ネタキャラに愛されて!! --一度は尽きたこの命!! なんの因果か生まれ変わり!! 悪役令嬢として生きるが宿命ならば!! 正史の軌道を変えてでも!! 貫くまでよぉ第二の人生!! 夜露死苦ぅ!!!!--
ここは、王国から遠く離れた領主の土地。
真っ白なお屋敷に咲く庭園は、柵越しに通りかかる者を魅了させていた。
通行人達が門前でウロウロしている目的は、庭先に咲く花でも石造りの豪華な噴水でもない。
ここの令嬢、齢16を迎えたこの町一番の侯爵が大事に育てたご令嬢だ。
「もうすぐ大公家に嫁ぐので一度でもお目通りしたかったのだが……」
「我が村の命運が天秤に掛けられる大事な政略結婚だ。前回は破棄されてしまったからなぁ」
言うのはタダですが、もっと人目が付かないところで言って欲しいものですわ。
陰口はこの身がドロドロになるまで浴びてきましたので。
しかしフードを眉まで深く被っている私も、周囲の目に気を配っているので仕方がない。
人里離れた高台でヒッソリ暮らすことを選んだのは私自身なのですから。
社会から外れる生き方。家に籠もる生き方は慣れっこですので。
獣道もすっかり私達の足跡で人の道へと変わり、
草木を掻き分ける必要もなければ、目線を少し上げて見える我が家もより愛おしくなるもの。
「ただいま戻りましたわ……」
「お帰りなさいお姉様!!」
「ギャッ?! 何でこんな所におりますのピャルーサ!?」
「両家集まって催される晩餐会に招待しに来ましたの」
「お付きの人も連れて来ないという事は、お父様の指示ではありませんわね?」
「えぇ。どうせ引き留められると思いましたので!」
「フン…… 気が利くのか利かないのか……
貴女のその中途半端な行動は、幼少の頃からの目の上のたんこぶでしたわ。
嫁ぎ先でもちゃんとやっていけるのかしらねぇ……」
「お姉様は勉強もせず、誰よりも国全体の内情を分かってらっしゃるからズルいですわぁ」
口喧嘩は昔から終息することがなかった。
私は買い物をしてきた紙袋を台所に置くと、早速調理に取り掛かる。
妹のピャルーサがここに来た理由は一つしかないから。
「私がお姉様のタルトを食べられるのも最後なんですねぇ……」
「はいはい……」
パイ生地を作るとボウルを逆さにしてその上に押し付ける。
プラスで伸ばした二本の生地を絡ませて、取っ手の形も作ればまとめて200度のオーブンの中へ。
灌漑の薔薇の花も加熱させた鍋の中に、
芳香が漂ってきたら取り出して、レモン汁と砂糖を加え沸騰してから数分、
水位が半分になるまで煮詰めたら冷蔵庫に入れて冷やす。
その流れで冷蔵庫に入れて置いた、スライスされた林檎を取り出す。
余った生地と林檎とシナモンでタルトを作っていき、これまたオーブンへ。
そして半球と取っ手の付いた籠型のパイ生地を取り出して後は盛り付け。
タルトにシロップを塗って籠の中へ飾り付ければ、薔薇を詰めた花籠の完成である。
「待っておりましたわ〝魔女様の林檎タルト〟!!」
「ホント好きよね昔から……」
はしたなくバクバク食べるピャルーサの汚いテーブルマナーを見ていれば、
頬杖を着いて見つめている私は相も変わらずで嬉しくもあり、少し淋しさも感じている。
「こんなピャルーサを見るのも今日で見納めなのね……」
「……そうですわね。
でも二年も先延ばしになった分、粗相の払拭は完全なものになりましたわ!」
「口にタルトのカスが付いているわ……」
取って上げる私は今から心配でならない。
夕刻を過ぎれば旦那(仮)が帰ってくる時間。
シロップの原料であるダルメクスローズの花を袋に詰めて帰って来た。
「あ……!! タイミングを逸らした方が良さそうかい?」
「「 いえいえお構いなく 」」
私の旦那さん(仮)。件の大公家の長男であるラインバナド・フェルニキア。
実はピャルーサは二年前に彼と婚姻する予定であった。
しかし私は知っている。この男が可愛いピャルーサに不幸の連続を味合わせることを。
なので私は彼女から彼を奪い、婚約破棄させ、ラインバナドと駆け落ちしたのが真実だ。
「どんどん荒れた土地が良くなっていく。やはり大公家の蹄耕法と治水工は万能だなぁ!!」
「豚の臭いが気になるけど…… 放牧自然豚は美味しいから無駄が無いわよね……」
彼は農家の生き方が性に合っていた。
人との取り決め事が苦手なだけであって、行動力鬼の脳筋イケメン。
ここでの生活は彼が居てこその楽園。今や現在進行形で攻略中の裏ボスだ。
「ラインバナド様ってお屋敷でお会いした時よりも活き活きしてますよね?」
「フッ…… 人にはそれぞれ相応しい生き方があるのをハニーに教えて貰ったまでだ!」
彼はそう言って地下工房に降りて行った。
窓の外には一面に広がる薔薇園が、畜舎には子豚が騒いでおり、
ピャルーサの咀嚼音が終わる頃には自然界のみのBGMが奏でる安息の一時。
「私を恨んでないピャルーサ?」
「……全然? ラインバナドさんとの生活を考えたら一筋縄ではいかないと思いますの」
「そう…… なら良かった」
「それよりもこれからが心配ですわ……
次男のエッケンハルト様との生活がどうなるか不安で不安で……」
「あぁアイツはチョロいわ!!
