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第4章 第5話 鳴鐘(その5)

 だが兎にも角にも、リアン自身が千々に乱れるおのれの内心をどのように落ち着かせてよいのか分からなかった。


 そして、そういう人々は何もリアンやその家族だけではなかった。悲嘆に暮れるリアンに、夫メルセルが街で噂に聞いたという葬儀の日取りを告げる。王宮の中で本当に内々に執り行われるというその葬儀の日に、リアンは居ても立ってもいられず、メルセルと共に王宮の前の広場に足を運んだのだった。


 いざそのように足を向けてみれば、同じように考える人は彼女ら夫妻だけではない事が分かった。広場には王都じゅうのあちこちから同じ報を知り、同じように考えた人々が自然と寄り集まってきて、粛々とした足取りで本当に大きな群衆を形作っていたのであった。


 その人の多さに、リアンは圧倒された。これだけ多くの人々がユーライカの死を同じく悼んでいるという事実に、まさに胸を打たれた。


 はぐれぬように、というのもあったが、それだけ思いを同じくする人々の輪の中にあって、リアンは夫メルセルと二人、お互いの手を無言のままにぎゅっと握りしめたのだった。


 遠くで、王姉殿下万歳、と誰かが叫ぶ声がした。


 それに呼応するかのように、また別の方角から、ユーライカ殿下ばんざい、と同じように声が響く。


 それが呼び水となって、群衆のあちこちから同じように声が上がる。ユーライカ殿下、王姉殿下、姫殿下……呼び方は様々ながら、集まってきた人々はまさにその思うところが一つであることを、それらの声を聞いて各々がそう実感したのであった。


 やがて、遠くから馬のいななきが聞こえてきた。


 見れば、王宮の方から正門をくぐって騎馬武者の一団が、一騎、また一騎と次々に姿を見せたのだった。


 近衛騎士であった。何事かと見ていると城門からはあれよあれよという間に十数騎が現れたのだった。それもただ騎乗しているわけではなく、いずれの騎士も重い甲冑姿で、目深に被った兜に面頬まで下ろした重武装であった。その腰に下げた剣とは別に、各々が長大な馬上槍を携えていた。


 そんな重武装の騎馬武者たちが、王宮からのみならず郊外の駐屯地からも駆けつけたのであろう、また別の部隊も時を同じくして広場にやってきて、そこに集まった群衆をいつの間にかぐるりと取り囲んでしまったのだった。


 とくに掛け声のようなものも聞こえてこなかった。彼らは全く無言のままに粛々と整列し、等間隔に馬首を並べるに至った。


「ねえ、メルセル……彼らは一体何をするつもりなの?」


 リアンは不安に駆られるままにそう口走ったが、メルセルに応えられたものではなかったし、彼ら近衛兵が何を目的に広場を、群衆を取り囲んだのか、本当はリアンの内心にも漠然とした不安として、察するところはあったのだ。


 葬儀の典礼のための、いわゆる儀仗兵なのだと思いたかった。だがそうであればそこまでの重い武装は必要がなかったはずだ。


 そしてそれは、寸鉄を帯びぬ下々の民衆に向かい合うための装備でも本来は無かっただろう。その重い鉄槍を向けるべきは彼らが守るべきものを脅かす敵に対してであり、今この場ではその民衆たちこそが、まさに王宮の安寧を脅かす存在と見なされているのに違いなかった。


 メルセルの手を握るリアンの手に、いっそう力がこもる。


 夫妻は誰かに言われてここに来たわけではなく、それはここに集まっている多くの人がそうであろう。だから、近衛兵に睨まれてどう行動するのが最善かを、彼らに教えてくれる指導的な立場の者もそこにはいなかった。


 そのような無言のにらみ合いが、どれほど続いただろうか。


 何より不穏なのは、彼ら近衛兵が群衆に向かって何の呼びかけも行わない事だった。解散しろとも、身柄を拘束するぞとも、何も言わず無言で馬上から人々をじっと見ているだけだった。


「彼らは何故、何もしないのかしら?」


「待っているのかも知れない」


「何を?」


「こちら側を襲ってもよい、口実が出来るのをさ。誰かが投石をしたり、罵声をあげたり……たとえば、ユーライカ陛下万歳、などと言い出すのを」


「……帰りましょう、メルセル」


「慌てて動かない方がいい。皆が慌ててどこかの出口に殺到したら危ないし、そのような人動きの急な流れを見て、暴徒となったと見なして彼らが攻撃を始めるかも」


 メルセルが告げた言葉はリアンだけではなく、耳をそば立てずともたまたまその発言を耳に挟んでしまった周囲の赤の他人をもぎょっとさせたが、そんな彼の呟きが群衆全てに届くわけではない。誰かがそれを心得る事なく近衛兵に怯えて逃げるなり暴れるなりすれば、それが弾圧の引き金になる可能性もあったのだ。


 本来であれば頼もしいであろう勇壮な近衛騎士たちの列が、こんなに恐ろしげに見える事がありうるのだ、とリアンは知った。


 彼女の内心の不安が言い知れぬほどに高まった、丁度その折だった。


 広場の向こうの王宮の建物を挟んだ裏手から、かすかに鐘の鳴る音が響いてきた。


 長い間隔をおいて、鐘は幾度も打ち鳴らされた。死者を送る弔いの鐘だった。


 人々はその場に立ち尽くしたまま、響く鐘の音に耳を澄まし、亡き人を思い思いに悼むのだった。


 最後の鐘が打ち鳴らされ、その残響が広場の民衆の上にも、長く、長く響き渡った。


 それが鳴り終わると、誰かれとなく民衆は粛々と歩き出していた。恐怖に駆られる事もなくただ冷静に、自身らを囲んだ騎士たちを刺激せぬようにゆっくりとした足取りで、広場から伸びていくそれぞれの通りへと立ち去っていく。


 さすがの近衛兵たちも帰途につく人々を広場に押しとどめようと、その人の流れを遮ろうという動きまでは見せなかった。過ぎ行く人々は、威圧的に長槍を構えた馬上の騎士を一度は疎ましくじろりと睨みつけ、あとは目を伏せたまま粛々とその横を通り過ぎていくのだった。


 そうやって、人の波はゆっくりと、ゆっくりと広場から引いていく。


「……僕たちも、行こう」


 メルセルに促され、リアンもまたその人の流れに続くのだった。


 


      *     *     *


 


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