第4章 第5話 鳴鐘(その6)
やがて、ユーライカ死去の報はウェルデハッテにも伝えられた。
その一報をもたらしたのは例によってシャナン・ラナンが遣わした近衛騎士オーレンだったが、それよりも先に旧街道を往来する行商人らから、すでにそのような噂話はそれとなく伝えられていた後だった。
ギルダにその報を告げたオーレンは、それこそ激昂して殴り飛ばされるのもやぶさかではない、という覚悟でギルダの前に立ったものだった。
だがユーライカ病没を知らされたギルダは、その表情を蒼白にしながらも、そうか、と短く答えただけだった。
あれだけユーライカの奪還に強くこだわっていたにも関わらず、一見するとまるで他人事のように涼しげな、何でもない態度に見えて、オーレンなどはおや、と訝しく思ったものだった。だが彼女は、そうか、ともう一度呟いたきり、踵を返して彼の元を離れたかと思うと、手近な椅子に腰を落とし、それこそ糸の切れたあやつり人形のように虚空の一点を見つめたまま、ついに何の呼びかけにも答えなくなってしまったのだった。
そんなギルダの様子を横目に、ぽかんとするオーレンに向かって、アンナマリアが代わってねぎらいの言葉をかけたのだった。
「ご苦労様でした、オーレン」
「ギルダ殿はいかがされたのです……?」
アンナマリアは黙って首を横に振る。受け答えや判断に迷って深い逡巡を覚えるとき、ギルダはこうやって押し黙ってしまいがちなのをアンナマリアは知っていたが、さすがに今回はいっそう深い戸惑いにあるように見受けられた。
「……でもどうして、姫殿下は急にそのような事に」
アンナマリアのこの問いかけが耳に入ったのか、ギルダが明後日の方を向いたまま、そこにいない誰かに語り掛けるように抑揚のない声でつぶやいた。
「姫殿下はとても気丈な方だが、決してお身体が頑強とは言えなかった。北の塔は高貴な身分の御方々のためにあるとはいえ、牢獄である事に代わりはない。ただ収監されるだけでも、御身にはさぞ堪えたであろう」
そうつぶやいたきり、今度こそ本当に黙り込んでしまったギルダであった。
「……オーレン、あらためて、とても残念な報せだけどわざわざ伝えて下さった事はありがたく思うわ。この時期に近衛騎士のあなたが王都を出るのは難しかったのではなくて?」
「反対に、近衛騎士でもなければもっと難しかったでしょうね。……私が言うのも何ですけど、今現在は近衛と憲兵隊が総出で王都の城門の出入りを固く制限しておりまして、通りがかる者どもを誰彼となく厳しく誰何しているようなありさまで。この時期に何の用で王都を出るのか、と私も同じ近衛の者に思いっきり睨まれてしまいましたよ」
「それは、大変ね」
アンナマリアの相槌に、オーレンはギルダの様子を窺いながら、声を潜めて言う。
「……なので、それに先んじてお二人にこちらにお戻りいただいたのはよかったかも知れません。たぶん今だったら王城を出られなかった可能性が高い」
もちろん、望んでギルダがそうしたかったわけではない事はオーレンも重々承知であったので、自然と声色が低くなるのだったが。
そのオーレンはすぐに王都へと取って返していったが、ほとんどとんぼ返りというような日程で、十日と開けずに再び村を訪れたのだった。
今回は彼一人ではなく、シャナン・ラナンへの随伴が訪問の目的であった。
過日オーレン自身が伝えたように王城の出入りが制限されているという話であれば、よくぞ村にまで来られたものだ、とアンナマリアは素直に驚いた。ユーライカに叛意ありというならその側仕えたるシャナン・ラナンも同じように見なされているかも知れず、そうでなくても彼女の逝去で一番忙しいのは間違いなくシャナン・ラナンその人のはずだった。もちろん、長く側に仕えて彼女自身も深い悲しみにある事は想像に難くない。
「相当に無理を言って、このオーレンに頼んでこちらまで足を運ばせてもらいました。……ギルダ、元気にしていましたか」
「私がどうであるかはこの際気にかけていただく必要はない。大変だったのはシャナン殿の方であろう。だが、どのような用向きなのだ?」
「おまえに、どうしても渡したいものがあったのです」
そういって、彼女は懐から一通の書状を取り出した。
「先だって、オーレンに一度こちらに足を運んでもらいました。その折に託してもよかったのですが、これはどうしても私の手でそなたに届けたかった」
シャナンの手の中にあるその封書、封蝋の印璽などをいちいち確認せずとも、表書きに記された「ギルダへ」という走り書きが誰の筆跡なのかは当のギルダには一目でわかった。
「殿下が獄中で、そなた宛にとしたためた一筆です」
そういってシャナンは、取り出した書状をギルダに手渡した。それを差し出したシャナンの手が、心なしか震えているように見えた。