話を聴いてるフリをして自分の主張をすれば尊重してくれるから、
凝り固まった知識を解して、見る角度を広げて上げれば猫撫で声で甘えてくるわ」
「お姉様の分析能力すごいわよねぇ……」
「まぁ…… 私の中では既に攻略済みだから……」
申し遅れて私の名前はヴァージニア・カルカガンダ。今世を生きる悪役令嬢です。
因みに前世の名前は言いたくないので気軽に総長とでも覚えていて下さい。
この世界は【失意の薔薇園】という昔プレイした乙女ゲームによく似ている、
私の第二の人生を送る舞台だ。
ゲームの流れをざっくり紹介すると、
ヒロインは王国の王太子・名門王宮騎士の跡取り・大公家の次男坊・公爵家の養子、
この四人のどれかを攻略してハッピーエンドしていく話なのだ。
私は周回プレイの先に全てのイケメン群を堕とし、無事ゲームコンプリートしたのは良い思い出。
そしてヒロインの障壁となる、侯爵位のカルカガンダ家の長姉に位置するのがこの私。
そしてさっきまでの話なのだが、
このゲームはヒロインが王太子・跡取り・養子を選び、無事に攻略が進んでいくと、
何故かストーリー設定上、ヴァージニアの妹であるピャルーサが、
大公家の長男坊ラインバナドと婚約させられるのだ。
そして彼のいい加減でゴミみたいな経営手腕は、侯爵家の事業を見るも無惨に破滅させる。
それは徐々に浸食を見せるここが物語の中盤だ。
ここで悪役令嬢である私もといヴァージニアは、同学年のヒロインに妬ましさを覚えるようになる。
上手くいってる彼女は一躍有名人になるのだからそれだけ目を付けやすいのだ。
嫌がらせの果てに攻略対象者を奪おうと過激な行動を見せるもんだから、
この悪役令嬢の未来は勿論、大公家の長兄による没落人生を味わった後、
攻略対象者のヒロイン過剰大好きムーヴの果てに断罪されるのだった。
まぁゲームの大筋はこんなところで、実際は噂のラインバナドと私が駆け落ちして、
妹のピャルーサは次男のエッケンハルトとの御婚姻なので惨劇を回避する筈。
「妹さんは帰ったのかい??」
「うん…… 会食も断ったけどよかった?」
「そうだなぁ…… 行っても腫れ物扱いされるだけだ。何せ両家俺らの実家だ……」
改めて紹介しますとこちらラインバナド・フェルニキア。私の現在の彼ピッピ。
厳つい眉毛に厳つい睫毛、陰部含めて全身が剛毛の王座に君臨するとても厳つい男。
実は彼、ゲームでは隠し攻略キャラだったりするのだ。恐らく制作陣営のお遊びだろう。
公式サイトに提示されている四人のイケメンの枠に入らず、
そもそも乙女ゲーで全ての候補を選ぶ人も少ないのだから、
幻のモンスター扱いでSNSでは騒がれていた。
当然ネタキャラなので、容姿も他四人とは顔の大きさからして比べ物にならない。
褐色な肌に大きな目、そこまでは良い。
胸元全開のシャツを着ていて首にはチェーンが巻き付いている。
そしてトドメとしては、アフロが彼の存在感の六割を乗っ取っていた。
シツバラ(失意の薔薇園)の世界観を根本的に潰してくる、
まさにゲームをやり込んだ者へのお口直しのハッカガム。
ーーアフロは無いわぁアフロは…… だけど……
しかし制作陣はこのキャラを好きで作ったのだろう。
イケメン四人を振り切るレベルで人間力の数値をカンストしてきたのだ。
「今日は俺にご飯作らせてくれ!」
「まだまだ荒れ地をならさなきゃいけないんでしょ?
私がやるから椅子に座ってなさいよ」
「……妹さん、俺のイケイケな弟んとこに嫁ぐらしいじゃねぇか。
お前さんは俺みたいなのを選んでくれたのに、
ただこの森の開拓をやってるだけじゃぁ割に合わねぇって情けなくてよぉ」
「でも性に合ってるんでしょ?
官僚職が専門の大公家より、農業やってるアナタの方が私はかっこいいと思うわ」
「……ありがとうよ。だけどお前さん程の器量と度量だ。狙えるんなら王族も夢じゃなかったぜぇ?」
「そりゃぁ…… そうかもね!」
「ここさ…… 誰にも負けねぇ領地にしてやるかよ……
一歩一歩と農民から男爵と地に足を着けた成り上がりからだけどよぉ、
おめぇさんのこと、その端麗な容姿に見合う爵位を勝ち取ってやるから付いて来てくれやぁ」
「……えっ?? 今のプロポーズ??」
「分かり辛かったか?! ……あぁ今の無し!! そして詫びで俺が飯を作る!!」
「…………」
ーー優男で夢がある男って…… いいよね!!
特に前世でその日暮らしのDV男に惚れ込んでいた私だからこその多幸感。
見た目はオラオラのチャラ男なのに、
イケメン次男坊に負けず劣らずのイケイケ汁を垂れ流しているのだからまったくもぅ……!!
