第5章 第1話 東への旅(その4)
「姫殿下は些細な陳情にも進んで耳を傾けておられましたから、離宮に招かれた下々の面会人というのが結構な数になりまして、さすがにこれらの身元を洗い出していくというのはなかなかに大変でしょうね。それに比べれば勤め人の方の経歴は、その大半が名だたる名家のご令嬢方ですから、身元を云々するのもさほど難しい話ではないかと」
そこまでの話を聞いて、リアンが盛大なため息をついた。
「いくつかの例外にさえ当たればいい、という話なのね。例えば、この私とか」
「リアン殿の身元引受人だったハイネマン先生も、私塾の件で頻繁に面会の記録がありますから、両方を突き合わせれば、これは一体なんだという話にもなろうかと」
オーレンの言に、メルセルがしかめっ面で合いの手を入れる。
「リアンがあやしいという話になれば、当然うちの店に真っ先にやってくるでしょうね」
当のメルセル以下アルマルク商会の面々とて、採寸やら打ち合わせやらで離宮には頻繁に出入りしている。そう考えれば彼らもまた、怪しい者たちの名簿に名を連ねているのかも知れなかった。
「そういう話なのです。……まあ近衛も無粋な武人どもの集まりですので、そのように面倒に書類を引っ掻き回すような作業を誰がするのか、という調子でぐずぐずとしている有り様で。そのまま立ち消えになってくれるに越したことはないんですけど、姫殿下の逮捕自体が憲兵や近衛を飛び越えて王宮から出てきた話ですので……不当逮捕だった、などという世間の声を早く何とかしろと急かされているとかいないとか」
そのような話であれば否も応もないのかも知れなかった。そこまでのオーレンの話にアルマルクの四名は今しがたの家族会議の結論を得て、互いに深く頷き合うのだった。
* * *
そうと決まればイザーク・アルマルクはぐずぐずとはしていなかった。メルセル夫妻を旅に連れ出そうというおのが弟の計画そのものにはいつまでもぶつぶつと文句の絶えない兄クロードだったが、少なくとも嫁であるリアンの身柄だけでも急ぎ王都から離したほうがよい、と言うことであればやむを得ない。
イザークは商会の中でも手の空いていて、比較的に体力に自信のありそうなものを中心に声がけを行い、割合に急づくりではあるが隊商の概容を整えた。不安だったのは出国の手続きだったが、申請自体は少し前にすでに届け出てあり、近衛の捜査の手がまだそこには届いていないのか滞りなく書類も揃い、家族会議から二週間後にはすっかり出立の準備が整ったのだった。
顔ぶれを見れば、やはり腕に覚えありそうな屈強な者が多く、メルセルとリアンの二人は顔ぶれの中でも幾分は浮いて見えたのは仕方がなかったかも知れない。イザークにしても、何もメルセルが旅に向いていると思ったから誘ったわけではなく、兄がそうしていたように商会の仕事のおのれが担う部分をもまた経験させておきたい、というのが主旨であった。中に数名ではあるが自分の妻を伴っている者もおり、女はリアンだけではなかったのは一安心といったところか。
「叔父さん。今更ですけど、僕はともかくリアンが一緒で本当に良かったんでしょうか?」
「今となってはあれを国外に連れ出すのが一番の目的になってしまったがな。まあ何だ、これだけの人数で旅をするのだ。炊事など、女手が必要なところもある」
「砂漠の方では、戒律で女が外を出歩いてはいけないとも聞きましたが」
「それは本当に砂漠の奥の方だな。今回は砂漠まではゆかず草原のナルセルスタまでの旅だし、草原の民は女でも狩りに参加するほど勇猛だ」
自ら短刀を手にけものと組み合うこともあるのだ、と真偽の怪しい話をイザーク叔父は得意げに話すのだった。
無論、炊事の手間だけを求めるものではない。昨今は遊牧の習慣のすたれた部族も少なくはないとは聞き及ぶが、草原や砂漠の遊牧の民は女も子供も引き連れて一族で旅をする。男だけで徒党を組むのはそれは軍隊か野盗と見なされかねず、異郷の地をゆく異邦人の旅団としては、夫婦者が混ざっていた方が現地の人々に不審に思われづらい、という事をイザークは経験上知っていたのだ。
一行は意気揚々と王都を出立すると、街道を北に向かい、途中から旧街道に入っていく。目指す先にはウェルデハッテがあり、隊商はまずはそこに立ち寄るのだった。
隊商に参加して草原を目指すという話はあらかじめ文を送って伝えてあったが、オーレンが伝えたような話をどのようにしたためたものか考えあぐね、その件は最初に話を持ってきたオーレンに一任してあったのだった。リアンとメルセルとしてはあくまで商売のための旅である、という体で故郷の村を訪れたのであるが、出迎えたギルダとアンナマリアの表情は険しかった。村に事情がすっかり伝わっていることは、出迎えの傍らに騎士オーレンの姿があるのを見やれば明らかであった。
「脚がこうでなければ、私もついていくところだ」
旅装束のリアンに、ギルダはそんな風に苦言を呈する。




