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0話  異世界でベストセラーの小説

 

「……まさか……勇者センス……なの?」 


 私の目の前に、私が書いた小説の主人公がいる。


 その背中の向こうには、私を殺そうと襲い掛かって来た魔物が、敵意を剝き出しに近づいて来るのが見える。


 魔物の脅威から私を守るように、現れた勇者が振り向いた。


 ◇◇◇◇


「――お集まりの皆様、大変お待たせ致しました。それでは、栄えあるルミナス賞を受賞されました『勇者センスの伝説』の著者である、テレスフィア・ミルティス様にご登壇いただきます」


 アストランティア王国、第二の都市エーレルの劇場で行われている授賞式。

 華やかな雰囲気の中、会場を埋め尽くす人々の拍手が巻き起こり、背筋を伸ばして、私はゆっくりと舞台へと歩いていく。


「あれが、センスの作者か」

「初めて見たー」

「あんな若いんだねー」

「美人だって噂聞いてたけど、本当に綺麗……」


 向けられる関心を一身に受けながら、舞台中央で主催者からクリスタルのトロフィーを受け取ると、会場の人々の方を向いて深くお辞儀をする。


 改めて大きな拍手が起こると、司会者の女性による受賞者紹介の言葉が読まれる。


「2年前の『魔王復活の予言』によって、世界情勢が不安定になる中で登場した『勇者センスの伝説』は、世界中の人々の心を掴み、新たな勇者像を確立して大ヒットを記録しました。そんな時代が望んだヒーローを生み出した若き天才、テレスフィア様に受賞の挨拶を御願いしたいと思います」


 作品が生まれた背景と共に、スピーチを促されて、一呼吸置いてから用意していた言葉を声に出す。  


「本日は、このような素晴らしい賞を賜り、多くの方に見届けていただけた事に深く感謝申し上げます。『勇者センスの伝説』が世界中で愛される作品になったことは、自分でも信じられない想いです。出版に携わっていただいたアルス書房の皆様。表紙や挿絵で素晴らしい絵を描いてくれた絵師のマナティーナ様。監修していただいたリンリル様。取材に協力していただいたギルドの皆様。そして本を読んでいただいた全ての皆様に、この場をお借りして厚く御礼を申し上げます。本当にありがとうございました」


 再度深く頭を下げると、大きな歓声と拍手を受けた。


 ◇


 式典が終わり、ステージを後にして、舞台袖で関係者に丁寧に挨拶をしていると、アルス書房の担当さんと合流出来た。

 挨拶が終わり、担当さんと一緒に控室へと入ると、一気に力が抜けた。


「お疲れ様ー! ちゃんと大役を果たせて偉い! テレス先生の落ち着きっぷりは見事だったね! 緊張はしなかった?」


 担当編集者のメリーナさんが、明るい表情と声で労いの言葉をかけてくれた。

 さっきまでの非現実的な状況から、一気に日常に戻ったような感覚になり、私も安堵感が込み上げてくる。


「いえ、現実感が全然無くて……自分の事じゃないみたいだったので、なんだか無心の状態でした」

「達観してたのねー……あれ? もう着替えるの?」

「はい、この格好は落ち着かないので……」

「えー? せっかくの豪華ドレスに、高価な装飾品を身に纏ってるんだから、もっと堪能しなよー」


 栄誉ある授賞式に出るという事で、自分には一生縁が無いと思っていた高価なドレスやアクセサリーを身につけて、手入れしてない黒髪も綺麗に艶々に整えられ、化粧もバッチリしてもらっていた。


