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第5章 第1話 東への旅(その1)

 ユーライカの思いがけない早逝は王都に深い動揺をもたらし、人々は思い思いに悲しみに包まれたが、ここに及んでいよいよ岐路に立たされていたのがアルマルク商会であった。


 店先はまさに灯が消えたように静まり返り、当主のクロード・アルマルクはただ座して、日がな一日幾度もため息をついて過ごしていた。


 これから商会を、どのように立ち行かせていけばいいのか。


 ユーライカの葬儀後、今後の事について話し合うべくクロード・アルマルクは離宮を訪れ、女官長であるシャナン・ラナンと折衝をした。彼女も深い悲しみの中にあったが、クロードにも商会の皆の生活を立ち行かせる責務があり、シャナンはシャナンで離宮で召し抱えた多くの女官らに責任がある。とは言え、あるじのいなくなった離宮にはドレスを納めるべき相手もおらず、多くの側仕えを擁する必要もなくなり、徐々に暇を出していく事になるだろう、という話であった。建物の管理のための最低限必要な人員は残すので、細々と取引は続くかも知れなかったが、それは商会としても微々たる商売にしかならぬのは明白だった。


「メルセルよ、この店をどうにかおまえに引き継ぎたかったが、それ以前にわしの代でおしまいになるかも知れぬ」


「父上、そのようにお気を落とされないでください」


「こうなると分かっておればお前を無理に呼び戻すのではなかった。父上の要望通り、お前には異国の地で勉学を続けさせておればよかった」


 お前とてそうしたかったであろう?と問われたが、メルセルは静かに首を横に振った。


「好き勝手に遊学させてもらえたことはありがたく思いますが、過ぎてしまってから繰り言を述べてもどうにもなりません。僕も今は妻もある身、皆で知恵を絞って乗り切る事といたしましょう」


「そうはいっても、なあ」


 そういって父はもう一度深くため息を吐く。


 アルマルク商会は元々ユーライカの離宮の仕事を寡占出来ていた代わりに、本王宮の方の社交界への繋がりがどうにも弱い。取り敢えずは職人を食わせていくために旧知の大店に頼み込んで、どうしてもの急ぎの仕事などで手が必要なものはないかと頭を下げて回ったが、ここのところの政情の不穏さゆえ、他の名家の娘や貴婦人たちなどもそのようにドレスを新調している場合ではなく、そちらはそちらで仕事が減ってきているという話だった。王姉殿下の逝去によりサロンや茶会なども自粛の傾向にあり、苦しいのは何もアルマルク商会ばかりではなかった。


「……この間、ゲオルグに会った」


 クロードが深いため息に紛れ込ませるように、唐突に語り始めた。


「わしが仕立ての職人になりたいと修業しておった折の仲間だった男だ。もう何十年も前のことだが、些細な事で大喧嘩をして、互いにもう二度と顔も見たくないと物別れに終わってそれっきりだった。わしは職人の道をあきらめてこの店を継ぎ、あやつはいっぱしに名を知られた人気の仕立て職人になりおった。……そのゲオルグの奴が、往来ですれ違っただけのこのわしに、些細な針子仕事でもかまわぬから仕事を融通してくれと頭を下げて泣きついてきたのだ。今更どの面下げてとの思いはあったが、ばったり出くわした時のあやつのあの表情、向こうも昔の遺恨は忘れてはおらぬようであった。それでもそこで頭を下げねばならぬほどに、あやつほどの腕利きでもそれほど困窮しておるのかと、愕然としたものよ」


「父さんはどう返事したのです?」


「おまえに仕事をくれと頭を下げたいのはわしの方だ、と言ってやった。お互いしょぼくれたため息をついて、そこで話は終わりだった」


 そこまで語って、クロードはもう一度深々とため息をつく。当主がそんな具合なので店の者たちもどうしていいか分からない。そもそも店先にいてもやる事がないので、帳簿の整理だの物置の片付けだの、まったく急ぎではない作業を思い思いにこなすが、皆そんな事でもしていないと先行きが不安で仕方が無いのだった。


 そんな店の様子を見て、心配顔になるのがリアンであった。若い彼女に仕事を教えようにも、任せる仕事がそもそも無いのだから仕方がない。今日もハイネマンの診療所へ行って、雑用を片付けて帰ってきたところだった。


 そんな彼女がクロードの落ち込みようを目の当たりにして心配顔になるのを見て、これではいけないと思ったメルセルが彼女に声をかけるのだった。


「リアン、ちょっといいかな?」


 メルセルが心配顔のリアンを伴って向かったのは、店の倉庫だった。


 立ち並ぶ無数の棚に、あでやかな反物が無造作に詰まれていたり、糸や釦をしまった細かいつくりの抽斗がずらり並んでいたり、という間を通り過ぎて、メルセルは彼女を一番奥まった戸棚に案内した。


「何があるの?」


「これを見て」


 メルセルがその戸棚の抽斗をそっとあける。そこに大事にしまわれていたのは、リアンも初めて見るような極上の薄絹の布地だった。すべらかな光沢を放ちながらも向こう側をうっすらと透き通し、隣室から漏れるわずかな明かりを照り返して、えも言われぬようにきらきらと輝いて見えた。


 リアンは思わず、息を呑んだ。

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