ラインバナドとのその日暮らしも悪くない。
そんなある日のこと。私ヴァージニアの母、つまり侯爵夫人が訪れた。
駆け落ちしてしまった手前、どうも顔を合わせ辛いが追い返すなんてしたくないので上がって貰う。
彼はさすがに気まずいと思って農場へと行ってしまった。
「学び舎へは行っているの?」
「いいえ…… そういえば退学届けも出さず有耶無耶でしたわ……」
私はまだ学園へ通う学生生活の途中であった。因みに17歳で八年生。
ピャルーサとヒロインは一個下の七年生で、エッケンハルト達攻略対象者は九年生だ。
そしてラインバナドは学園中退という設定の20歳である。
「実はあまりよろしくない噂を聞きましてね……」
「……それは私達の事ですか?」
「いいえピャルーサです」
「ん?」
深刻な面持ちの母親の心境は普通ではなかった。
かつて駆け落ちする際に父親以上に揉めたのが母様だったのだから。
愛娘として育てて貰っていたのは原作通りだった故に、心配と不安でビンタまでされてしまった手前、
にも関わらず私を頼ってきたって事は尋常ではない。
「カーリング家はご存じ?」
「えぇ…… まぁ……」
知ってるも何もヒロインが生まれ育つ家だ。
「そこのモモンガ・カーリングという御息女がピャルーサと同じクラスなのね?」
「フフッ……! モモンガ??」
このゲームのヒロインは名前を自分で決められるシステムだ。
しかしモモンガという名前で思わず吹き出す笑いと、薄らとある記憶が蘇る。
確か身近な人間がそんな名前を付けていたので懐かしさすら込み上げていた。
「そのモモンガ様が…… ンフフ…… ピャルーサに何か?」
「えぇ…… ブフッ!!」
「お母様、笑い過ぎです」
「失礼……! どうやらそのモモンガ・カーリングがピャルーサを虐めているようで」
「そんな筈は……」
「彼女とは仲がよろしいの?」
「あっいえ…… それは深刻ですね」
ゲームではヒロインとピャルーサが関わる事なんて無かった筈。
何かが変わったとすればそれは私達の駆け落ちに他ならないのだが。
「要するに私も学園に赴いてモモンガ様を見張れと?」
「えぇ…… あのコには酷だけど、今回の政略結婚はほぼ前向きに成立。
貴女達の件もあってちょっとお父さんが焦り気味に生き急いでいるのよ。
資産も大きく削って大公家との新規事業も進めているから、万が一を懸念してるのよねぇ」
「……分かりました。負い目が無い訳でもないですし、
もしもの時はモモンガ様に言い聞かせてみせますわ」
「よろしくお願いね。婚礼の儀までモモンガ・カーリングに邪魔されなければいいから……」
「「 ……ンフフ 」」
ヒロインのモモンガのお陰で楽しい談笑になってしまったのだが、
事態はそんな穏やかでもなさそうなので、あまり気乗りしなかった学園に再登校を決めた。
正直中退は私にとってステータスだったのだが、
ラインバナドに〝俺と同じになるな〟と言われたら行かずにはいれらなかった。
「おはようございます!」
と挨拶してみるもやはり駆け落ちの噂は学園中に広まっており、
少し遅れて登校するピャルーサと合流して校内へと逃げる。
ヒソヒソ話はどこでも耳にし、クラスルームに入ってもそれは収まる事を知らない。
先公が来るまでピャルーサが隣で付き添ってくれていたが、彼女のその重い口からはとんでも発言が。
「実はこの状況を作ったの…… モモンガ様なんです」
「そうなんだ……」
予期していたが実態は思った以上にピャルーサを苦しめていたようだ。
「ご機嫌ようカルカガンダ家のお二方」
そしてさっそくのご登場。
フワフワした飴色の髪に、より厳選されたバランスの良い顔のパーツとその配置。
親の顔より見た見紛うことなきヒロインモデルのあのコがそこにいた。
「貴女様がピャルーサ様のお姉様ですね? 私はカーリング伯爵家のモモンガですよろしく」
「っ……!」
「何を笑い堪えてますの?」
「こ…… 堪えてなんかにゃわよ?」
「……ピャルーサ様。ちょっと席を外して貰えます?」
「えっ……?」
ピャルーサは私を見て不安がっていたが、
私は微笑んで大丈夫アピールを送り、正確には少し距離を取って貰った。
そしてモモンガは私の顔に顔を近付かせ、まさにガンを飛ばしてくる。
大丈夫アピールをしておいて既に大丈夫じゃなくなっている私。
「やっぱり貴女…… 転生者??」
「なっ…… 何の事でしょう??」
「嘘下手過ぎ…… まぁそんな事はどうでもいいのよ」
「へ?」
「モモンガって名前付けたの…… 貴女??」
「違う違う!! そんなこと出来る訳ないじゃない!!」
「ふ~~ん?」
「それよりこっちも質問。何でピャルーサを虐めてるの?」
「……何でか分からない?」
「??」
モモンガは鼻に、握った拳の親指を当てて一人考え事に走った。
そして自分の憶測に足りない材料が目の前に現れて、ようやく加味する事を許される。
「自分の知ってるようで知らないゲームだと思ってたけど…… 原因は貴女の所為ね?」
「えっ??」
「私ね…… エッケンハルト様推しなのよ」
「…………あっ!?」
繋がった。
「ハンッ…… 道理で慣れ親しんだ普通の攻略法が効かない訳で、
しかもモブキャラのピャルーサと婚約とか理解不能で笑ったわ」
「……でもあと三人候補がいるんですもの、ここが現実だと思って諦めても良くて?」
「アンタがこっちの立場でもそんなこと言えるの?」
「…………」
「正直転生者が自分だけだなんて虫の良い話だと思ってたのよ……
そんな上手く行くわけないって前世での経験上でね!!」
「モモンガさん……」
「その名前で呼ばないで! ……だけどせっかく生まれ変わっても前と同じとか冗談じゃない!!」
モモンガは私の机を蹴り飛ばすなり、胸ぐらを掴んで脅しを仕掛ける。
「アタシは前世でそこそこ人から怖れられていたの……
その気になれば暴力・恐喝なんでもお任せあれなんで覚悟しとけよ?!」
「……ほほぅ?」
それは都合が良い。
「こっちだってそこそこ修羅場潜って来てんだ…… やるんなら上等だよコノヤロゥ……」
「へぇ…… まさか同じ畑かい?
