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第15話 虜囚

 王都まで異常ともいえる速度で移動したこともあり、教会――というよりもイーノック枢機卿(すうききょう)の元に(おもむ)くのは明日、ということになった。


鷹獅子(グリフォン)騎士団は元より、私の配下である第一騎士団も準備をさせておこう」

「ならわしも近衛(このえ)たちを——」

「父上。そんなことをしたら誰が王城を守るのですか? 我が鷹獅子騎士団だけでも十分すぎるくらいです」

「……む、娘に良いところ見せたいのが親心じゃろ!?」

「ここは旦那(ルーカス)に譲ってあげてください……義兄として第一騎士団は動かしますが」

「ズルいぞエド!」


 事情を知ったエドワードも加勢を約束してくれて、オリビアとしては心強い限りだ。

 エドワードの母である王妃も交えて夕食を終えたオリビアは、王城の貴賓室に案内された。王妃付きの侍女たちを貸し出してもらい、これからぴかぴかに磨き上げられることになっていた。

 ちなみにドレスや宝飾品の類は王妃自らが貸し出してくれるらしい。


(でもルーカス様からもらったドレスとネックレスが良いなぁ……)


 聖属性の魔法で浄化すれば汚れの類はなくなるんじゃなかろうか、と思うものの、一般的なマナーとして同じドレスを二日続けて着用することはあまりない。

 何より、貸出を申し出てくれた王妃の顔を潰すことにもなってしまうので、何とか選び終えたところだった。


 ちなみにルーカスは別室だ。

 夫婦だから、と押し切ろうとしたルーカスだが、正式に式を挙げるまではダメ、という国王の言葉に押し負けていた。

 オリビアとしてもはじめて(しとね)を共にするのが王城、というのは複雑な気分なので助かった。


「湯あみの用意をしてまいります」


 ぺこりと頭をさげて侍女が退出したところで大きく息を吐く。

 いくら慣れているとはいえ、精神的な疲れがなくなるわけではない。ましてや長時間の移動もあったのだ。


「うーん……このまま寝てしまいたい……良い感じなもふもふにまみれて寝れたら最高だろうなぁ……リズがいれば尻尾をもふもふさせてもらうのに」


 ぽすん、とソファに座ったところで扉がノックされた。


(もうお風呂の準備が……?)


 不審に思いながら入室を許可すれば、先ほどとは別の侍女が入室してきた。


「国王陛下の命で、明日、お召になられるものをお持ちしました」

「あれ? ドレスもアクセサリーも王妃様が——」

「チッ」


 オリビアが訊ねる間もなく、侍女はスカートの裾から何かを取り出してオリビアに飛び掛かった。

 咄嗟に声を上げようとするが、先手を打たれた。


「騒げば獣人たちを殺す!」

「ッ!?」

「ふん。ケダモノが好きって噂は本当なのね……アンタなんかが聖女だなんて」


 湿ったハンカチで口元を押さえられるも、獣人の命をチラつかされてオリビアは碌に抵抗できなかった。 せめて何か情報を、と尋ねれば、侍女から親の仇でも見るかのような視線を向けられた。


「あなたは……?」

「次期聖女よ!」


 くらり、と視界が揺れた。

 何かの薬品が染み込んでいるのだろう。


「アンタを教会に連れ帰れば聖女にしてくれるって約束だもの!」

「……どうして……私が、ここ、に……いると……?」

「グリフォンが王城に来ればイグニス公爵が来たことくらい馬鹿でも分かるわ。後は王城にいる仲間に手引きをしてもらっただけよ」


(……獣人差別主義者……城の中にも……)


 思考がまとまらないうちに薬がどんどん回っていき、オリビアの意識は闇に沈んだ。




 オリビアが目を覚ましたのは、薄暗い部屋の一角だった。

 窓がないため時間は分からないが、頭の芯が痺れるような感覚が残っていたのでそれほど時間は経ってなさそうだった。


(ここ……は……?)