 鏡に映る着飾った姿は、本当に自分じゃないみたいで、普段とのあまりの違いに別人になった気分だった。


「慣れてないですから……普段は自宅に籠って書いてるし、その前はメイドをしてたんですから……こんな格好で大勢の前に出て、脚光を浴びるなんて無かった事のなので……」


「テレス先生、ずっと『(おそ)れ多い』って言ってたもんね。でも、これも仕事の内だからね」


「わかってます。あのような場に、私がみすぼらしい格好で出て行っては、後ろ盾をしてくれているカルナバーグ家にも、恥をかかせる事になってしまいますから……」


 着替え終わったタイミングで、ドアがノックされて返事をすると、アルス書房の代表のロードンさんが訪ねて来た。


「もう着替えたのか、お疲れさん。この後、ルミナス賞に合わせた取材があるからよろしくな」

「承知しています。このトロフィーは、ロードンさんが持ち帰ってアルス書房に飾ってください」


 ステージで渡されたクリスタルのトロフィーを渡すと、ロードンさんは目を細めながら受け取った。


「分野を問わず、輝かしい功績を残した人に贈られる歴史あるルミナス賞……授賞式は王都でやるのが通例だが、テレスが王都に行きたくないと駄々をこねた結果、こうして地元エーレルでの開催になるとはな。感慨深いものだ」


「別に、駄々をこねたわけじゃないです……」


 若干恥ずかしさを感じながら反論すると、2人とも笑顔で応える。


「『勇者センスの伝説』の大ヒットと、ルミナス賞の受賞……本当にテレスには、いい夢を見させてもらってる。ありがとな……」 

「ホント! 小さな出版商会だったアルス書房が、今や世界規模の出版商会になったんだもん! テレス先生様様よ!」


 ロードンさんは強面の顔が優しくほころんでいて、メリーナさんはいつも以上に表情豊かに喜びを表していた。


「……それなのに、相変わらず当の本人は嬉しそうじゃないな……。もう少し喜んでもいいんじゃないか?」


 心配するように、労わるように言われて、私は口を瞑んでしまう。


「いえ……すみません、取材を受けに行ってきます」


 その場から逃げるように、次の仕事へと向かった。


 ◇


「いやー、初めまして! テレスフィア先生、お会いできて光栄です。実に見事な授賞式でした。本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、わざわざ王都からお越しいただきありがとうございます。ご足労感謝致します」


 ルミナス賞の主催者に同行して、この街に来ていた王都の出版商会の人に取材を受ける。


「王都でも『勇者センスの伝説』は非常に話題となっていますが、作者のテレスフィア先生を知る人はまだ少ないので、ぜひこの機会に先生の人となりをお聞かせいただいて、紹介で出来ればと思っております」

 

 インタビューが始まると、一呼吸して落ち着いて話し始めた。


「……私は、このエーレルの街で生まれ育ちました。両親は、今のアルス書房になる前の出版商会で働いていて、ロードンさんとは同期でした。私が7歳の時に、両親の王都への転勤が決まって引っ越す事になり、馬車で王都に向かう道中……魔物に襲われたんです」


 当時の記憶がフラッシュバックして、頭と胸に痛みが襲う。


「護衛でギルドの方も同行してくれてたのですが……やられてしまい、私は母に言われるまま逃げようとしましたが、どこに行けばいいか分からず馬車の下に隠れました。両親は最期まで、私に『逃げて、どうか助かって』と叫びながら……。みんな魔物に殺されて、私だけが助かったんです」


 あの日の絶望感は、10年が過ぎた今も強く覚えている。


「その後、駆けつけたギルドの方に保護されました。ギルドがあるこのエーレルの街には、私と同じように魔物に家族を殺された人が多く居ます。私もギルドに入って魔物と戦いたかった。両親の仇を討ちたかった。でも、私は魔法が使えませんでした。魔力を得た現在でも、実戦に足りうる魔法は使えないままです」


「魔物と戦うには、魔法は必須ですからね。魔法を使える人間は、世界中の1割にも満たず、魔物との戦闘に耐えうる実戦的な魔法となると、さらに限られてしまう。仕方ない事です」  