そこらのナヨナヨした小娘じゃぁないならぁ…… 容赦なく徹底的にやらせて貰いますわぁ!!」
自分の身体を突き飛ばし、モモンガは元の教室へと戻って行った。
泣きながら駆け寄ってくるピャルーサの頭を撫でながら私は、これからの事を思案する。
ここは位の高い子達が通う学園。つまり未来有望な貴族の社交場と言っても大袈裟じゃない。
そんな場所で粗相をしでかすなど御法度。悪手中の悪手。
なのでモモンガが大胆な行動に出るとは思えない。
「……学園外でか?」
「どうされましてのお姉様?」
「今月に大きなイベントなどありましたっけ?」
「学園では特に…… しかし週末には先日にも申しました、
フェル二キア家とカルカガンダ家との晩餐会が控えています。
……今からでも参加出来ますよ?」
「週末って明日じゃない…… だけどモモンガはこのポッと出のイベントの事なんか……」
いやダメだ。信じたくないけど彼女の家にはあのチートアイテムがある。
このゲームの可能な限りでありとあらゆる行事が記されてる通称〝早見カレンダー〟。
かく言う私だって攻略対象者の行動パターンを暗記出来たのもあのアイテムのお陰なのだから。
というかチュートリアルで懇切丁寧に教えられるくらい重要な物だからあって当たり前の代物だ。
ーーてことはモモンガの狙い目であるエッケンハルトの行動は筒抜け……
なので当然出席される自宅でのパーティーの事も隠しようがないな
彼女の狙い目はここしか有り得ない。
婚礼の儀(結婚式)も迫る中、時間が経てば経つほどあの人も行動が制限される筈。
周りの空気が一定の方向に流れる間で奇行に走ろう物なら、それこそモモンガにとっても罰が悪い。
「間違いない……」
「お姉様……?」
「……ピャルーサは私が守るから」
「へっ/// どどっ…… どうされたのですか急に?!」
小柄で可愛い妹の身体を抱き締め、私は固くそう誓った。
元々こっちの人生を始めてからはこのコを不幸にさせない為の行動を取っていたので、
今更自分の行いにケチを付ける輩に引っ込みつかないってのも事実。
だけど何だろう。相手もそこそこヤンキー気質なのだと分かってしまえば引けねぇプライドもある。
次の日。カルカガンダ邸。夕刻。
中央の噴水を囲んで複数の馬車が犇めいている。
玄関前にはこちらの召使いが何列にも待機しており、
その真ん中には両親とピャルーサ、そして少し離れて私とラインバナド。
手前の一際エレガントな馬車は金糸と真珠の刺繍が施され、
支配者の従属を意味するバングルを両翼にはめた雛鳥のエンブレムが、馬車の側面に埋め込まれている。
中から顔を出すのは見知った四人。
王族のお膝元であるフェルニキア大公家。
ラインバナドの父上であられるキンバーツ・フェル二キア。母のモルガナフ・フェルニキア。
そしてあちらの主役である次男のエッケンハルト・フェルニキア。
最後にこのゲームの隠れイケメン。三男坊のラージァボイド・フェルニキアだ。
シツバラのモブキャラにも関わらず容姿がエッケンハルト寄りで、
彼を攻略出来ないのはバグだとSNSで一時期荒れていたのを覚えている。
まぁ私達の一件はカルカガンダ家の人間ほど熱が冷める物でもなく、
侯爵家よりも威厳を保たなければならない官僚職というのは一筋縄ではいかなかった。
けして良い顔を見せない彼らの中で特に家長であるキンバーツは、一言も発さずに邸宅に入ろうとする。
すると私の背後に隠れていたラインバナドが、父親と目が合うなり少し怯えた声で挨拶を試みる。
「目も当てられぬ愚息がここで何をしておる?」
「会食に誘われたんだ…… 一応両家の関係者だしハルトの兄貴だし……」
「フッフフ…… 貴様にフェルニキア家の人間としての自覚があったのか?
そこのあくどい女狐との駆け落ちで我々がどれだけお上から笑い者にされたか……」
「ヴァージニアの悪口は言わないでくれよ父ちゃん!!
ハニーは俺に居心地の良い道を標してくれたんだ。
民にあぁだこうだ口を出す管理職より、現場で活躍した方が向いてるって思わせてくれたんだよ!!」
「人前で父ちゃんって言うなぁ!!!!」
「っ……!!」
「失礼カルカガンダ家の皆々様……
今宵は楽しい楽しい食事に招かれたのに大声を出してしまった事、
そしてそちらのお嬢さんを貶めてしまった事に対して謝罪を致します」
「いえいえ…… いえいえいえいえ滅相もございません。
こちらこそ事前に連絡も無く、気分を害する者共を招いてしまい申し訳ございませんでした!!」
杖をカツカツ地に叩きながら屋内に入るキンバーツと、
その後ろで両手を擦りながらペコペコ付いて行くうちの父。
後に続いてフェルニキア家も奥へと進み、ようやく母様と姉妹とスキピの四人も中へ入れた。
「やはりチーズ事業は前向きにとはならんのですかなぁ?」
「そうだなぁ…… 今年度の搾乳の量が全体的に著しく低下している。
一口分のチーズを作るのにその十倍の量の生乳が必要になるのだから、
チーズを取るか、牛乳を取るかのいらん問題が発生してしまうなぁ。
役人も方々に意見収集の為だけに派遣する訳にもいかん……
経済動物の全体的な総数をどうするか、酪農全体の方針を考えなければならんな」
「承知しました…… 無理な相談に耳を傾けて下さってありがとうございます。
して次は霜に強い冬季の野菜を品種改良による増産について……
いや先の話にも出てきました家畜について、配慮しない多頭飼育の劣悪環境形態の改善、
自衛防疫・保健衛生の見直しなども……」
「ワッハッハ! そう急ぐでない盟友よ。
今は新たに結ばれし親族同士の仲を深めようではないか。
仕事の話は食後にたんまり出来るが、我々お家の話は今しかなかろうて」
うちの領土は昔から酪農と農業に強い。
その一つの土地にしがみつく根強さ故に与えられたのが侯爵の地位だ。
しかしその名誉ある勲章が渡された真の理由はここが国の端ということ。
つまり敵国とお隣通しになるここは、内側を守る殻の役割を担っている。
故に強制兵役による徴兵が主な仕事である父にとって酪農と農業は、趣味に近い副業。
モチベを保たせる為に敢えて甘い声で話を合わせているのが、キンバーツという男なのだ。
(およそ女性プレーヤーが興味を持たないであろう設定集に書かれていた内容である)
「この家とも暫しのお別れですがピャルーサさん、
お気持ちの整理などはもうついてまして?」
ここでフェルニキア夫人のモルガナフがピャルーサに話し掛けるが今は非常にマズい。
「…………」
「……あら? どうされましたの?」
そう、今朝からピャルーサの様子がおかしいのだ。
一言も声を発さず、召使いにされるがままの支度で今に至る。
側近の教育係でもある使用人頭も今日というイベントの重大さ故に説教する声を荒げていたが、
それでも彼女は家族にすら目も合わせない。
「最近は貴族のフィニッシングスクールに通っていますのよ!