 乱暴された形跡はない。

 服も乱れておらず、髪も綺麗に結い上げられたままだ。

 ただ一つ、片足に鉄球付きの鎖がつけられていることを除けば。


 無言のまま回復魔法を発動させて体内の薬を浄化する。本来ならば薬の種類や材料が分かっていなければ解毒は難しいのだが、膨大な魔力を注ぎ込むという力技で回復した。

 額に汗を浮かべたオリビアが深呼吸をして辺りを見回せば、石造りの壁に出入口のドアが一つあるだけだった。


(まるで虜囚(りょしゅう)ね。私を襲った子は次代の聖女って言ってたし、教会かしら)


 南京錠でしっかりと固定された鎖は外せそうにもない。オリビアはソファに寝かされていたのでとりあえず座って気持ちを落ち着ける。


(殺されてないってことは私に何かさせたいことがあるってことよね……)


 鎖の冷たさがじわじわと染みるようだった。

 もふもふに触れた時のことと、ルーカスに抱きしめられた時のことを交互に思い返しながらなんとか耐えていると、不意にドアが開いた。


「ふん。もう起きたか」

「……イーノック枢機卿。あなたが私を聖女から追い落としたっていうのに、どういうつもり?」

「ケダモノ狂いのバカ女が。貴様のせいで私の計画はめちゃくちゃだ。……新しい聖女は選定できぬし、王都を訪れる獣人は目に見えて減った」

「……?」


(獣人が減って、何か不都合があるの?)


「獣人差別主義者のあなたが獣人のことを気に掛けるなんてどういう風の吹きまわし?」

「ケダモノにはケダモノにお似合いの使い道があるってことだ」


(まともなことじゃなさそうね……)


 はぁ、と溜息を吐いたオリビアだが、何かができるわけではない。

 魔法そのものは使えるが、回復や浄化といった攻撃力のないものしかないので現状では使い道がなかった。


(ルーカス様……助けて)


 こころの中で祈りを捧げるも、イーノック枢機卿は待ってはくれない。何かで満たされた銀杯が差し出される。


「何、別に難しいことは言わん。()()を飲め。そうすれば獣人を無駄に殺すこともしないし、お前もすぐ王城に戻してやろう」

「これは……?」


 鼻を刺すような香りに、暗褐色に濁った液体。

 どう考えても体に良さそうなものではなかった。


「くくく。良いから飲め。別に死にはしないぞ? 快感が脳に焼き付いて()()()()になるだけだ」

「……麻薬」

「安心しろ。私の言うことを聞いているうちは好きなだけ供給してやる。イグニス公爵や王族に使わせても良いぞ?」

「聖職者が聞いてあきれるわね」

「口の利き方には気を付けろよ。これを飲んだ後は私の靴を舐めて生きることになる。これ欲しさに獣人の命も自分の身体も簡単に差し出すようになるだろう」

「お断りよ――グッ」


 キッと睨みつけると同時、オリビアは腹部を殴られた。思わずうめくが、イーノックは止まらない。顔も体も関係なく殴られ、オリビアは口の端から血が滲ませた。

 ふぅふぅと息を荒くしたイーノックが怒鳴る。


「お前に断る権利などない! 今からお前が私に逆らう度に獣人の首をひとつここに持ってきてやる! 首の山が出来上がる前に言うことを聞いた方が良いぞ!」

「卑怯者ッ! 獣人達があなたに何を——」


 頬を思い切り引っ叩かれ、オリビアが言葉を止める。


「まずは一匹だ。恨むなら学習能力のない自分を恨め!」

「やめて! お願い!」

「見せしめだ」

「飲む! 飲みます! だから罪もない人を殺さないで!」

「罪もない人、だとぉ? それを飲んだら最初の命令は獣人を人間扱いすることを禁止させてもらおうか」


 イーノックが加虐的な笑みを浮かべた。


「ケダモノ如きが人間様と同列に扱われるなど、虫唾が走る」


 薬漬けにするだけでなく、心を折り、暴力を振るってオリビアを完全に支配するつもりなのだ。


「そうだ。自分の傷を治すのを忘れるなよ? せっかく公爵にも薬を盛るチャンスができたんだ……傷のせいで捨てられたらもったいないからな」


 悔しさで視界が滲んだ。

 オリビアが震える手で杯を受け取る。

 吐き気を催すような強い臭気に思わずえずく。


「零すなよ? 吐くことも禁止だ。吐いたら獣人を殺す」

「……吐かないわよ」


 虚勢を張るが、杯の中に満たされた麻薬がどれほど危険なものなのかをオリビアは充分に理解していた。


(私が治療していた人の中にも中毒患者がいたわね……)


 穏やかに会話をしていても突如として暴れ出し、薬のためならば犯罪行為ですらためらわなくなってしまった者たち。

 治療中の者ですらそうなのだ。治療を施されないであろう自分がどうなってしまうのか。

 考えただけで、オリビアは震えが止まらなかった。


「何をしている? ほら、飲め! 飲むんだよッ!」


 痺れを切らしたイーノックが杯を奪い取り、無理やり唇に押しあてた。


「……ッ!」

「まだ抵抗するのか! 本当に獣人の首を並べるまで理解できないようだな!」


(……助けて、ルーカス様っ!)


 祈った直後、部屋が揺れた。


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