「12歳で児童学校を卒業してからは、私を保護してくれたギルドの方の紹介で、エーレル領主であるカルナバーグ公爵家のメイドとして働かせてもらいました。そんな中、魔王復活の予言を聞いたんです」


 今から2年前、王都で王女の『未来視の魔法』によって、近い将来に魔王が復活する事が世界に伝えた。

 あの時はエーレルの街も、大きな衝撃と混乱に包まれて、私も激しく動揺した。


「魔王復活は、世界破滅のカウントダウンと言っても、大袈裟ではありませんからね」


「はい……世の中が暗い雰囲気に包まれる中、居ても立っても居られず、私にも出来る事をしたいと書いたのが『勇者センスの伝説』だったんです。新たな勇者が魔王を打ち砕く、希望の物語を描きたいという願いから生まれました」 


「初めて魔王が現れた200年前のように、それを打ち倒す『勇者ハーベル』の再来を望む気運が高まりましたからね。そんな中で登場した『勇者センス』は、まさにその期待に応えるヒーローだったという事ですね」


 世界が魔王復活へ不安で、勇者を渇望していたからこそ、それに上手くマッチしてベストセラーになった。


 もちろん『勇者センス』は創作であり、気休めのエンターテインメントでしかない。

 皆それを承知で、センスに希望を見出している。

 それは、作者である私も同じだった。


「そんな『勇者センスの伝説』も、いよいよ魔王との対決が目前に迫っていますが、最終決戦をどう描くのか? 読者は大きな期待を寄せていると思います」


「……はい……ご期待に応えられるように、頑張りたいと思います」


「本日は、ありがとうございました」



 取材が終わり、丁寧に挨拶を済ませると、担当のメリーナさんが家まで送ってくれると言った。


 私の自宅兼仕事場は、街の中心部からは離れた場所にある落ち着いたログハウスで、ここでずっと勇者センスを執筆して、物語が紡がれて来た家。

 周りに民家が無く、木々に囲まれた隠れ家的な佇まいは、自分でも気に入っていた。


「今日は、本当にお疲れ様!」

「はい……こんなに人前に出るのは初めてだったので、思った以上に疲れが出てしまいました」

「いやー、そんなお疲れのところ悪いんだけど……原稿は進んでる?」

「いえ……実は、全然書けてなくて……」


 どうやって勇者センスが魔王に挑み、戦い、勝利するのか。

 その明確なイメージが出来ずにいた。


 現実で魔王復活が近い事もあり、魔王の存在をどう物語に落とし込んで描くかに、迷いが生まれてしまった。


 ただ倒して終わりでは、現実に存在する魔王の脅威に対して、あまりにも無責任になってしまう気がしていた。

 多くの人々に支持されたからこそ、現実にも確かな希望を提示したいと考えていた。


「創作なんだから、バコーンって倒しちゃえばいい! ……ってわけにもいかないよね。これだけヒットしたから世間の期待値が上がってるし、プレッシャー感じるのは仕方ないよ。それに、最近はハーベル教からの風当たりも強いし、魔王派なんてヤバい連中からも目を付けられてるからね」


「……出版中止を求めて、アルス書房に脅迫や警告の手紙が来てるって聞きました」


「その辺は、テレス先生が気にする必要は全くないから安心して! ロードンさんがしっかりしてるし、ギルドだっているんだから大丈夫!」


 そうして話しながら自宅の前まで着くと、メリーナさんはまだ仕事があるのでアルス書房に帰るそうだ。


「忙しいのに、わざわざ送っていただいて、すみませんでした」


「いいのいいの! テレス先生に何かあったら大変だもの! 原稿の事は、ロードンさんに上手く言っておくよ。大きな賞貰ったんだから、大目に見てくれるでしょう! 気負わなくていいから、先生が納得いくものを書いてね!」   