そこの先生から高評価を頂くほどのお墨付きなんです。
どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘ですぅ!!」
咄嗟にこちらの母様がフォローに入ってくれた。
フィニッシングスクールとはこれまた懐かしいワードだ。所謂、花嫁修行。
ミニゲーム感覚で参加して成功すれば、魅力度ステータスが上がるバラエティー要素だったわね。
「そうなんですの~~ だけど今日は体調が優れないようですね。
嫁と姑の関係ですから今からでも仲良くしたいのですが~~?」
「えぇ今朝からちょっと本調子でないようですみません。」
「またどこぞの泥棒猫にフィアンセを盗られないか気が気でないのでしょう。
ねぇ…… ヴァージニアさん?」
ーーこのババァ…… まぁ事実だけど
「一時はどうなるか心配でしたのよぉ。そちらの領主様の心労痛み入りますもの~~
ですがこれでもう大団円。この期に及んでまさかもう邪魔者など入りようありませんものねぇ~~
どう思われますかヴァージニアさん?」
「……えぇ大丈夫だと思います」
「主人はどうか分かりませんが私は寛大ですから貴女の事は許しているんですよぉ?
なにせ手の付けられない愚息…… ンッン~ 令息と一緒になってくれたんですからね~~
お住みは何処だか存じませんが、子供の幸せは親の幸せですよ~~!!」
全部周囲に聞こえる様にぶちまけて来やがる。
彼氏の母親がこういうタイプだったら苦労するんだなぁって実感しております。
そしてモルガナフは攻撃の手を緩めなかった。
「二人で今は何をなされているのラインバナド?」
「放牧豚でデコボコの土地を平らにしたり、国の昔ながらの叡智を以て治水をしています。
酪農と農業を中心に侯爵様の力を借りて、新事業のサポートに回りたいと思ってます。
ここまで順当に進んでいるのも父ちゃっ…… お父様の手腕あってのものと訊いています。」
「フン…… 猫撫で声で擦り寄って来ても何も出んぞ……」
蝿を叩くが如く息子を無碍にあしらうキンバーツ。その隣で早くも無関心になるモルガナフ。
二人は息子夫婦の甘酸っぱい新婚生活を聞きたいのではなく、
ただの情報収集の感覚で聞いていたのが腹立つ。
時間が進めばテーブルには飲み物と軽くつまめる食後のデザートのみ。
そして大食堂の端では、大道芸や歌手・踊り子などのショーが始まっていた。
真ん中の歌姫はゲームで有名なドゥーリー・ハルバルパ。
数あるサイドストーリーの中でピカイチの感動物語があるのだが、
状況が状況なだけにご本人が目の前で歌ってくれるエモさよりも、
まだまだ駆け落ちを許してませんよのオーラが勝つ。
ーー……あれ?
暫く夢中になっていて気付かなかった。
ラインバナドと三男のラージャボイドが席を外していたのだ。
自分もトイレを装い席を立つと、館中を探してみる。
するとトイレ横の人気のない場所で二人が会話していたのだった。
「本当に連絡を寄越さないもんだから心配したよライン兄様」
「すまねぇなボイド。農具やら肥料やら裏から手を回して貰って感謝してるぜ。
近場の業者は噂が広まっている所為か足元見て来やがってよ。売らないか高値を押し付けてくるんだ」
「そんな事は大したことじゃない。
いい加減に僕には本当の事を話してくれ!」
「……何の話だ?」
「あの女狐から脅されてるんだろ?
目当てはうちの財産か? 爵位か? それとも国家の機密情報か?」
「待て待て! 俺とヴァージニアは本当に愛し合って……」
「兄様にはそういう顔をしてるだろうが心配なんだよ…… 良からぬ噂もあるし……」
「噂……? そりゃぁ駆け落ちが広まってんだから尾鰭も付くだろぉ?」
「兄様達が住んでる場所。ここの領土のさらに端っこだろ?
