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ゆめうつつをつづる  作者: 稲波 緑風
2024年3月
138/767

2024年3月6日 どく

 長生きをしたいと思う人が実は短命で、長生きなんぞしたくない人が長生きする。そんな話はよくある話だ。命に執着する度合いが違うから、とでも言おうか。気楽に生きるだけでは、長生きしないようである。

 人間が生きていくには、“ほどほど”が何事も良い。栄養も、食事も、睡眠も、運動も、ストレスも。つまり、寿命もほどほどが良いわけだ。

 事故や災害、人災での死は、ほどほどなどということは言えないので、ほどほどカウントには入れてはいけないだろう。

 除外したものをカウントせずに考えると、病もまたほどほどが良いのだろうか? と悩ましく思う。無病息災は確かに大事だが、一病息災という言葉があるのだから、病はどこまでがほどほどになるのだろうか。

 風邪は万病の元。そんな言葉があるのだから、風邪までが“ほどほど”だろうか?

 文明、化学技術の発達によって、風邪以上でももしかしたら“ほどほど”が出来たかもしれないが、逆に発達によって風邪よりも軽いのが“ほどほど”が出来たかもしれない。

 さて、なんでこんなくだらないことをつらつらと綴るのか。

 通院してきたからである。治らない病の定期健診なので、問題は何もないが。

 だが、私にとっては死への免罪符である。一つ誤れば、簡単に死んでしまえるのだから。

 自分自身の家族へのお荷物加減が大きくなってきたら、選択してしまえるものだ。

 いや、本当はもう選択しなければならなかったのかもしれないけれども(笑)

 まあ、亡くなる前にやろうと思うことはある程度やってからにしようとは思っている。未練を残してこの世にとどまってしまうのも間抜けにみえるので。

 出来るだけ人生を“ほどほど”に生きていければ、それでほどほど満足になるかもしれない。

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