「ありがとうございます」


 お辞儀をすると、手を振りながら笑顔で帰っていった。


 ◇


 家に入ってからは、しばらくボーっとして過ごす。


 窓の外は、すっかり夜になっていて、月が明るくて綺麗だった。

 机の上には、白いままの原稿用紙が鎮座していて、見て見ないふりをしながらホットミルクを飲んだ。


 目まぐるしい1日だったけど、やっと落ち着いた。


『相変わらず、本人は嬉しそうじゃないな……。もう少し喜んでもいいんじゃないか?』


 ロードンさんの言葉を思い出す。

 自分でも、もう少しプラスに感情が動くと思ってた。

 でも、変わらなかった。


 世界的にベストセラーになっても、栄誉ある賞を貰っても、何も変わらない。

 それで魔物が減るわけでも、魔王復活が無くなる訳でもない。

 魔王復活の脅威は、刻一刻と迫ってる。 


 私には何も出来ない。

 希望という名の願望を、紙の上に書くしかない。

 なのに……それさえも、今は出来ずにいる……。 



 ズドン!!


 突然の大きな音と振動に驚いて振り返ると、入り口のドアが壊されて魔物が入って来た。


「え……?」


 体長2メートルはあり、筋肉質でまだら模様の肉体が威圧感を放ち、手に棍棒を持っている。


 あり得ない。

 あまりの現実感の無さに一瞬、固まってしまう。

 なんだこれは? 夢でも見てるのか?


 街には、魔物が入らないように結界が張ってある。

 だから街の中に魔物が現れるなんて、生まれて今まで見た事も聞いた事もない。


 それなのに、どう見ても本物の魔物が私の家の中に居て、今にも私を襲おうとしている。

 そう認識した瞬間、身体中に警笛が鳴り響いく。


 急いで机の上のペンで、白い原稿用紙に『守り』と書き、紙から発現するシールドを全身に纏う。

 これが、私の魔法の使い方。紙に文字を書く事で効果が発動する。 


 魔物はすでに腕を振り上げていて、凄まじい速さで棍棒を振り払った。

 その一撃を喰らい、私の身体は家の壁を突き抜けて、大きく外まで吹き飛んだ。


 なんという威力。

 防御魔法が無かったら、バラバラに千切れて絶命していた。


 地面を転がりながらやっと止まると、その防御魔法も今の一発でシールドが破壊されて効力を失っていた。

 私には、実戦に足る魔法が無い。

 たった一撃で壊れる防御魔法など、魔物を前にしては無力でしかない。


 相当飛ばされた私の方に、魔物が近づいて来る。


 明確に私を狙ってる。そこで事態の重大さを知った。

 街の結界内に魔物がいる……つまり中にいる人間が、魔物を発生させたとしか考えられない。


 そんな現実離れした事が出来るのは、人間でありながら魔王を崇拝し、魔物を操ることが出来ると言われる魔王派リーダー『魔王代行』しかあり得ない。

 あまりに常軌を逸している為に、存在自体が疑われていたけど、本当に居たんだ……。


 よりによって、こんな日に……これは、脅迫や警告なんていう単なる嫌がらせじゃない。

 計画された暗殺だ。私はそのターゲットになった。

 勇者センスを誕生させたことで恨みを買ったんだ。


 私を殺して『勇者センスの伝説』を終わらせる気だ。


 魔物が、どんどん近づいて来る。

 ここで私は死ぬ……魔物に殺される。

 お父さんとお母さんと同じように。


 その時、自分でも驚くほどの叫び声を上げた。



「センス……!!!!」 



 次の瞬間、目の前に1人の男が立っていた。


 淡い金色の髪、なびく紺青のマント、その手には勇者の剣を持っていた。


「……まさか……勇者センス……なの?」 


 恍惚とする私の方に振り向いて、勇者センスは言った。



「ここはどこ? あなたは誰?」


読んでいただき、ありがとうございました。

良かったという方、続きが気になるという方は、よろしければ、☆☆☆☆☆評価とブックマークをしていただけると執筆の励みになりますので、どうぞよろしくお願い致します。

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