敵国に情報を売ってるんじゃないかって、割と洒落にならないんだ。
気付いてないと思うけど二人の身辺に何人かの役人も忍ばせているらしい」
「そんな馬鹿な話……」
「大公家の長兄が家を飛び出してあまつさえ駆け落ち。
そして国の端っこで何やらコソコソしているってだけで成立するんだよ」
「っ……」
「僕は兄様を疑ってはいない。だけどあのヴァージニアという女は違う。
兄様の人生を滅茶苦茶にしておいて澄ました顔で食事をしている奴に正直イラっとしているんだ」
陰でコソコソ聞き耳を立てていた私は、かつてないほどショックを受けていた。
元の悪役令嬢として嫌われるならまだしも、
本来その通り名で呼ばれるようになるルートを歩んでないパターンでの現在だから、
ヴァージニアに言われる悪口ならば高がゲームと持ち堪えられるのだが、
これにはさすがに自分の選んだ行動故の反動で胸が苦しくなった。
「ヴァージニアは多分…… 昔からの俺を知っていたんだ」
「え?」
「え……??」
思わず声が出てしまったがラージャボイドと被ったためセーフ。
「幼少期に会ったことはねぇよ。
俺がピャルーサと結婚する話になったとき不意に近付いて来たヴァージニアが初対面だった。
今思うと不思議な話でよ。どんな話をしてもハニーと合うんだよこれがぁ。
いや正確には合わせてくれてるってのが本当なんだろうが、もう毎日楽しくてよ。
ピャルーサと結婚したら、毎日お義姉さんと話が出来るって結構目的が歪になり始めていた」
「そうですよ! その時点からあの者の良からぬ計画が始まっていたのですよ!!」
「そう事実確認もせずに邪険にするな ……ただ何か思惑はあるんだなと察するようにはなった」
「思惑?」
「不思議なもんで下らない話題も含めて意思疎通を積み重ねていくとな、
確信もなく相手が何を考えているか解るようになってしまうんだ」
「……それでその思惑とは?!」
「……俺ってお前ら兄弟からすればかなりの落ちこぼれだろ?」
「うっ……!?」
「いやいいんだいいんだ。俺だって陸でなしだけどちゃんと周りは見えてんだ。
だがヴァージニアの父ちゃん、侯爵が俺らフェル二キア家に求めるのは官僚としてのノウハウ。
俺は頭を使うのはからっきしで今ならもしもの未来が見えちまうんだ」
「……まさか」
「もしピャルーサと結婚して、そのまま俺が官僚の職に就いてしまった場合。
必ずと言っても過言じゃない確率でカルカガンダ家を滅茶苦茶にしていたんだと思う。
ハニーはそれを見抜いていたんじゃねぇかな…… そして解決策として俺との駆け落ちを選んだ」
「…………」
「ここまで俺がダメ人間だと確信を持つには、俺を昔から知ってる以外有り得ねぇだろ?
多分母ちゃんでも俺の頭の悪さは未知数だった筈だぜ……
だけどハニーは俺も知らない俺を理解してくれたんだ。これがどういう事か分かるか?」
「っ……」
「俺にハニーを嫌う理由がねぇのさ。
大事な妹を助けて、ついでに俺に生きやすい現場仕事の道を示してくれた。
もうゾッコンラブチュッチュよ」
「……ではヴァージニア・カルカガンダは潔白だと?」
「妹のピャルーサはほぼ毎日、手ぶらで家に遊びに来てる。
手ぶらだぜ手ぶら!? 貴族が揃ってんのに気品なんてあの家には皆無だ。
まぁハルトの嫁になったら毎日って訳には行かなくなるだろうがな。
でもそれだけで妹が姉からどれだけ無償の愛を注いで貰っていたかが分かる。
そんな大好きな妹がいる国を、態々危険に晒すとボイドは思うか?」
「……ちゃんと兄様が事実確認してくれてるじゃないですか」
ガハハとラージャボイドの背中を叩くラインバナド。
両親との確執は取れないけど、兄弟同士にまだ愛があるだけマシマシってもんだ。
長兄が三男の首に腕を回して仲良く席に戻っていく様は十分尊いのだけれど、
陰で一人聞いていた私がボロボロ大粒の涙を流していたのは皆には内緒で。
二人とは時間差で食堂に戻って来た私に母様はそっと耳打ちしてくれた。
「もう少しで終わるからね」
「……ありがとう」
相も変わらずピャルーサは貝に閉じ籠もっている。
表情から読み取るに困惑しているとも見てとれるが。
そして晩餐会も終わりに差し掛かった時、急に厨房が慌ただしくなり始めた。
「どうしたというのだ一体……」
父様が様子を見に赴く。心なしかキンバーツは深い溜息を吐いて私とラインバナドを睨んでいた。
慌てて戻ってくる父様が最初に放った言葉は、
「今すぐ避難して下さい!! 火事です!!」
「何だと?!」
キンバーツを先頭に一目散にフェルニキア家が外へと避難した。
しかしエッケンハルトだけは残り、ピャルーサの安否を気にしている。
「ヴァージニア!! 逃げるぞ!!」
ラインバナドが私の手を掴んで煙が上がる方向と逆の方へ連れて行ってくれるが、
私にとっては無視出来ない存在がその黒煙の中から出て来たのだ。
「受け入れ続けた結果クソみたいな人生だった……
欲しい物は何でも奪う…… そんな奪う側の私が大好きだった……」
片手に包丁を携えたモモンガがこちらへと駆けてくる。狙いは私ではなくピャルーサ。
「っ……!! 手を離して! 助けなきゃ!!」
「ピャルーサは弟が何とかしてくれる!! 今は外に出るぞ!!」
パニック状態でこの暗闇の中、ラインバナドにはモモンガの姿が見えていなかった。
おそらく確信を持てる私だからこそ奇跡的にシルエットを目で追えている。
そしてエッケンハルトにも彼女の姿は見えていない。最悪の状況だ。
「ピャルーサ!! 逃げてぇ!!!!」
貴女の幸せを考えて選んだルートだった筈なのに、結果貴女を危険な目に遭わせてしまった。
リセットが可能なら強く願いたいけど、現実だからこそ愛おしく思える。だから。
ーー死なないで!!
闇を駆ける刃先は淡くギラつき、振り下ろされる先端がピャルーサの首筋を捕らえた瞬間。
か細い腕がモモンガの包丁を持つ腕を強く握り、感覚が無くなるまで圧っせば、
床に何かが落ちた鈍い音を聞いた私は、ラインバナドの手を振りほどいて彼女のもとへ駆け寄った。
「ピャルーサ!! 大丈夫?!」
「……お久しぶりです。姐さん」
「はえ……?!!!」
モモンガは無事に取り押さえられた。
消火活動は迅速に済み、お屋敷丸々おじゃんというまではいかなかったが、
そこそこ煙が上がったので柵越しには野次馬でごった返していた。
毛布にくるむピャルーサに近付いて再度事情を聴いて見ると、
「やっぱり姐さんなんすね?」
「貴女…… もしかして転生者?」
「哲子です!! 姐さんの舎弟の哲子っす!!」
毛布を取れば、ドレスにも関わらず両腕を後ろで組んでお辞儀をする。
「……因みにピャルーサ本人はどうしたのかしら?」
「記憶は残ってますが、今のところ人格は私が乗っ取ってしまったみたいっすね!!
