないさ、魔王復活まで時間稼ぎが出来ればいい」
「それで? あの勇者もどきは何なんだ?」
「あれって本物なの? あれも計画の内?」
「私にも、まだ真偽は解らないよ。しばらく様子を見るさ。だからスパイを放ってるんだしね」
「……隠し事が下手だな、ディレイ。何を企んでいる?」
「私は、魔王代行としての仕事をしてるだけだよ。魔王が復活した時、人間界をどんな状況にしておくかが重要なんだ」
ディレイが声色を落として、2人に語りかける。
「あの勇者センスは、君達にとっても都合がいい存在になるかもしれないよ。特にイクリス、君にとってはね」
「……」
「どういう事?」
対照的な反応をするイクリスとアティカに、ディレイが愉快な調子で囁いた。
「魔王が復活すれば、私達の願いは叶う。その願いを確実にするために勇者センスは必要って事さ」
「勇者と言えば、ハーベル教にも動きがありそうだな。あの勇者もどきを放っておくとは考えにくい」
「彼らには彼らなりのプライドがあるだろうからね。そっちは静観の方針で行く予定だ。いずれにしろ、情勢はかなり変わるだろうね」
「……魔王復活を、どんな状況で迎えるか……か」
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