第5章 第2話 身代わり(その1)
それから数日ののち、ウェルデハッテに王都から一通の書状が届けられた。
届け主はつい先日村を訪れたばかりの騎士オーレンその人であった。
だがその内容はと言えば、文を開封したアンナマリアが露骨に顔をしかめるのも無理は無い、何とも穏やかではないものだった。
「アルマルク商会に官憲の捜査の手が伸びた、あるわね」
「……ついに来たか」
ギルダはアンナマリアと二人顔を見合わせた。このような大事な知らせを文一通で済ませようというオーレンをどやしつけたい思いだったが、あいにく彼は不在である。まずは取り急ぎ一報を伝えるために文のみを送ることと、このような折に村に居合わせて不要な疑いをもたれるのを避けたい、と手紙には書かれていた。さらりと書かれてはいたが商会は先だってイザークとメルセルが久方ぶりに立ち寄ってきたばかりであり、そこに官憲が土足で踏み込むような事があったならばそれは多いに憂慮すべき出来事であった。むしろそのような目にあってクロードらが無事だったのかどうかも気がかりだったが、オーレンがどのような配慮をしたところで、結局その数日後にウェルデハッテにも官憲の手は及んだのであった。
むしろ村の人間の知人としてその場に居合わせるのを避けたかっただけではないか、とアンナマリアは腹立たしく思ったが、ここに至ってあれこれ言っても始まらない。
何の先ぶれもなく唐突に訪問してきたのは憲兵隊の一団であった。普段であれば近衛師団の下で王都の治安を守るために働いている者たちだ。それがわざわざ、こんな寂れた村にまで足を延ばしてきたのだった。
その馬影に最初に気づいたのはギルダだった。もちろんオーレンの書簡の通り彼らがリアンを探していると言っても、アルマルクの隊商はすでに村を出立した後だったし、そもそもリアンは国境向こうに残ったまま帰国すらしていない。
「……それで、あの連中をどうやってやり過ごすつもりなの?」
「来るなら来い、だ。目にものを見せてくれよう」
厳しい眼差しで遠くの馬影を睨み据えているギルダにアンナマリアは問うたが、その回答であれば事と次第では話がややこしくなるだけでは、と彼女は天を仰いだ。まずは自分が一人で対応するから、と言って彼女はギルダに戸口の奥に下がるように告げるのだった。
僧院の建物が目についたのか、村にやってきた官憲たちはまずは診療所にずかずかと踏み込んできた。応対したアンナマリアに、横柄な口調で告げる。
「この村に、メルセル・アルマルクの妻であるリアンという女が身を隠していると聞いた。我らに身柄を寄越していただきたい」
どこでどのように聞いたらそういう話になるのか、とアンナマリアは首を傾げたが、その威圧的な物言いは、気安く反論したり冗談を返したりはしない方がよいのでは、と思わせた。とはいえ居ない人間は差し出せないし、はいそうですかと気安く応じられる話でもない。
「仮にそのような女性が村にいたとして、どのような罪状で王都に曳かれていくのか、説明はしていただけるのかしら」
我ながらギルダが述べそうな口上だと内心思いながら、毅然と言い放ったアンナマリアに、官憲は居丈高な口調で返答した。
「リアンなる女がかつて王姉ユーライカ殿下の離宮にて女官として働いていた事は調べがついている。離宮とはいえ王都で王族付きの女官として働くには相応に確かな身分でなければかなわぬ事。このリアンなる氏素性あやしき女が雇い口を得られたのは、王姉殿下が何者か曲者を匿う意図があったからに相違ない。そのリアンなる女こそ、未だ行方の知れぬアルヴィン元王太子殿下に連なる者に違いないと我らは見ておる」
アンナマリアはその口上に、ついに来るべきものが来た、と唇を固く結んだ。
「その女をここに連れてくるがよい。そなたが協力せぬというのならば我らで村中を捜索させてもらう。そののちお前も王権に歯向かう反逆者として身柄を拘束してやるぞ」
そのようなあからさまな恫喝を前に、アンナマリアはどう判断してよいかわからずに、ちらりと隣室の戸を見やる。閉ざされた戸口の向こうでギルダも今の話を聞いていたはずだが、彼女だったらどう言い返していただろうか。
そんな彼女の視線を察知したのか、憲兵が奥の部屋の方に乱暴に歩み寄った。
「あっ」
アンナマリアが思わずその兵士を呼び止めようとする。それが相手の気に障ったようで、彼女はじろりと睨まれてしまうのだった。