控えめに言ってホラーっす!!」
「えぇ…… そうね」
火事が起きてから二転三転の事態が起きて全く頭が付いて行けていないが、
今起きている事に目を向けてみれば、ピャルーサの身体に私の舎弟の哲子がいきなり転生してきて、
そして別の場所ではモモンガが今まさに憲兵に連行されようとしていた。
「貴様の所為で親御さん達もさぞ悲しまれるだろうなぁ……
大公家に向けた牙、苦しんだ先の果てまで簡単に折らせはせぬぞ」
キンバーツのお怒りはご尤もなのだが、
もしもあの娘と私の立場が逆だったら、私も死に物狂いでこの世を生きていたのだろうか、
そんな事を考えている間にも、不思議と身体は前進していた。
「その者は私が預からせて頂きます」
「……何だと女狐?」
馬車に押し込められそうになっているモモンガ。
すんでのところで私が水を差してしまったが為に、キンバーツの鋭い目付きはこちらに向けられる。
「何か言いたいことがあるのかね侯爵殿のご令嬢よ?」
「カーリング家は私共の監視下に置きたいと思っています。
勿論罪人として敵国のそばで強制労働…… 如何でしょうか??」
「フハハ! ……そりゃぁいい。だが駄目だ!!
モモンガ・カーリングを筆頭に一族は皆、錆鋸で消えぬ傷を負わせた後、
男は未開の開拓地にて強制労働。女はタダ働き同然の娼婦として売られようなぁ」
「それも此度のしでかした事への至極全うな罪の償い方だと思います。
しかし…… それでは我が父との約束を放棄なさるということになりますが?」
「何だと?」
「カルカガンダ家の新事業の根底は領土拡大。
それに伴い酪農・農業の革新的な飛躍を目的とした先進的な開墾。
これを進めるに於いて必要不可欠なのが、今以上の我が領土に迎え入れる領民の増殖です。
下僕や奴隷、働き手の類に有無を言わず火急を要すること目に見えております。
勿論罪人の強制労働などうちでは今、願ったり叶ったりでございます」
「女が口を出していいことではない!! おい侯爵!! この無礼者を視界の届かぬ場所へ連れて行け!!」
「はっはい…… ですが…… 僭越ながら娘の提示している案は私も後日言うつもりではありました。
余剰領民の話は近頃無く、何処も今は人手が欲しいのが現状。
どうか前向きに捉えて貰えないでしょうかキンバーツ様?」
父様が私の味方をしてくれたことは頼もしかった。
しかし格下の者の生意気な態度は上役の逆鱗に触れるだけ。
「ならばこの度の婚姻の話も白紙だな侯爵? いつからこの私より偉くなったんだ??」
キンバーツの好き放題の言い草に父様はただ頭を下げるしか出来なかった。
「刃向かった事は王都に持ち帰らせて貰う。
ここには新たな侯爵を派遣し、お前はそうだなぁ…… 準男爵からでも始めてみるかぁ?!」
「いい加減にしろよ親父!!」
吠えたのはラインバナドだった。
「王直属の官僚が聞いて呆れるなぁ……!!
現場仕事をしている国民達のサポートをするのが俺達の仕事だろうがぁ!!
それを気に食わないから降格だとぉ? いつからアンタはそんなに腐っちまったんだよぉ?!」
「おい…… 俺はお前を勘当のつもりで手放してんだぞぉ??
その気になりゃぁ…… 死刑という名目でそこの憲兵に銃殺だって命令出来んだぜぇ??」
「この……」
「土下座しろぉ土下座ぁ!! 地面を舐めたら許してやらぁ!!」
歯を噛み締める程の屈辱だが、ラインバナドに躊躇は無かった。
「お願いします!! カルカガンダ家の人達は…… 大事な俺の家族なんです!!
これからの食糧難を未然に防ごうと頑張ってる温かい人達なんです……
そんな人達の努力を奪わんといて下さい!!!!」
「ブハハハハハハ!!!! おい憲兵何してる!! さっさとこのグズを殺せぇ!!!!」
肩に掛けられた銃を取り出して構えた憲兵が向ける銃口は、
ラインバナドではなくキンバーツの眉間だった。
「ご同行願いますキンバーツ様。貴方には職権濫用の疑いが課せられました」
「なっ…… なな…… 何を言っとるんだ貴様はぁ?!!!」
「エッケンハルト様のご命令です」
「はぁ?!!!」
「フン…… さすがに見て見ぬフリは出来ませぬぞ父上。
身内を殺すとか正直ドン引きです。連れて行け!」
馬車に乗せられたのはキンバーツでモモンガは解放された。
「あと母上も…… お義姉さんに対する罵詈雑言、これからは慎むように。
せっかく招かれてお出しして貰った食事も、味を楽しむどころではございませんでしたよ?」
「うぅ……」
ーー三兄弟揃ってイッケメ~~ン!!
