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第5章 第1話 東への旅(その6)

「ご存知の通り、私はどうも姫殿下のお味方の側と見なされてしまって師団の中でも上の方の覚えがたいへん悪く、昔馴染みの顔見知りの同僚などに当たって色々噂話を仕入れてはいるのですが、それも最近警戒されている有様で」


 離宮にはまだシャナン・ラナンが一人残って細々と建物の管理人のような仕事をしており、未だ離宮詰めの任にあるオーレンは言ってみればその使い走りのような雑用を粛々とこなす日々であった。近衛師団から見ればユーライカ存命の折より離宮勤務のオーレンはシャナンとも懇意であり、ユーライカが逮捕されたくらいの頃から露骨に上に煙たがられているのだという。だが職を追われるほどのへまがあったわけでもなし、むやみにくびにするわけにも行かず、近衛騎士の職にあってずっと冷や飯食らいという扱いなのだ、と本人は自嘲する。


「ただそれでも伝え聞くところによると、姫殿下の側仕えの中でも当時アルヴィン王兄殿下にお味方に近しかったような家柄の者たちから順繰りに、近衛やら憲兵隊が何かしら動きを見せているという話にございます。こちらに来る前にクロード殿にもあらためてご忠告申し上げてきたのですが、どうも面倒だから立ち消えに、という風にはなっておらぬようでして」


「そういう話であれば、いずれこのウェルデハッテにも官憲の手は伸びるであろう。やはりそのつもりで覚悟していた方がよさそうだ」


 ギルダは険しい表情で、そのように告げた。


「騎士オーレン、そなたも今日、それを告げに来たのであろう?」


「それも含めて、ですね。……それとは別に気になる一報もございますので、お耳にいれておいた方がよいかと思って参上した次第です」


 そのように前置きして騎士オーレンが一同の前で語って聞かせたのは、クラヴィス国王が病に伏せっている、という報せであった。


「おいくつになられるの?」


「御年四十三歳になられます。まだまだお若い」


 アンナマリアの問いに、オーレンが答える。


「一時的に体調を崩されているということなのだと思いますが……二、三日程度であればともかく、まとまった静養が必要という事であれば政務にも差しさわりがありますので、この件が広く布告された次第です。思い起こせば、姉君であるユーライカ王姉殿下の逝去の時も唐突と言えば唐突でしたから、もしや国王陛下までもが、と憂慮する声も多くありまして。先走った不吉な話をしてはならぬと、王都では官憲が普段よりもにらみを聞かせている有様です」


 そのような形でユーライカの名が上がると、ギルダにせよアンナマリアにせよ、それぞれに複雑な表情になる。とくにギルダの反応を気遣いながら、オーレンは先を続ける。


「無論、姫殿下の場合は北の塔への収監がお体に良くなかったのであって、苛烈な尋問や拷問は無かったとされていますが、民はなかなかそのようには信じてはおらぬようで……獄中で無念の死を遂げた姫殿下の呪いではないか、と王都ではまことしやかにささやかれております。人のうわさに戸口は立てられぬと申しますが、ふざけて面白おかしく語る者どもが王都では片っ端から捕らえられているともっぱらの噂です」


「……であれば、このような時期に王都に向かうのはあまり好ましくはないのかもな」


 メルセルの隣でそんなオーレンの話に耳をそばだてていた叔父イザークは、自慢の髭をなでながら露骨に顔をしかめる。


「ギルダ殿、おれは兄クロードに今回の旅の成果を報告する必要があるので、いずれにせよこのまま王都へ向かわなければならぬ。……メルセルも兄貴に会わせる必要があるゆえ連れていくが、今聞いたような話であれば、あまり大人数で行かぬ方がいいだろう」


 半数は国境向こうに置いてきたという話だったが、さらに大半をここウェルデハッテに置いて、王都へはほぼイザークとメルセルの二人で向かう、と算段を語るイザークであった。


「……であればオーレンよ。済まぬが、念のため二人についていってくれるか」


 急に名を呼ばれて、近衛騎士は一瞬露骨にうんざりという顔をみせた。今しがた村に来たばかりで、王都へとんぼ返りとなるのであれば無理もない。


 しかし先ほどの話を考慮すればあまりぐずぐずとしてはいられない。もとよりシャナンに言い渡されている彼の任務はユーライカ逝去後の世情の不安な折、亡き姫殿下の意向に従いギルダやウェルデハッテの一同の便宜を図るというものであり、王都までメルセルが赴くという話であればその護衛も任務のうちと言えた。


 彼は居住まいを正し、咳ばらいを一つすると、分かりました、と答えた。


「メルセル、それにイザークどの。わが娘リアンのせいでご商売に大きく迷惑をかけるようで、申し訳なく思う。……このままであれば店に官憲が乗り込んでくるのも時間の問題かも知れぬ。このような寒村を頼れとも申すのも気が引けるが」


「なに、気にかけていただく事はない。リアンに非がある話でもなし、逆さまに振ったところで当人がおらぬ以上、よほどの事にはならぬであろう」


「メルセル、そなたにも迷惑をかける。私が娘の世話を姫殿下にお願いなどしなければ、こんなことにはならなかっただろうに」


「ですが、その場合だと僕はリアンには出会えなかったという事になります。それでは僕が困ります」


 メルセルはそう言って笑うのだった。


 それからオーレンはメルセルとイザーク叔父に随伴し王都へ向かう。残された者達もただ羽根を伸ばすのではなく、長旅でくたびれた馬を替えるべく別の馬を探したり、水や糧食を整えたり、いつイザークらが戻ってきてもよいように準備をするのだった。


 それから十日程が経過したのち、イザークとメルセルが再び村に戻ってきた。出立の時よりも王城の出入りはやはり厳しくなっているという話だった。イザークの言では騎士オーレンはいったん離宮に戻り、また近いうちに村を訪問の予定だという。


「イザーク殿。店は無事であったか。クロード殿は」


「皮肉な話ではあるが憲兵隊が増員をかけているとかで、軍服を納めている古なじみの大店から針子仕事を融通してもらえたという話だ。どうにか糊口はしのいでいるようだ」


「そのように呑気に構えていて大丈夫であろうか」


「憲兵隊が踏み込んできたら、その時はその時だ。こちらが悪いわけでもないのに身を引いてなどいられるか、と兄上も申しておった」


「そうか」


「王都の事はまあ確かに心配ではあるが……ともあれ、われらは再び東に向かいます。今度はナルセルスタよりももう少し先へ、砂漠の入り口くらいまではゆく予定です。リアンにもよろしく伝えておきます」


 イザークはギルダ達にそのように言い残し、アルマルク商会の隊商は再び東を目指していったのだった。





(次話につづく)

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