一件落着、かと思いきや、
馬車から飛び出して来たキンバーツが私目掛けて殴り掛かってきた。
「お前の所為だ!! お前のぉ!!!!」
「ヴァージニア!!」
私のかっこいい未来の旦那様が守りに来てくれているところ大変申し訳ないのだけれど、
さすがにこの状況、少し抵抗したところで不問になるでしょう。
「最後にはイケメンだけが残ってればそれでいいんじゃぁぁぁああああ!!!!」
令嬢にあるまじきグーパン制裁。
頬にめり込んだその勢いでキンバーツは、再び馬車の中へと押し戻された。
「連行!!」
「「 ハッ!! 」」
「さっすが姐さん!! 見事な正拳です!!」
ピャルーサの件についてはまず棚の上に置いておこう。
キンバーツが令息によって牢獄に入れられた後はてんやわんやだった。
まぁあの図太さは形だけでなく、探せば汚職による不正証拠が出てくる出てくる。
逆に私渾身のブローは神のご加護で片付けられた。
今まで華奢に生きていた事実が幸を呼び、まさか隠れて筋トレを趣味としていたなんて誰も信じまい。
こういうときに前世からの習慣が身を結ぶなんて思いも寄らなかったけど。
あと前世の家は軽めの浄土真宗だったが、神様ってのも捨てたもんじゃないなって思わされた。
数ヶ月後には無事にピャルーサとエッケンハルトが結婚。
父親がぶち込まれたので異例の出世を果たした次男の彼が後を継ぎ、
異例の玉の輿となったピャルーサには良かったねとしか言いようがなかった。
そんな彼女は新婚にも関わらず、いつものように私の家に遊びに来る事を欠かさない。
ピャルーサ本人の意向もあるとは思うのだが、やはり中にやって来た新しい人格も相俟ってだろう。
「こうですか……!?」
「もっと背筋を伸ばして!! 仰け反る勢いでぇ!!」
「ヒィィ!!」
「ピャルーサは出来ていたわよぉ哲子。入れ代わって貰った方が良いんじゃなぁい??」
「まだまだっすぅ!!」
今日は久々のツーリング。
と言ってもバイクなんてこの世界には無いので馬で代用だ。
風を切りたい気持ちもあるが、馬の気持ちを考えてトコトコ歩くのも悪くない。
「ピャルーサは元気にしてる??」
「大丈夫っすよ!! ちゃんとスケジュールを立てて入れ替わる時間帯を決めてますんで!!」
「そう…… それより哲子さぁ…… まさか後追い自殺じゃないわよね?」
「考えましたけど姐さんの考えはウチには親以上に分かってるつもりなので!!
ちゃんと暴走族人生を駆け抜けた先の事故で死んだっす!!」
「……まぁいいわ。人のこと言えないし」
「それにしても、まさかあのシツバラの世界に来るなんて思いもしなかったっす!!」
「そうねぇ~~」
「姐さんが好きで、飽きたからウチが貰ったんすよね。
ただ乙女ゲーは不慣れだったもんでちゃんとクリアしませんでした……!」
「……あれ? 確か貴女の付けていたヒロインの名前って」
「モモンガっす!! 可愛いっすよね?!」
「ぜんっぜん可愛くないわよ!!
名付けてくれた親でさえ笑う奇々怪々だったわよ!!」
遅れて今回のツーリングメンバーは私と哲子とモモンガです。
彼女は私の言った通り、この領地の開拓移民として引っ越して来たのだった。
無理に償えとは言っていないが、何だか事情を知る者同士、集まった方が落ち着くのだ。
「全くいくら開拓時代の血を継いでいたからって、
何でこっちの世界で実際にやらなきゃいけなくなるのか……
あずましくて敵わねぇべぇ……」
「……えっ? もしかしてモモンガさん北海道出身??」
「そうよ…… えっなに?? 貴女達も道民??」
「「 んだんだ!! 」」
「……あずましくて敵わねぇ」
「えぇ同郷なら仲良くしましょうよ。ついでにもうモモンガなんて呼ばないから本名教えて!
私の名前はヴァージニア・カルカガンダもとい鬼怒川竜飛よ」
「いよっ!! 名が体を表してらっしゃる!!」
馬上から握手を求められるモモンガは恥ずかしながらも、
「蛇池…… 蛇池茉莉花……」
「キラキラっすかぁウラヤマーです~~ ウチなんて哲子っすよ哲子!!」
「うちの親がたまたまあの某魔法のランプが出て来る映画が好きだったのよ」
名前を連呼する哲子とそれを良しとせず睨んでいる茉莉花。
しかし竜飛だけは俯いて何やら思い出そうとしていた。
ーー蛇池茉莉花……
うちの族の初代総長の名前と同じだけどまさかね……
そして私達は目的の場所に到着した。
当てもなく奔走していたわけじゃなくってよ。
女の勘が伝えてくるビッグイベントの予感よ。
「じゃぁちょっとだけ待っててね」
「姐さんファイトっす!!」
「仕事あるんだからホント巻きでね」
馬を降りて駆け寄った先には、切り株に腰を下ろして水を飲んでいるラインバナドが待っていた。
女の勘が知らせを告げている割には、相変わらず期待を裏切るお姿だ。
「おっよぅヴァージニア…… 良い天気だな……」
「……あからさま~~」
本当にこの人はもう。
「なぁにぃ? もしかしてあの時のプロポーズの続き?」
「っ…… あぁそうだよ!!」
ラインバナドは立ち上がって私と対に構える。
汗を拭くタオルを腕に撒いては解いてのモジモジしていた。
もう二言三言弄ってやろうかなと思いきや、急に姿勢を正してマジな雰囲気出してきたではないか。
「この領地もまだまだ落ち着ける場所とは言えねぇ!」
「…………へ?」
「そりゃぁもうここは国の端っこ、国境付近だからな。
自国の王都よりも隣国の王都の方が近いって話だ……」
「だから…… 何?!」
「俺はまともに料理も出来ねぇ。畑耕して家畜育てるだけが取り柄だ!
王国からやっと子爵を貰ってそれだけが誇れる肩書きだけの人間だがよぉ、
それでも、おめぇさんを養える男にはなれたと思っている」
ポケットから出して来たそこそこ値の張る指輪には驚いた。
天地がひっくり返ってもラインバナドが結婚指輪を用意する男とは思っていなかったので。
それよりも返事をしなければならない。だけどここに来るまでに心は決めてはいた。
「だから…… 俺の嫁さんになってくれ、ヴァージニア」
「……うん!!!!」
目一杯、彼に抱きついた後、
男泣きしながら走ってくる哲子とそれ以上のハグを交わす。
これにて私のお話は終わり。
王道な乙女ゲームの誰も知らない物語、これにて閉幕です。